やがて蝶は大空を舞う 3

第三章 一通のメール

 

 パソコンにメールが届き、揚羽が確認すると『大丈夫?』というタイトルが書かれていた。揚羽がそのメールを開くとメールにはこう書かれてあった。

『私があなたの心の声を聞きます。蝶々』

 揚羽は誰か分からないメールの相手に戸惑っていた。そこへ、もう一通メールが届いた。差出人は先程と同じ『蝶々』と名乗る人物からだった。

『多分、あなたは今、気持ちが一杯一杯なのだと思います。偶然、こちらにあなたからの助けてというメールが届きました。私はあのメールからとても苦しんでいるのでは?と、感じたのでお返事をしました。私はあなたの心の声を聞いて支えになりたいと思っています。ですから、あなたの心の声を聞かせてください。よろしくお願いします』

 揚羽はそのメールを読みながら、ぽろぽろと涙を流していた。もうどうなってもいいと思っていた半面、誰かに助けて欲しいとどこかで願っていた気持ちが溢れ出し、涙となった。揚羽は、そのメールに返信した。

『苦しいです、大切にしていた髪をボロボロにされて・・・・・・。なんで、こんな目に合うのだろうって・・・・・・。私、何も悪いことしてないのに・・・・・・。なんで?って、思うのです・・・・・・』

 揚羽は涙を流しながら、自分の気持ちをメールに綴った。そして、送信ボタンをクリックしてメールを送信した。数分後、蝶々から返信のメールが届いた。メールにはこう書かれていた。

『多分、あなたはとても優しい子なのでしょうね。周りからもとても好かれているのではないでしょうか?おそらく親にも大切に思われて育ったのだと思います。でもね、世の中にはあなたのような人を憎く感じる人もいるのです。親からも愛されて沢山の友達からも慕われて・・・・・・そんな人を羨ましく思うあまり、憎んでしまうケースは沢山あります。きっと、髪を切った人もそんなあなたが憎くて仕方なかったのかもしれませんね。でも、きっとあなたはその人たちを憎んではいないでしょう。むしろ、髪が無くなったというショックだけが、あなたの心を閉ざしているのだと思います。違いますか?』

 揚羽はそのメールを読んで、心の中で頷いた。蝶々の言った通りだからだ。揚羽は藤木たちのことは憎んではいなかった。ただ、蝶々の言う通り、髪が無くなったというショックだけが心を閉ざしてしまったのだ。揚羽は自分の気持ちを汲み取ってくれた蝶々に深い感謝を感じながら、メールの返信をした。

『その通りです。私、恨んではいないのです。ただ、髪が無くなってしまったのが辛いだけなのです。とても、大切にしていたから・・・・・・。本当にそれだけなのです。ありがとうございます。私の気持ちを分かってくれてすごく嬉しいです』

 揚羽は、メールを送信するとパソコンから離れてベッドに横になった。揚羽は、揚羽自身の本当につらいことを分かってくれる人に会えた気がして、嬉しさと安堵感でまた、涙がとめどなく溢れてきていた。そして、安心感からかいつの間にか深い眠りに入っていった。


 それからは、しばらくは蝶々とのメールのやり取りが続いた。蝶々は、いつも揚羽の気持ちを汲み取って理解してくれた。そんなある日のことだった。揚羽と蝶々がやり取りをしているメールに蝶々からこんなメールが届いた。

『あなたの心は本当に綺麗ですね。性格も天真爛漫なのでしょう。おそらく、沢山の人があなたのその綺麗な心に救われているのでしょうね。でも、気を付けてくださいね。人によっては、あなたのやさしさを利用する人も出てきます。だから、人をちゃんと見極める目を持つことが大切ですよ』

そのメールの内容に揚羽はちょっと考えてメールを返信した。

『ということは、これから社会に適応するために、少し黒い心を持つということですか?じゃないと生き残れないということでしょうか?』

 そうやって、メールを送ると数分後、すぐに返事は来た。そこにはこう書かれてあった。

『いえ、違います。社会で適応するためにその真っ白で綺麗な心に黒いシミを付ける必要はありません。ちゃんとあなた自身を見て受け入れてくれる人は必ずいます。ただ、私が伝えたいのは、あなたのやさしさを利用する人に騙されないようにして欲しいということです。あなたの心の白さや優しさはいろんな人の心を救うことができると思いますよ』

 メールを読んで、揚羽はまたぽろぽろと涙を流した。そこへ、ノックの音が響いた。母親だった。部屋の中から揚羽が返事すると部屋の外から母親がおもむろに口を開いた。

「さっき、学校からお電話があって、揚羽の部活のグループラインに動画を送ったから見て欲しいって言っていたの。届いているかしら?」

 母に言われて、ずっとほったらかしになっていたスマホを見てみると、友達から沢山ラインが来ていたことに気付いた。その中の部活の連絡網として使っているグループラインに『動画を受信しました』というお知らせが来ていた。見ようかどうか悩んで、揚羽は蝶々に相談した。

『さっき、母から聞いてスマホを確認したら部活から動画が届いていました。なんだか見るのが怖いです。見たほうがいいと思いますか?』

 そう、メールを送信すると返事は早々と返ってきた。そこには一言こう書かれていた。

『ぜひ、見てみるといいですよ!』


 揚羽は恐る恐るグループラインを開き、動画の再生ボタンを押した。

 再生ボタンを押して流れた動画は先生の指揮で演奏する部活仲間たちの姿だった。曲が始まり、揚羽は「あれ?」と疑問に感じた。発表会で演奏する曲ではないからだ。


むしろこの曲は揚羽が一番好きなホルストの『木星』だった・・・・・・。


「な・・・・・・なんでこの曲が・・・・・・?」

揚羽が戸惑いながら、でも、好きな曲をみんなが何で演奏しているのか分からなかったが、大好きな曲をみんなが真剣に演奏している姿を見て揚羽は声にならない声で感謝の思いが込み上げてきた。そして、厳かに演奏が終わった。

 すると、今度はサッカー部の男子たちがプラカードを持って現れた。主将と思われる男子の掛け声が響いた。

「せ――――のっ!!」

男子たちが一斉にプラカードを掲げた。そこには・・・・・・


『みんなで待っているからね!!』


 そして、部活で仲良くしている子たちがそれぞれ、メッセージを送った。

「揚羽ちゃん、元気になってね!」

「揚羽ちゃん、これからも一緒に沢山笑って沢山泣いて、ずっと友達でいようね!」

「揚羽ちゃん!私はいつでも揚羽ちゃんの味方だからね!」

 そこへ、サッカー部の男子たちもメッセージを伝えた。

「寺川さんのこと、みんな待っているからよくなったら戻っておいでよ」

「今度、みんなで美味しいもの食べに行こうぜ!」

 最後のメッセージにみんなで突っ込みながら、最後に「またね!」とみんなで手を振っているところで動画は終っていた。

 動画を見終わり、揚羽はぐしゃぐしゃに泣いていた。みんなに心配をかけていたこと、こんなにも沢山の友達が戻ってくるのを待っていてくれているということ・・・・・・。どうこの感謝の気持ちを言葉にしていいのか分からないくらいの気持ちが溢れてきて、揚羽は沢山泣いた。声も我慢せずに大声を上げて泣いた。

 沢山、沢山、泣いて、どこか気持ちがすっきりしたのか、揚羽は蝶々にメールを送った。


『今から美容室に行ってきます』

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