第23話 異変の調査に向かう。

「クロードさん、指名依頼が入ってます」


 ヘドロスライムがりを終えてギルドに戻ると、受付嬢から引きとめられた。


「詳しい話を聞こう」

「私も一緒でいい?」

「もちろんです」


 受付嬢はユーリの参加を許諾するか考えたが、クロードの表情から判断する。


「では、お二人とも、別室でお話を」


 個室に移動し、受付嬢が説明を始める。


「今回のは調査依頼です。南の森で異変が生じてます」

「南の森? あっ、知ってる」


 ユーリがこの街に来る際に通り抜けてきた森だ。

 あのときは馬に乗ってすっ飛ばしてきたが、特に異常は感じられなかった。


 この一ヶ月ちょっとの間になにが起こったのだろうか――ユーリは興味津々で身を乗り出す。


「クロードは?」

「知っております。最近は近寄ってませんが、地形やモンスター分布は把握しております」

「へえ、さすがだね~」


 D、Cランク向けの森であるが、Aランクのクロードにとっては庭のようなものだ。


「こちらをご覧ください」


 受付嬢が森の地図を広げる。


「この辺りでオーガの発見報告が複数ありました」

「なるほど。確かにおかしいな」


 森の比較的浅い場所で、本来ならDランクが出没する場所。

 オーガは縄張りを持っていて、よほどのことがないと、その縄張りから出て来ない。


 もっともありえそうな原因は――。


「森の奥にBランク以上のモンスターが住み着いているかもしれません」


 モンスターの生態は完全には理解されていない。

 別の場所から移動してきたり、突然出現したり。

 特に、強モンスターほど神出鬼没の傾向がある。


「Bランク冒険者では危険だと判断し、クロードさんにお願いしたいのです」


 クロードにとっては受けても、断ってもどっちでもいい。

 そこで、横を見ると、キラキラと輝く目が見上げていた。


「面白そうだね。行こうよ、クロード」

「その依頼、受けましょう」


 その後、受付嬢から詳細な依頼内容を説明される。

 クロードにとっては慣れたものなのだったが、ユーリにとっては新鮮で興味深い話だ。

 気になると次々と質問を投げかける。


 最初は子どもらしいカワイイ好奇心だと思っていたが、質問が重なるたびに受付嬢の中で違和感が高まっていく。


 ――偶然だよね?


 ユーリの質問が的確すぎるのだ。

 まるで、この森をまったく知らない熟練者だったら、こう尋ねるだろうと分かっているかのように。


 受付嬢は自分が説明しているというより、むしろ、ユーリに会話を導かれている気がして、ぞっとする。


 見た目はおとぎ話をせがむ子どもそのもの。

 だが、その頭脳はいったい……。


「それで、ここはどうなってる?」


 地図の一点を指し示すユーリの言葉で、受付嬢は我に返る。


「えっ、ええ。ここはね――」


 説明が終わるまで、受付嬢の動揺は収まらなかった。


「お姉ちゃん、ありがとうね。よくわかったよ」

「うっ、うん。なら、よかったよ」


 受付嬢は緊張が解けて、全身の力が抜ける。

 まるで厳しい面接に成功したような安心感。

 とても、すぐに立ち上がれる状態ではない。


「じゃあ、明日、行ってくるね」


 当のユーリは茶飲み話が終わったかのような気軽さで立ち上がると、クロードとともに部屋を後にした。

 ひとり残された受付嬢はさっきまでの出来事が信じられなかった。


 クロードがユーリを大切に扱っているのを見てきた。

 凄いお方だと喧伝しているのも知っていた。


 今回の会話も彼女に任せきりだった。

 その判断は間違いなく、ユーリの質疑の仕方はただ者ではないと告げる。

 それだけじゃない、いつの間にか自分が彼女の部下であるかのように、ユーリに主導権を握られていた。

 これでも長年ギルドに勤めてきたのだ。

 ギルドマスター相手でも、今回ほど一方的にならない。


 そして、なにより――ユーリに導かれることに安心感を覚え、崇拝に近い感情が芽生えていた。


 クロード含め、強い冒険者に敬意を抱いたことは何度かあった。

 だが、ユーリの場合は、今まで感じたことがない強烈な印象だった。


 ――もっとユーリちゃんのことを知りたい。


 受付嬢は早く依頼完了報告を受けたいと強く切望していた。




   ◇◆◇◆◇◆◇



 ――翌日。


 いつもと同じ調子で、二人は南の森に向かった。

 ギルドから警告が出ており、森に近づく者はいない。


「さあて、どんなのが出てくるのかな?」


 ユーリは初めての強敵ということでワクワクと浮かれている。

 本来なら、たしなめられるべき態度だが、ユーリを誰よりも知っているクロードは水を差さない。


 ピクニック気分で、二人は森に入る。


 ――ピクッ。


 空気の変化をユーリは感じ取る。


「へえ、面白いね」


 平常とは違う、ざわつく気配。

 ほんのわずか。並の冒険者なら見逃すほどの変化。

 それをユーリの危機察知力が見つけ出した。


「ここから分かるのですか?」

「うん。怯えてるね」


 森の奥から、怯えるモンスターの気配が漂ってくる。


「受付嬢が言ってた通り、ナニかが棲みついているよ」


 その正体までは分からない。

 だが――。


「ワクワクしてきたよ。もう、待ちきれない。クロードよ、ついて参れ」


 ユーリは駆け出す。

 全速力ではないが、荒れた地面を飛び越え、邪魔な枝を切り払い、ずんずんと進んでいく。

 Dランク程度のモンスターには目もくれない。

 クロードでなければ、ついて行くのも困難な速さだ。


 ――ユーリの前にオーガが立ち塞がる。


 オーガは2メートル以上もある鬼だ。

 手にはデコボコな棍棒がにぎられている。


 ユーリの身長の倍。Cランクモンスター。

 だが、ユーリは走る速度を緩めない。


 ――ウォオオオ。


 うなり声で威嚇するオーガに向かって走りながら――。


『――ファイアボール』


 火の球を放つ。

 魔力を最小限に抑えた、弱々しい火だ。

 オーガの顔に命中したが、焦げをつけることもなくシュッと消える。

 ダメージはほぼゼロ。だけど、それは想定通り。

 目的はオーガの視界を奪うこと。

 その一瞬があれば、十分だ。


『――【身体強化ライジング・フォース】』


 走る速度そのままで、オーガの顔めがけて飛び上がる。


 ――斬ッ。


 ユーリは音もなく着地する。

 一拍後、オーガの頭部がゴロンと地面に落ちる。


「この程度がCランクなんだね。拍子抜けしたよ」


 立ち止まったユーリはクロードに話しかける。


「魔石はいる?」

「ユーリ様次第です」

「じゃあ、先に行くから、拾っておいて」


 言い終わるかどうか、ユーリは奥に向かって走り出す。

 オーガの死体は消えてなくなり、こぶし大の魔石が落ちている。

 クロードは魔石を拾ってから、ユーリを追いかける。



 ――それから1時間。邪魔なオーガなどを倒しながら、森の中心部にたどり着く。


 明らかに強大な気配。

 オーガが雑魚に思えるほどの濃密な気配だ。

 Cランク程度の冒険者だったら、ためらわずに逃げ出すだろう。


 二人とも足を止める。

 なんら、臆した様子もない。


「ユーリ様、この先に――」


 珍しくクロードが真剣な顔になる。

 だが、ユーリは肩の力を抜いた。


「ああ、なんだ。そういうことね」


 プレゼントの箱を開けたら、期待外れだった子どものように、ユーリ肩を落とす。


「せっかく、強いモンスターと戦えると思ったのに、残念だよ」

「ユーリ様?」


 気配から判断するに、異変の根源はユーリが満足する強さを持っている。

 すなわち、気を抜けばユーリでも怪我しかねない相手だ。


「ああ、大丈夫大丈夫」


 咎めるような視線を向けるクロードに、ユーリは笑顔を向ける。


「というか、まだ気づかないの? 平和ボケしすぎじゃない?」


 自分の察知能力を否定され、クロードは怒りを覚える。

 ユーリに対してではない、自分に対してだ。

 彼女にそう言わせた自分が許せなかった。


「まあ、いいや。もう少し近づけば、クロードも分かるよ」


 ユーリは異変の元に向かって歩き出す。

 友人に会うかのような気軽な足取りだ。


 クロードは今までよりも本気で、目当てのモンスターの気配を探りながら、ユーリの後を追いかけた。


 モンスターに近づいていく。

 残り100メートルといったところで――。


「さすがに、そろそろ分かったでしょ?」

「ああ、そういうことでしたか」


 ようやくクロードも正体に気がついた。

 ユーリの態度がようやく理解でき、クロードも肩の力を抜いた。


 その先にいたのは――。






   ◇◆◇◆◇◆◇


次回――『異変の正体』

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