西しまこ

第1話

 いつの間にか、三十八歳になってしまった。

 結婚していないまま。

 別に独身主義だったわけではない。気づいたら、独身だったってだけだ。二十代前半はそれなりに恋もしてきた。でも、二十七歳でそのときの恋人と別れてから、なんとなく時間が過ぎていってしまった。二十九歳のときは焦りもしたが、三十歳になったらなぜか余裕が生まれ、三十五歳で再び焦りつつも今に至る。恋愛をしていないわけではなかったが、なぜか短い恋で終わり、結婚とはならなかった。

 LINEの通知音がする。

 ――明日、時間ある?

 弟からだ。

 ――あるよ

 すぐに返す。「ちょっとつきあって欲しいとこがあるんだけど」「いいよ、何?」「今度、嫁の誕生日でさ」「了解! なっちゃんが好きそうなもの、探しとく」「さんきゅー」

 待ち合わせ場所などを決めて、LINEを閉じる。

 弟とは一回り年が離れている。親が再婚して出来た弟だ。半分だけ、血が繋がっている。半分だけ。

 共働きで忙しい両親に代わって、わたしは弟の面倒をみた。

「おねえちゃん、大好き! ぼく、大人になったら、おねえちゃんと結婚する!」

 そんなかわいいことを、いつまで言ってくれていただろう。

 幼稚園のお迎えに行った。宿題を見てあげた。友だちと遊ぶとき、おやつを作ってあげた。中学校に入ったら勉強を見てあげた。受験勉強もいっしょに乗り切った。

 そうして、小さかった弟は大人の男になっていった。その様をわたしはただ、横で見ていた。眩しく。

 そうだ。二十七歳のとき、恋人と別れた原因は弟だった。弟の受験勉強にわたしが一生懸命になり、恋人にあきれられたのだ。「弟と俺とどっちが大事なんだ」と言われた。

 そんなの。

 そんなの、弟に決まっている。

 弟はさみしかったわたしのもとに来た、かけがえのない存在なのだ。

「おねえちゃん、大好き!」と言っていた弟は、やがてわたしよりも大事な人を見つけた。そうして、いくつか恋を重ねて、あっという間に結婚した。

 小さかった弟はぐんぐんとわたしを追い越していった。

 スマホを手に取り、なっちゃんを思い浮かべながら検索する。なっちゃんは小さくてかわいいものが好き。おいしいものも好き。まだ子どももいないから、小さくてかわいいピアスなんか、どうだろう? それからおいしいチョコレート。

「おねえちゃん!」

 幻想が聞こえる。もう、あんな甘ったるい声は聞こえない。

 さみしさはもうわたしの一部になり、嘆息さえも聞こえないようにして、緩やかにこのまま流されるまま生きていくだけだ。

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西しまこ @nishi-shima

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