【第16回ファンタジー小説大賞受賞】前世は冷酷皇帝、今世は貴族令嬢 ~幼女になった皇帝、父親にブタ貴族へ売られそうになったから家を捨てて冒険者を目指すもカリスマ性は隠しきれない~
第22話 ユーリは強くなるための戦いを求めます。
第22話 ユーリは強くなるための戦いを求めます。
――サプライズパーティーから数日が経過した。
「そろそろ、薬草採取も飽きてきたなあ」
最初のうちは新鮮さにユーリは喜んでいた。
だが、一度コツを掴んでしまえば、後は単調な作業に過ぎない。
そろそろ、次の段階に進もうと考えていた。
「モンスターでも狩ろう!」
ユーリは掲示板で依頼票を眺めていく。
といっても、依頼を受けるのではない。
「うーん。Dランクだとパッとしないね~」
チェックしているのはDランク向けの討伐依頼。
もちろん、Eランクのユーリでは受注できない。
――冒険者ランクでいうとDランクといったところでしょう。
これがクロードが下したユーリの戦力評価だ。
それに実際、森で何度かモンスターと戦ってみても、その通りだと自分で感じていた。
それでも、Dランク程度のモンスターでは満足できないようだ。
彼女が求めているのは、余裕をもった狩りではない。
自らを高める、ギリギリの戦いだ。
「この身体にも馴染んできたし、もうワンランク上の戦闘力を身につける頃合いだね。ねえ、クロード、いい場所ない?」
「いい場所ですか?」
「うん。私が暴れ回っても迷惑にならない場所」
「それでしたら、都合の良い場所がございます」
「へえ。それ、気になるっ」
「モンスターには困りません。それに誰も受けたがらない不人気な場所なので、乱獲しても問題ありません」
「よし、そこに行こっ!」
「承知しました。準備を整えて、翌朝、出発しましょう」
――翌日。
街から離れた鬱蒼と暗い森の中を進み、開けた場所に到着した。
木々の間から抜け出ると、悪臭が二人を襲う。
「ここが今日の目的地です」
「へえ、ドブよりも臭いね。人気がないのも納得だね」
二人が訪れたのは沼地だ。
ヘドロが腐った臭いが立ちこめている。
この匂いの時点で、普通の冒険者が好む場所ではないと分かる。
だが、戦場に慣れた二人にとってはどうということはない。
眉をしかめることもなく、沼地に目を向ける。
悪臭の原因は――。
「スライムだよ」
「ええ。ヘドロスライムです」
沼はおよそ直径20メートル。
その表面を覆うように大量のスライムがゆっくりと蠢いている。
数百、数千――とても数え切れない。
「たしかにこれなら、遠慮は無用だね!」
ユーリの口元に獰猛な気配が漂う。
そして、不人気な理由がもうひとつ。
スライム退治は手間のわりに報酬が少ないのだ。
だが、ユーリの目的――力試しには最適だ。
剣を抜き、沼に足を踏み入れる。
防水加工された長靴。
いつもとは違う靴だ。
――ズブリと足が沈んでいく。
「ここなら、大丈夫だね」
彼女の足は膝下まで沼につかり、底につく。
「一番深い場所でも、ユーリ様の腰くらいまでです」
「じゃあ、始めようか」
戦いづらい場所だ。
悪い足場の中、多くのヘドロスライムに囲まれる。
この状況を好む者はいないだろう。
だが、彼女は気にする様子もない。
ユーリに向かってヘドロスライムたちがぞわぞわと寄ってくる。
ゆったりとした動きだが、不気味なおぞましさ。
生理的嫌悪感が背筋を撫でる。
――破ッ。
ユーリの気配が変わった。
劇的に変わった。
クロードの肌が粟立つ。
歓喜だ。興奮だ。とろりと甘い愉悦だ。
幼いユーリの姿。
その背中は、戦場で誰よりも頼もしい背中を思い出させる。
ユーリは滑らないようにしっかりと腰を落とし、流れるように剣を振るう。
ひと振るいごとに、ヘドロスライムを真っ二つに斬り裂く。
スライムの弱点は体内にある核だ。
核を割るなり、砕くなりすれば、その身体を失い、水に
ユーリの剣は寸分の狂いもなく、核を両断する。
スライムの核は小さく、体内で移動する。
核破壊は思うより難しく、剣士とは相性が悪い。
ハンマーで叩き潰すか、火魔法で焼き尽くすのが一般的な倒し方だ。
だが、ユーリの剣はほんの少しも揺るがない。
剣先にスライムの核が吸い込まれる――見る者にそう錯覚させる動きだ。
スライムは群体だ。
一体一体が意思を持っているというより、全体でひとつの生き物。
ユーリを敵と見定めたヘドロスライムが反撃に移る。
――プシュッ。
――プシュッ。
――プシュッ。
――プシュッ。
――プシュッ。
小石ほどの粘液が次々とユーリに向かって次々と飛んでくる。
粘液の弾幕だ。
ギリギリまで剣を振っていたユーリ。
反応が遅れたか――そう思われた瞬間。
『――【
粘液が貫いたのはユーリの残像だった。
魔法によって身体強化し、高速で横に移動したのだ。
ユーリはすぐに【
――これがユーリの新しい戦闘スタイルだ。
前世では戦闘中ずっとかけっぱなしだったが、今の魔力量ではすぐに魔力切れになってしまう。
そこで生み出したのが、ここぞという一瞬だけ【
これを使いこなせれば、Bランク相当。
一瞬に限れば、自分以上――それがクロードの見立てだ。
――相変わらず、美しい。
今生になって初めて本気のユーリを目撃し、クロードは感動に打ち震える。
――ともに戦いたい。
今すぐにでも駆け出し、隣で剣を振るいたい衝動をグッと堪える。
ユーリに避けられ地面に落ちた粘液がジュッと音を立てた。
「毒液だね。まあ、当たんなきゃ、問題ないからね」
飛び道具相手にその場に踏みとどまるのは悪手だ。
ユーリは足を止めず、動き回る。
ドロドロと粘り着くヘドロ、ヌメヌメと滑る沼底。
どちらも、ユーリの動きを妨げる障害にはなりえなかった。
足を動かすたび、剣を振るうたび。
心臓は嬉しそうに跳ね、血液は煮えるように熱くなる。
「うん、だいぶ感覚を取り戻してきたよ」
戦場こそ、生きる場所。ユーリはどんどんと加速していく――。
――1時間ほど経った。
「楽しかった~」
満ち足りた笑顔でユーリは沼から上がる。
「お疲れ様でした。見事な戦いぶりでした」
「でしょ? かっこ良かったでしょ? 惚れ直した?」
ユーリが上目遣いで尋ねる。
以前のクロードだったら、しどろもどろになっていた。
だが、クロードも慣れたものだ。
「惚れ惚れする戦いぶりでした。また、肩を並べて戦いたくなりました」
「むぅ」
クロードの反応がお気に召さず、ぷくっと頬を膨らませる。
それにクロードが笑顔を返すと、ユーリもつられて笑う。
二人は沼から離れ、木陰に座って休息を取る。
よく冷えた果実水をひと息で飲み干してから、ユーリがつぶやく。
「それにしても――」
沼地に目を向ける。
「次から次へと湧いてくるね」
ユーリの蹂躙によって一時は沼の半分まで倒した。
だが、ユーリが戦いを止めると同時にヘドロスライムは増殖を始め、少しずつその領域を拡大していく。
「離れると攻撃してこないのかな?」
「沼に入ったり、攻撃したりしなければ襲ってきません」
さっきまではユーリを敵と見なしていたヘドロスライムが、今はおとなしい。
沼をぼうっと眺めながら、ユーリは真剣な顔つきになる。
「ねえ、クロード。これって『魔王の爪痕』だよね?」
「おっしゃる通りです」
――魔王の爪痕。
前世の頃から存在し、モンスターを無限に生み出し続けるモノ。
魔王が魔界からこちらの世界に残した爪の痕と考えられていた。
当時は発見次第、最優先で破壊されたのだが――。
「その様子だと、もう知ってたみたいだね」
「はい」
クロードは転生してからすでに『魔王の爪痕』を発見している。
ユーリは彼の態度から察した。
「手は出してないよね?」
疑問ではなく、確認だ。
「もちろんです」
「うん。頭には入れておくけど、しばらくは放置だね」
「それがよいかと」
今、魔王がどういう状況なのか、まったく情報がない。
下手につついてはやぶ蛇だ。
「まずはもっと強くならないとね。よし、二回戦だっ!」
すくっと立ち上がる。
目を輝かせて、沼へ入っていった。
――この調子で、ユーリは一日中ヘドロスライムを倒し続けた。
すっかりと満足してギルドに引き上げたところ、クロードが受付嬢から声をかけられた。
「クロードさん、指名依頼が入ってます」
◇◆◇◆◇◆◇
次回――『異変の調査に向かう。』
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