第3話 酒気にまみれた本音

あれから、宮間が私に彼氏の話をしてくることはなく、2か月が過ぎた。

少し声をかけてみても、遠慮がちに避けられてしまう日々が続いている。

一つだけわかるのは、まだ宮間の問題が全く解決していないということだけだった。

そのまま宮間の初めての仕事は成功に終わり、宮間のなんとも釈然としない顔と、

友井の心配そうな顔だけが残っていた。

パソコンの隙間から顔色をうかがってみるが、仕事中は基本的に疲れた様子はない。

仕事の成績も別に落ちていない。

だからこそ、声をかけるきっかけが掴めずにいた。

成績が落ちていれば、それをきっかけにご飯に誘えるのに。

しかし、私も宮間ばかり気にしているわけにはいかなくなってしまった。

私自身も同窓会が目の前に迫っていたのだ。

行くと決めても、ほとんどの人と高校卒業以来会っていない、絶対に気まずい。

行きたくない。でも行ってしまうと言ったからには、逃げられない。

仮病でも使おうか。それは性に合わない。

そんなこんなで気づけば、前日になっていた。

地元での同窓会のため、新幹線に乗り地元へと帰る。

すっかり地元のなまりも消え、正月ですら滅多に帰らない実家に帰るとなると、

やはり少しムズムズした。

落ち着きなく新幹線の中で、忘れるようにと念じながらパソコンで急ぎでもない資料を片付けてしまう。

約2時間はあっという間で、心の整理を東京に置いたまま新潟駅についてしまった。

重い足取りで新幹線口を出ると、錯覚か地元の米のにおいのような、懐かしい香りがした。

「お姉ちゃん、おかえり」

まだ高校生の末っ子である妹が制服姿で私を迎えてくれた。私と同じ懐かしい制服。

大人びている末っ子は私を見て、ニコッと綺麗に笑った。

「ありがとね、わざわざ迎えにきてくれて」

「ううん、お姉ちゃん。本当久しぶり。元気そうでよかった」

妹と共に久々の家路を辿り、車の騒がしい喧騒の中で妹は私に気を遣ってか、

いつもより口数多く話してくれた。

「お姉ちゃん、帰ってくるの久しぶりすぎて。頼みたいことがいっぱいあって。

 みんな喜んでたし、お兄ちゃんもこれに合わせて帰ってくるって」

どうやら、私の帰省に合わせて家族全員が勢揃いしてくれるらしい。

特別仲のいい家というわけでも無いが、普通の家よりは家族同士仲がいいと思う。

今大学四年の弟も、関西からこれに合わせて帰省してくれているらしい。

両親は共働きで、朝も早く夜は遅かった。

だからこそ、兄弟で過ごすことが多く、弟にも妹にも、私ですら目立った反抗期もなく育った。

エレベーターに乗り込んで、開けてくれた妹に礼を述べつつ、リビングへと入る。

約2年前に帰ってきてぶりだが、全く変わっていない。

洗面所で手を洗ってから、ダイニングテーブルの上に東京の土産を置く。

妹はキラキラとした若い目で、お土産の東京ばな奈を嬉しそうに見つめた。

「母さんたちが帰ってきてから、食べなさいよ」

「はーい」

パタパタと足音を鳴らしながら、自室へと去っていく妹を背に

スマホを取り出して両親に連絡をする。

「着いた。なんかしといたほうがいい事ある?」

仕事中だろうし、返信は返ってこないだろうなと思いながらも、習慣か連絡を入れてしまう。

するとすぐに母から連絡が返ってくる。

「おかえり。今日は外食するからゆっくりしてなさい」

しっかり者の母らしいきっちりとした文章。ほとんど電話の履歴しかない母とのLINE。

妹の鼻歌を小耳に挟みながら、私も小さく口ずさんで、小さなテレビをつけた。


母と父は定時できっちりと切り上げて来て、2年ぶりに画面越しでは無い両親の顔を見た。

目元の小皺はハッキリと分かりようになり、髪の毛の白髪も目立つ。

おかえり。といった母の声には幼い頃から変わらない。優しい家族の声だった。

外食に出るギリギリで、家に滑り込んできた弟。

髪色が明るくなっていて、大学生活を思う存分楽しんでいるのが見てとれる。

ねぇちゃん、おかえり。と汗が滲んだ額で、少し変わったイントネーションが可愛らしい。

クシャリと頭を撫でると、子犬のように尻尾を振っている幻覚が見えた。

外食先は私が好きな、焼肉。

両親は胃もたれがするなどと、文句を垂れている。私も、昔より食べられなくなったな。と思う。

弟は口いっぱいに肉を頬張り、そんな弟を妹が、楽しそうに見ていた。

当たりまえのように、家族で繰り返していた光景。

東京という大都会で、私は小さな温かさを忘れ始めていたのかもしれない。

酒が入って来たのか、弟はうとうとと眠そうに船を漕ぎ始める。

弟を必死で起こそうとする妹を尻目に、母と父からの質問攻めにあっていた。

私は結婚生活のことだけ答えを濁しながら、上手くすり抜けている。

「あなたの子供を早く抱きたいわ」

ウットリと私の目を覗いた、母の声にギクリと身を固くする。父も惚けた目で言った。

「女の子でも、男の子でもきっと可愛いぞ」

「ねぇちゃんの子供は絶対可愛い」

酔っ払った弟の援護射撃。妹だけは、急かさないであげよ。と微笑みかけてくれる。

私は言葉と同時に、心臓を抉られたような気持ちがしていた。

「子供」。それは結婚してから、一瞬の夢だった。今はもう、そんなことを考えてすらいない。

私の空気が少し重たくなったのを察してか、妹はあたふたとらしくもなく慌てて、弟の頭を叩く。

「子供なんて夫婦の自由だよ!お姉ちゃん、焦んなくていいから!」

…私は欲しいんだよ。子供。そんな言葉を飲み込んで、妹に曖昧に笑う。

そろそろ帰ろう。と財布を持って立ち上がる。父が酔い起きに、私を諌めて、財布を出した。

言葉に甘えて、先に店の外に出て夜風に当たる。

煙たい場所、大都会には見えない星が見える。酔いすぎた家族を引き連れて、家路についた。


家に帰り、風呂に入った私は勉強をしている妹に申し訳ない程度の挨拶をして、

高校の時のままに残されている自室のベッドに寝転んだ。

古いスプリングが重い音を鳴らす。

このベッドの上で見た、幼い頃の夢を今思い返す。

真っ直ぐで純粋で、ソフトドリンクみたく、甘い心を持ち合わせていた。

もう、寝よ。とアラームをかけて、枕に思考を埋めた。

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