16話 「ふふ、姉妹っていうのは否定しないのね!」


『――おぬし、呪いにかかっておるな……』

『え、なにかしら、なんで…………』


 ――少女が、二人。見たこともない場所だ。草原に立つ小さな丸太小屋が遠くに見える、だだっ広い場所……。

 そんな箱庭で、二人の少女が座り込んでいて、一人は……白髪の少女が伸ばしていた手を引っ込めて、思案する様な顔をする。

 黒髪の少女は、小首を傾げて……そんな白髪の少女を見つめている。


『止めた、殺してやろうかと思ったが……呪いにかかっておるなら話は別なのだ。おぬしが苦しむのを見つつ、酒の肴にしつつ……おぬしの最期を笑ってやろう』

『す、す………………』

『……なんだ? す……』

『すごいわあなた! 今なんでわたしが呪い持ちだってわかったの! もしかして、偉大な呪言遣いさまとかなのかしらあなた…………あ、でも、魔物って呪言を遣えないとか聞いたこともあるわ!』

『はあ……?』


 ――なぜか、唐突にテンションが上がった様子の黒髪少女に、両眉を下げてうざったるそうな顔の白髪少女。

 ――言うまでもない、凝視するまでもなく……黒髪の少女はタミハ・シルハナ。

 白髪の少女は、今よりもズタボロに見える、それほど酷い傷を負っている辺幽の魔女に見える。


『――ライコンとビンジンはちゃんと食べなきゃだめよ! あなたの怪我を治さないと! それとあなたの名前を教えて欲しいわ!』

『ふん、それは食べん……まずいから食べんが、われの名は――』


 そうして。

 それが何の意味があるのか分からないが、無駄に少し溜めて。

 白髪の少女は己の名を名乗る。誇らしげに、傲慢に力強く。


『われの名はセレオルタ。セレオルタ・ヘログエス・クアトラレイド・バートリリオン――おぬしら人間をすべて殺す者なのだ』

『だから。そういう事言ってるとコト婆さんに連れてかれるわよ!』

『誰なのだそれ!』


 ……ぎゃーぎゃーといいながら、二人は……タミハに背負われたセレオルタは、草原の丸太小屋へと向かっていく。

 これは……幻覚じゃない、確かにあった景色……ぼくの中にいるこいつの肉片が見せている記憶の断片……追憶、か……


『――不思議なの、セレオルタ! あなたが来てから呪いが弱まっている気がするわ! すっごく過ごしやすい!』

『……当たり前なのだ。われは魔物の女王だぞ。どんな呪いであろうとわれの格には敵わん。今、その『不幸の呪い』とやらは……われを恐れて隠れておるのだろう。身の程を弁えておるなぁ』

『そうなのね! ありがとうセレオルタ……』

『……人間の幼体はすぐ感謝を口にする。それはな、弱さからくるものなのだ』

『……そうなの? でも、嬉しいわよわたし、本当に! 呪いの事じゃなくて、あなたが来てくれたことが……』

『……暗愚が……』

「…………」


 ――と、場面が変わった。

 まるで、写真を手に取って眺めているような……感覚としてはそんな奇妙なものだったが、ぼくの前では、そんな写真に収められた二人の少女が楽し気に会話しているのが確かに、現実……かつて確かにあったこととして展開されていて。

 それは、想い出。

 思い出だ――タミハとセレオルタの、かつての時間。大戦が終わって、しばらく経った……きっと、それくらいの時代の。

 250年以上前の、少女と化した魔物と呪いに憑かれた少女の、記憶。


『――おぬしは勘違いしておるの。幼すぎて魔女と言うものが分からんか。われは今はこんな姿だがども……本当は厳かで宝石が汚れて見えるほど美しく強い、そういう存在なのだ』

『セレオルタは今のままで可愛いわよ?』

『……そんなことは分かっておるが、もっとと言う話なの!』

『それは楽しみね!』

『おぬし、馬鹿なのだ?』


 ――また、さらに時間がくだる。

 今……セレオルタの手傷は少しずつではあるが回復してきているように見える。とはいえ、彼女の周りを漂う塵の動きからして、全快からはほど遠い状態に見えるが――少なくとも、大きな、致命的な怪我は、その傷口は埋まっているように見える。上位の魔物は、回復魔法などなくとも。こうやって自力で怪我を治せるという事か――


『……だからな、われは回復したら、まずは三人殺しにいくぞ? 呪言遣いのボンボルトとベイジャル、そしてリフエルタという剣士だ。あああ……楽しみなのだぁ………………』

『駄目よ、そんなことしちゃ!』


 二人はテーブルに向かい合って座っている。

 くつくつと肩を揺らすセレオルタの手を取って。その目を見て、タミハが子供に言い聞かせるように……微笑んで。


『セレオルタはわたしの友達だもの。それに、本当はとっても優しい子。だから、そんなことはさせないわ!』

『させない……友達? 訳の分からんことを言うな。まあ、おぬしについてはわれが奴らを殺すのを特等席で見せてやるわ。それが終わったら、そこらへんにほっぽり出して……そうだなぁ、われの分身におぬしを監視させて、おぬしの行く末を見届けよう。呪いで苦しんで死ぬまでを……われの生きてきた時間からしたら短すぎるくらいの演劇だが、見せてもらおうなのだ!』

『だーから、悪い言葉は使ったらだめなのよ! コト婆さんよ!』

『もうそれはええわ!』

「………………」


 ――どうやら、二人は……こんなに狭い丸太小屋で、二人で暮らしているらしい。セレオルタがその傷を癒すまで……タミハが彼女を匿っているようだった。

 セレオルタが来るまで、タミハは一人で暮らしていたのか……いや、当然か。呪いにかかった人間がそれまでのコミュニティに留まれるはずがない。それは集団の長だろうと、関係はなく…………


『……セレオルタ、本当にありがとう! わたし、あなたが来てから最高に絶好調なの! 妹が出来ちゃったみたいに、楽しくて仕方ないわ!』

『ふざけるな! なんでおぬしがナチュラルに姉側なのだ! われのほうが圧倒的に年上だし、格も貫禄もわれが姉に決まっておろうが!』

『ふふ、姉妹っていうのは否定しないのね!』

『…………っ、それは言うまでもなく否定しとるわ!』

「………………」


 ――また、時間が経過した。

 今、セレオルタとタミハは……暗い部屋の中で、小さな布団に並んで横になって眠っていた。

 セレオルタの体のダメージはほとんど回復しているようだ。やがて、規則正しく寝息を立て始める彼女に……わずかに状態を起こして、タミハがセレオルタの髪を撫でながら言った。


『セレオルタ……わたしの呪いを笑い飛ばして、一緒にいてくれてありがとう』

『すう……すう……』

『わたし、呪いにかかってから……お父さんとお母さんと、村の人たちとも離れ離れになって、とっても寂しかったの。でも、あなたのおかげで、負けないって思えたわ』

『すう……すう……』

『ありがとう……もう、一人暮らしには戻れないわね……すや……すや……』

「…………」


 少女が二人、寝顔を並べているその眺めは。

 まさしく、姉妹にしか見えないと、赤の他人のぼくでさえそう思った。


『――誰なのかしら、あの人たちは! ひどいわ、わたしたちの家をいきなり燃やしちゃうなんて!』

『あれは魔女教なのだ! おぬしら人間の中でも飛びきりの馬鹿どもだ。どうも、われをどこかに連れていきたいらしい。生意気な……われはわれの意思でしか動かん』

『そうよね! セレオルタと離れ離れになるなんてゴメンだわ! わたし、ぜったいあなたを守るから安心してねセレオルタ!』

『おぬしが、われを守る……くく、くくく……』

『何がおかしいのかしら……ってうわあああ、追ってきた! すごい数がやってきてるわ、逃げましょうセレオルタ!』

『そんな体たらくで守るとはな。だが、悪くは……』

『え?』

『いや……どうだろな、面倒なら奴らをこの場でわれが殺してやろうか。そうすれば当分は襲ってこんだろう。われの体もだいぶ戻った。今なら、少しの時間なら本来の姿に戻れるやも――』

『駄目よ!』

『!』

『セレオルタ、殺しちゃダメ……わたしたちが逃げてすむなら、それが一番!』

『……奴らは、悪辣だぞ。今ここで見過ごせば、無関係な人間もたくさん犠牲になるかも……』

『え……そ、そうなのかしら! そ、それだったら……そうね、魔女教の一番偉い人? に話し合いにいきましょう! 悪いことはしないようにって、約束させるわ!』

『……おぬし、馬鹿なのだ?』


 ――今度は。少女が、暗い森の中を駆けている。はるか背後では草原の丸太小屋が赤々と燃えていて、彼女たちが襲撃を……魔女教から攻撃を受けたことが分かった。

 奴らの目的はもちろん、セレオルタ……手負いの弱ったセレオルタの確保だろう。それに、タミハは巻き込まれている……のに、二人並んで走るその表情は、どこか、無邪気で楽し気で。

 ひどく牧歌的にさえ見えて。


『――セレオルタああああああああ! お前は、絶対に終わらせるゼエ! ここでおれが、やらないとナア!』

『あの人の武器、スッゴイ変わってるわね! ブーメラン……?』

『……罰字だな。投擲刃……当たらずとも、かすればおぬしは死ぬぞ。呪い持ちは魔に寄っておるのだから宗教的な聖性あるものが効く……』

『あの人は魔女教……かしら? でも雰囲気が――』

『奴は魔女狩り。おぬしら人間の中では魔女教の次に馬鹿な連中――』


 ――と、言うやいなや、罰字が……ぼくもよく知っている彼の――ユーグルさんの罰字が、天から、二つに分かれて飛翔してくるのを、セレオルタは難なく――灰色の壁のようなものを一瞬で生成して受けきる。

 少女たちは街中を疾走していた。

 ここは、レドワナ共和国じゃない、しかし恐らく街並みから見ても、気候的文化的には近い……近隣諸国のどこかのようだった。


『セレオルタアアア……』

『うるさいの。面倒だ、このまま隠れ――』


 と、そう言うセレオルタの足が止まる。彼女と並走していたタミハが地面の小石につまずいて、バランスを崩して、顔からべしゃりと倒れ込んでいた――


『……まったく、阿呆が』

『ご、ごめんセレオルタ、転んじゃったわ!』


 そうして――そのまま、まったく焦ることもなく、振り返ってタミハに歩み寄るセレオルタ。結果、しつこく追いすがっていたユーグルが、二人の少女に追いつく――


『おい、おいおい、辺幽の魔女……おまえさん、とうとう死ぬ覚悟が決まってくれたのかあ。そうなんだろうオイイ……』

『死ぬのに覚悟なんていらんだろう、いるのは諦観とか、無力感なのだ』

『ハっ。てかおまえさん――』


 言って、ユーグルが……罰字の男が腕の入れ墨を掻きつつ、


『そっちのは人間か? なんでお前人間なんかとつるんでるんダ?』


 ――驚いた、というのを通り越して。愕然に近いようなトーンで、しかし一切の警戒色は解かぬまま、ユーグルが問う。


『タミハか……こいつはわれのゲボ――』

『大親友だからよ!』

『ゲボ……しんゆう?』


 何を言ってるんだこいつら、という感じのユーグル。しかして、そのまま罰字を握りなおしたところ、で――何かに気付いたように、彼の体が脱力をやめる。


『――てか、そっちの人間の黒髪のオンナ』

『へ、わたしかしら!』

『お前……ダヨ。お前、その衣装……ユタラシ村の出身か……?』

『え……』


 と一瞬呆けたような表情をして、


『そうよ! わたしはユタラシ村の生まれなの! あ、服ね。私の村はフォイコって虫が編む特別な糸で作った繊維の服に、村の一員を示す刺繡がついてるから……見る人が見たら分かるのね!』


 えへん、となぜか自慢げなタミハ。


『この刺繍は、わたしが村のみんなと繋がってる証拠だからね!』


 と、セレオルタにこれ見よがしに解説するタミハ。――どうやら、それがどこか気に入らなかったらしく、セレオルタが服に嫉妬……やきもちを焼き始めているのがぼくにもわかった。

 でも、


『ユタラシ村は滅んだ。全滅だぜ……でも、生き残りってのは案外どこにでもいるもんだなあ。暗合だよナア』

『え…………』


 顎を触って感慨深そうな表情をするユーグル。

 そして――全滅。という言葉に、ぴたり、と止まるタミハ。


『俺も……だいぶ前の大戦前期に滅んだ村の生き残りでね。お嬢ちゃん、俺とお前は似た者同士ってことだナア……』

『え、ちょっと、ごめんなさい、今なんて……魔女狩り、さん?』


 ――自分の耳を抑えるタミハ。ごしごしと、汚れてもいないのに自分の耳をしつこくこすって、それは……現実逃避をするにはあまりにも短い時間稼ぎで。


『俺も人の事は言えねえが……だが……いただけないねえ。そんな村の生き残りがよりにもよって魔女とつるんでるなんて。ソレも――』

『待て……、』


 ――何か。どこかで見たような光景だった。それは真実を隠したがる、いたずらを親に見つからない様に願う、そんな……取り返しをつかないことをしてしまった時に彼女が見せる、玉虫色の瞳が揺れる、そんな複雑な面持ち。


『セレオルタは、お前の村を滅ぼした魔女じゃないか。いったいどういう気持ちで一緒にいるんだ? 寝首でも掻こうとしてんのカア?』

『―――』


 雑音が、走る。

 ぼくが見ている写真のような光景に、雑音が走る。

 その雑音の中に、魔女教と魔女狩り、タミハの姿が明滅して、それもすべてぐちゃぐちゃになっていって――、一瞬、暗転。のち、白明。














『タミハ、タミハあああ……………………』

「………………っ」


 頭痛が、ひどい悪寒がぼくの全身を覆う。

 それは、初めて魔女の肉片を体内に入れられた時の感覚と、すこしだけ似ている。ただ、それもすぐに止んで――


「こ、れは………………」


 いつの間にか、その光景の中では雨が降っていた。しとしとと、しつこく、絡みつくような灰色の雲から、とぎれとぎれに地面を濡らして……

 場所はさきほどと変わっていない。しかし、状況はさきほどと大きく変化している。


「…………ッ」


 たくさんの死体がそこにはあった。そのほとんどは黒ずくめの男たちの遺体だ。セレオルタは追われていた……魔女教たちに追われていた。それが、魔女狩りと戦っているタイミングで乱入してきたのか……

 遺体の中にはザオのものも、そして、さらに奥にはユーグルの遺体も……そんな死体の絨毯の中にあって、その中心には二人の少女が浮くように座り込んでいて。


「…………」


 いや、座っているのは一人だけ。白髪の少女が、横たわる黒髪の少女の体を支えるようにうずくまって、その名前を壊れた再生機のように繰り返していて……


「なにが、あったんだ……」


 ぼくの言葉に返ってくる答えはない。これは、あくまでかつてあったことの記憶の断片。それは分かっている。でも、ぼくは言葉を発さざるにはいられない。だって、その光景はそれほどまでに痛々しかったから。


「………………タミ、うう、く…………」


 ――セレオルタが。その力を遣って、タミハの傷口に塵のようなものを這わせている。しかし、それは固まり切ることなく霧散して……その有様は、セレオルタが精神的にも肉体的にも疲弊しきっていることを意味していた。


 彼女は、おそらくぼくと彼女たちが最初に出会った時以上に……力を遣いすぎてしまった。だから、その万能に近い力を遣った、疑似的な回復魔法的処置……能力で、魔術でタミハの傷を治すことも、叶わないようだった。


 傷を治す――今も、タミハの体に刺さっている、罰字の投擲刃を抜いて。そして、おそらく呪銃の弾丸がかすめ、一部腐り落ちている肉体の部分を埋める……そんな処置が、今のセレオルタには、おそらく出来ない。


 そしてぼくも当然、何もできない。

 見るからに分かる。もう、タミハは長くない。今にも事切れようとしている――彼女の荒い呼吸だけが、雨音に交じって響いている。それは、タチの悪いくそったれな音楽みたいで。


「タミハ……われは、われは……………………」


 息を呑む。何を言っていいのか分からない魔女の声に、かすかに目を開いて、その顔を見つめるタミハがいた。


「せれ、った………………」

「! タミハ…………!」


 意識を取り戻した。それは、混濁にまみれて、本当に取り戻しているのか怪しいくらいだったけれど。


「…………っ…………」

「たみは……たみは…………目を閉じるな、いやだ、われは………………」

「…………」

「われは……われが、お前の村を滅ぼした、のは、きっと本当なのだ…………でも、われは……そんな、気は……い、や…………」


 もっと、きっともっと言うべきことがあるだろうに。

 それでも、魔女の口をついて出るのは、自分を守る、傲慢で、自分に都合のいい言葉の羅列。

 反省ではない、悔恨ではない。ひどく自分勝手で、物悲しい……そんな、無様な単語の騒音でしかなくて。


「………………あ、…………」

「たみは、タミ……………………っ」


 ――そうして、口を開いては閉じて。セレオルタの頬に手を伸ばそうとして……でも届かずに。そして、タミハの腕から、肩から……全身から、ゆったりと力が抜けていく。

 脱力、喪失。

 それは、意識が失われるのではなく、命そのものの完全な喪失を、これ見よがしに……ぼくの網膜に見せつけてきて。


「タミハ……」

「セレオルタ………………」


 タミハの名を呼ぶセレオルタと。

 セレオルタの名前を呼ぶぼくの声が虚空に重なった。

 あとに残るのは……ぼくの視界には、生きている者は、たった一体。辺幽の魔女、セレオルタ、それだけしか映っていなくて。


「あ、あああああ………………」


 セレオルタは顔を上げて、雨粒を受けながら。腹の奥から、喉から漏れ出るような、間抜けなうめき声のようなものを上げて。

 雑音。












『あ……あれ? わたし、何をしてたのかしら? 寝すぎてた……?』

『まったく、寝坊助が。とっとと行くぞタミハ。次の街なのだ』

『……そ、そうね! 次はどんな街なのかしらセレッタ!』

『レドワナだ。毎年人間どもがくだらん祭りをしておるらしい。われは全然楽しみじゃないがおぬしが行きたいなら付き合ってやる』

『なにそれ、行ってみたいわ! ……とかいって、セレッタだってすごく楽しみにしているくせに』

『……そんなことないのだ!』


 ――風景が、移り変わる。きっと、時間も大きく隔てて。

 少女たちはどこまでも続くような草原を歩いている。さらに遠目には連なる山脈……あそこを越えればレドワナ領だろうか。

 二人の旅はこれまでも、これからも、ずっとずっと続いていく。

 時々、魔女教や魔女狩りに追われることはあっても。いつだって、うまく逃げおおせて、気ままな旅程はどこまでも。


「…………」


 タミハの――持つ、不幸の呪い。

 もしも呪いが、魔女に抑えつけられているのなら。魔女の膨大な威容に劣る程度の力ならば。

 こんな結末に、はたしてたどり着かせることが出来るだろうか。


 呪いは――不幸の名を持つ呪いは、機が熟すのを待っていたかのように。これ以上ないタイミングで、もっとも悲劇的で喜劇的な……そういった結末を一人の少女に提示した。

 それは、死後でさえ、呪い持ちの愛する者を苦しませるために。

 通常、呪いを持つものは……その命を終える事で、死ぬことによって呪いは解けてしまう。事実、タミハの持つ不幸の呪いもこの時点で世界から掻き消えていることに違いはなかったが。

 死してなお、呪いは……魔物の女王にさえ楔を打った。

 呪いの持ち主、タミハにとって、彼女がもっとも恐れていた……大事な人たちが、自分の呪いによって被る苦しみ。それを完全な形で完遂した。

 不幸というものを、タミハと魔女に……あますことなく与え切り。

 幻想と妄想の狭間で、以来セレオルタは生きてきた。


 時々不安になる。

 もしかして自分の見ている景色はすべて偽物なんじゃないかと。

 200年を越えてなお、共にいてくれるタミハのことが、信じられなくなる。

 でも彼女が笑いかけてくれると、そんな不安もどこかに埋もれてゆく。

 タミハが小首を傾げた時は、その疑問ごと、自分の力で打ち消せばいい。

 自分が不安になった時は、その感情事、自分の力で覆い隠せばいい。

 これでいいのだ、と魔女は思っていた。

 そう願っていた。

 そのベールが開かれてしまうその直前まで――あらゆるものから目を背けて、セレオルタは心の底からそう思っていた。

 己の力で生み出したタミハ・シルハナとどこまでも。

 人形と、偽物とどこまでも。

 それが彼女にとっては幸せだった。


 それがどれほどの不幸かなんて、もはや誰にも決められないかのように――


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