第22話 ユーリは強くなるための戦いを求めます。

 ――サプライズパーティーから数日が経過した。


「そろそろ、薬草採取も飽きてきたなあ」


 最初のうちは新鮮さにユーリは喜んでいた。

 だが、一度コツを掴んでしまえば、後は単調な作業に過ぎない。

 そろそろ、次の段階に進もうと考えていた。


「モンスターでも狩ろう!」


 ユーリは掲示板で依頼票を眺めていく。

 といっても、依頼を受けるのではない。


「うーん。Dランクだとパッとしないね~」


 チェックしているのはDランク向けの討伐依頼。

 もちろん、Eランクのユーリでは受注できない。


 ――冒険者ランクでいうとDランクといったところでしょう。


 これがクロードが下したユーリの戦力評価だ。

 それに実際、森で何度かモンスターと戦ってみても、その通りだと自分で感じていた。

 それでも、Dランク程度のモンスターでは満足できないようだ。


 彼女が求めているのは、余裕をもった狩りではない。

 自らを高める、ギリギリの戦いだ。


「この身体にも馴染んできたし、もうワンランク上の戦闘力を身につける頃合いだね。ねえ、クロード、いい場所ない?」

「いい場所ですか?」

「うん。私が暴れ回っても迷惑にならない場所」

「それでしたら、都合の良い場所がございます」

「へえ。それ、気になるっ」

「モンスターには困りません。それに誰も受けたがらない不人気な場所なので、乱獲しても問題ありません」

「よし、そこに行こっ!」

「承知しました。準備を整えて、翌朝、出発しましょう」





 ――翌日。


 街から離れた鬱蒼と暗い森の中を進み、開けた場所に到着した。

 木々の間から抜け出ると、悪臭が二人を襲う。


「ここが今日の目的地です」

「へえ、ドブよりも臭いね。人気がないのも納得だね」


 二人が訪れたのは沼地だ。

 ヘドロが腐った臭いが立ちこめている。

 この匂いの時点で、普通の冒険者が好む場所ではないと分かる。


 だが、戦場に慣れた二人にとってはどうということはない。

 眉をしかめることもなく、沼地に目を向ける。


 悪臭の原因は――。


「スライムだよ」

「ええ。ヘドロスライムです」


 沼はおよそ直径20メートル。

 その表面を覆うように大量のスライムがゆっくりと蠢いている。

 数百、数千――とても数え切れない。


「たしかにこれなら、遠慮は無用だね!」


 ユーリの口元に獰猛な気配が漂う。


 そして、不人気な理由がもうひとつ。

 スライム退治は手間のわりに報酬が少ないのだ。


 だが、ユーリの目的――力試しには最適だ。


 剣を抜き、沼に足を踏み入れる。

 防水加工された長靴。

 いつもとは違う靴だ。


 ――ズブリと足が沈んでいく。


「ここなら、大丈夫だね」


 彼女の足は膝下まで沼につかり、底につく。


「一番深い場所でも、ユーリ様の腰くらいまでです」

「じゃあ、始めようか」


 戦いづらい場所だ。

 悪い足場の中、多くのヘドロスライムに囲まれる。

 この状況を好む者はいないだろう。

 だが、彼女は気にする様子もない。


 ユーリに向かってヘドロスライムたちがぞわぞわと寄ってくる。

 ゆったりとした動きだが、不気味なおぞましさ。

 生理的嫌悪感が背筋を撫でる。


 ――破ッ。


 裂帛れっぱくひとつ。

 ユーリの気配が変わった。

 劇的に変わった。


 クロードの肌が粟立つ。

 歓喜だ。興奮だ。とろりと甘い愉悦だ。


 幼いユーリの姿。

 その背中は、戦場で誰よりも頼もしい背中を思い出させる。


 ユーリは滑らないようにしっかりと腰を落とし、流れるように剣を振るう。

 ひと振るいごとに、ヘドロスライムを真っ二つに斬り裂く。


 スライムの弱点は体内にある核だ。

 核を割るなり、砕くなりすれば、その身体を失い、水にかえる――この場合はヘドロにだが。


 ユーリの剣は寸分の狂いもなく、核を両断する。

 スライムの核は小さく、体内で移動する。

 核破壊は思うより難しく、剣士とは相性が悪い。

 ハンマーで叩き潰すか、火魔法で焼き尽くすのが一般的な倒し方だ。


 だが、ユーリの剣はほんの少しも揺るがない。

 剣先にスライムの核が吸い込まれる――見る者にそう錯覚させる動きだ。


 スライムは群体だ。

 一体一体が意思を持っているというより、全体でひとつの生き物。


 ユーリを敵と見定めたヘドロスライムが反撃に移る。


 ――プシュッ。

 ――プシュッ。

 ――プシュッ。

 ――プシュッ。

 ――プシュッ。


 小石ほどの粘液が次々とユーリに向かって次々と飛んでくる。

 粘液の弾幕だ。

 ギリギリまで剣を振っていたユーリ。

 反応が遅れたか――そう思われた瞬間。


『――【身体強化ライジング・フォース】』


 粘液が貫いたのはユーリの残像だった。

 魔法によって身体強化し、高速で横に移動したのだ。

 ユーリはすぐに【身体強化ライジング・フォース】を解除する。


 ――これがユーリの新しい戦闘スタイルだ。


 前世では戦闘中ずっとかけっぱなしだったが、今の魔力量ではすぐに魔力切れになってしまう。

 そこで生み出したのが、ここぞという一瞬だけ【身体強化ライジング・フォース】を発動させる戦法だ。


 これを使いこなせれば、Bランク相当。

 一瞬に限れば、自分以上――それがクロードの見立てだ。


 ――相変わらず、美しい。


 今生になって初めて本気のユーリを目撃し、クロードは感動に打ち震える。


 ――ともに戦いたい。


 今すぐにでも駆け出し、隣で剣を振るいたい衝動をグッと堪える。


 ユーリに避けられ地面に落ちた粘液がジュッと音を立てた。


「毒液だね。まあ、当たんなきゃ、問題ないからね」


 飛び道具相手にその場に踏みとどまるのは悪手だ。

 ユーリは足を止めず、動き回る。

 ドロドロと粘り着くヘドロ、ヌメヌメと滑る沼底。

 どちらも、ユーリの動きを妨げる障害にはなりえなかった。


 足を動かすたび、剣を振るうたび。

 心臓は嬉しそうに跳ね、血液は煮えるように熱くなる。


「うん、だいぶ感覚を取り戻してきたよ」


 戦場こそ、生きる場所。ユーリはどんどんと加速していく――。




 ――1時間ほど経った。


「楽しかった~」


 満ち足りた笑顔でユーリは沼から上がる。


「お疲れ様でした。見事な戦いぶりでした」

「でしょ? かっこ良かったでしょ? 惚れ直した?」


 ユーリが上目遣いで尋ねる。

 以前のクロードだったら、しどろもどろになっていた。

 だが、クロードも慣れたものだ。


「惚れ惚れする戦いぶりでした。また、肩を並べて戦いたくなりました」

「むぅ」


 クロードの反応がお気に召さず、ぷくっと頬を膨らませる。

 それにクロードが笑顔を返すと、ユーリもつられて笑う。


 二人は沼から離れ、木陰に座って休息を取る。

 よく冷えた果実水をひと息で飲み干してから、ユーリがつぶやく。


「それにしても――」


 沼地に目を向ける。


「次から次へと湧いてくるね」


 ユーリの蹂躙によって一時は沼の半分まで倒した。

 だが、ユーリが戦いを止めると同時にヘドロスライムは増殖を始め、少しずつその領域を拡大していく。


「離れると攻撃してこないのかな?」

「沼に入ったり、攻撃したりしなければ襲ってきません」


 さっきまではユーリを敵と見なしていたヘドロスライムが、今はおとなしい。

 沼をぼうっと眺めながら、ユーリは真剣な顔つきになる。


「ねえ、クロード。これって『魔王の爪痕』だよね?」

「おっしゃる通りです」


 ――魔王の爪痕。


 前世の頃から存在し、モンスターを無限に生み出し続けるモノ。

 魔王が魔界からこちらの世界に残した爪の痕と考えられていた。


 当時は発見次第、最優先で破壊されたのだが――。


「その様子だと、もう知ってたみたいだね」

「はい」


 クロードは転生してからすでに『魔王の爪痕』を発見している。

 ユーリは彼の態度から察した。


「手は出してないよね?」


 疑問ではなく、確認だ。


「もちろんです」

「うん。頭には入れておくけど、しばらくは放置だね」

「それがよいかと」


 今、魔王がどういう状況なのか、まったく情報がない。

 下手につついてはやぶ蛇だ。


「まずはもっと強くならないとね。よし、二回戦だっ!」


 すくっと立ち上がる。

 目を輝かせて、沼へ入っていった。


 ――この調子で、ユーリは一日中ヘドロスライムを倒し続けた。


 すっかりと満足してギルドに引き上げたところ、クロードが受付嬢から声をかけられた。


「クロードさん、指名依頼が入ってます」





   ◇◆◇◆◇◆◇



次回――『異変の調査に向かう。』



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