第13話 “近衛”って、なんじゃい

「勝者、アリウス!」

「「「裁きは成されたイウスティーツィア! 裁きは成されたイウスティーツィア!」」」


 学園長の宣言で、運動場は観客たちの大歓声に包まれる。興奮状態で叫んでおるのは、あやつらの意思というより常套句きまりもんくのようじゃの。どうにもおかしな連中じゃ。


「さあ、彼らの祝福に応えてやるといい」


 立会人の学園長マニュスが、あからさまに面白がっとる顔でわしを見る。そういうものかと手を振ってやると、割れんばかりの喝采が返ってきよった。

 ポンコツ王子エダクスは失神しとるから勝負がついたのは一目瞭然じゃが、勝った気はせんのう。


「そういえば、勝者の報酬は聞いていなかったな。なんだったんだ、アリウス?」

「わしも聞いておらん。一方的に挑まれただけじゃからの」

「ほう?」


 だから、その面白がっとる顔をやめんか。


「愚かなお飾り王子の被害者とはいえ、王族を倒したからには面倒に巻き込まれるぞ。その覚悟はあるか?」

「ないのう。どんな相手がこようとも、すべて返り討ちにしてやるだけじゃ」


 女偉丈夫という他に表現のしようもないマニュスは、わしの言葉にわずかばかり目を見開く。

 驚いた、というのではないようじゃの。こやつは、わしが宿る前のアリウスが持っておった桁外れの異能と危うさ、それを守ろうとした彼女の献身を理解しとったのではないかのう。


「お前が生まれ変わった、というのは本当みたいだな」


 わしは答えず、マニュスを見る。

 肝の据わった学園長の顔は、わずかに悲しげなようにも、どこか安堵したようにも見える。

 もしかしたら、こやつはアリウスを助けようとしとったのかもしれん。


「こうなったのが良きことか悪しきことかは、わからんがの」

「それも含めて、アリウスの意思だ」


「全員! そこを動くな!」


 耳障りな金切り声に、わしとマニュスは校舎側を振り返る。

 こちらにやってくるのは、腰に剣を吊るした偉そうな若造。手槍を構えた兵士たちを後ろに従えておる。

 わしもマニュスも、少し前から足音と気配には気づいておった。身構えもせず警告もなかったのは、そうする必要を感じとらんかっただけじゃ。

 浮ついた気配と揃わん足並み。あやつら、あきらかに弱い。


「それはこちらの台詞だ。我らには学徒を守る義務がある。それ以上進むというならば、実力で排除する」


 体育教師バルバルスは、ゆったりと手を下げたまま最前列で闖入者と対峙しとる。

 持っておるのは訓練用の木剣じゃが、背中から感じる気配が変わりよった。あやつ実は、けっこうやりおるな。


「貴様のような老いぼれに……」

「止められないと思うなら試すがよかろう」

「……ぐ」


「さあ」


 バルバルスの気迫が、若造と雑兵を押し返す。無害な老人の皮を被っておったが、単なる騎士上がりではないやもしれん。

 意地か責任か恐怖による破れかぶれか、若造は剣の柄に手をかけよった。これは血を見るのう。


「抜いたら殺すよ」


 笑み含みの穏やかな声に、ビクリと固まる。バルバルスも大したもんじゃが、学園長はさらに一枚上手じゃ。

 お使い程度の下級指揮官では、相手にもならん。


「それで、近衛の坊やが、学園になんの用だい?」


 近衛。王と王族を守る兵力だったかのう。魔界にはない軍制なんで、伝聞でしか知らん。

 かつて魔界に侵攻してきた人間の軍に、おそらく近衛とやらはおらんかった。王族といえば王弟将軍アルデンスくらいじゃしのう。あんな化け物を守るために別編成の兵は置くまい。

 上の者ほど強いのが当然、という魔界の常識には沿うておるが……人間界では特殊な例じゃろ。


「第二王子エダクス殿下の身に害なすものがあるならば! 身を挺してお守りするのが近衛第二師団の……」

「笑わせるねえ」


 ポソッと呟いた学園長の声は、若造の叫びをものともせず周囲の誰の耳にも届いた。


「自分の婚約者に決闘を申し込む馬鹿も、初めて聞いたがね」


 マニュス女史は倒れたままの王子をアゴで示し、その後にわしを見て嬉しそうに微笑みよった。


「こんな、たおやかで、お淑やかな令嬢に倒される王子様ってのも、前代未聞じゃないかね」

「……公爵家が、殿下に、手を上げたというのか」


 若造の反応は想像通りだったようで、学園長は驚きもせず呆れもせず、ただ小さく溜め息を吐いた。


「あたしの話を聞いてないのか、聞いても理解できないのか、自分に都合のいい屁理屈以外は頭に入らないのかは知らないがね」


 わずかに込められたに、若造は怯んで後ずさる。


「建国王が定めた、王立高等学園の自治を。近衛の兵が、乱すというのかい?」

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