第12話 “意地”って、なんじゃい

「いささか、やりすぎたかのう?」

“ねー♪”


 ねじ込んでやるまでもなく、わしの話を聞いた体育操学担当の教師は運動場の提供を即座に快諾しよった。効果があったのはポンコツ王子エダクスの権威か無能公爵令嬢アリウスの人望か知らんがの。


 バルバルスという騎士上がりの初老教師は許可を与えたばかりか、集まってくる他の学年やクラスの見学者を咎める様子もない。自ら最前列で興味深そうに決闘の開始を待っておるあたり、妙に達観した風なところがある。


「こういうものは、担当教師が立会人を務めるのではないのかの?」

「いいや、もっと適格な人物がすぐに来るぞ」


 なんじゃ、それは……って、いや待て。なんじゃあれは⁉︎


「待たせたな!」


 待ってはおらんが、筋骨隆々の魔神のような女がやってきよった。身の丈は優に百八十センチ六尺超え。よく見ればかなりの美貌ではあるが、無意識の威圧が強すぎて目に入ってこんわ。


「エテルナ、あれは誰じゃ」

“えーっと……学園長?”

「あんな学園長がおるか!」


 念話で話すわしの声が聞こえたかのように、その女はこちらを向いて不敵な笑みを浮かべる。


「あたしは、マニュス・モリス。学園長様と呼ぶがいい」

「うむ。アリウスは、ぬしを知っておったであろうが……」

「いろいろあったんだろう? アダマスから聞いてるよ」


 公爵の知り合いか。そういえば、どこか似た雰囲気はあるのう。


“むかし公爵と一緒にパーティを組んでた、有名な冒険者だったみたい”


 こやつも超級冒険者だというから、実力もアダマス公爵の同類じゃの。そんな規格外の強者が公爵やら学園長やらと、王国は逸材が揃っておるのかおらんのか、ようわからんのう。


「さて、始めようか。久しぶりの、楽しい祭りだ!」


 学園長の合図で、観客たちから歓声が上がる。ひとの決闘を勝手に祭りと言い切りよった。


「「「処せサンクティオ! 処せサンクティオ! 処せサンクティオ!」」」


“へーか、あれ……殺せって、言ってる?”

「そのようじゃの。まるで魔界の格闘戦技会場コロセウムじゃ」


 学園の生徒ならば、ほとんどが貴族子弟であろうに。どうなっとるんじゃ、こやつらは。


「よーし! 両者、位置につけ!」


 学園長に言われて、わしと王子エダクス運動場の中心で向かい合う。両者とも、手には魔法による検証を済ませた決闘用の木剣。


「このあたしが立会人だからな。殺さなければ、なにをしてもいいぞ。武器でも魔法でも暗器でも、どんな汚い手を使っても構わん」

「卑しい冒険者ならいざ知らず、王族であるわたしが、正道以外を選ぶとでも思うのですか、学園長殿?」


 安っぽい侮蔑を剥き出しにした王子の言葉に、マニュス女史は怒る様子もなく鼻で笑う。


「だからアンタは、第二ひかえ止まりなんだよ」

「なんだとッ!」


 自分から挑発しておいて反論にはムキになる王子。学園長は相手にせず、振り上げた腕を払う。


「はじめッ!」


 間に立った学園長の身体越しに、矢のようなものが放たれる。魔法による目眩しのつもりか。躱すほどでもないと木剣で払うと、矢は崩れて青白い魔力光が霧散した。


「ちッ!」


 悔しそうに睨みつけてくるエダクス。その後は様子見のつもりか、剣を構えて距離を取る。ゆっくり左回りしとるが、教わったことを考えなしに実行しとるだけじゃの。

 敵の利き手側に回り込むためであろうに、わしは両利きじゃ。

 こちらから踏み込んで木剣を一閃。王子の反応が半拍遅れて、危うく初撃で仕留めるところじゃ。

 我が好敵手を愚弄した報いを受けさせる。楽に倒れさせはせんぞ。


「……とはいえ、これは困ったのう」

“ね〜?”


 決闘が開始されてすぐ、わしはアリウスの悪評がどういう理由からかを悟った。

 “魔力欠乏症まぬけ”はミセリアたち母娘に陥れられた結果だとして、“能無し”の方は実力を出せんかったからじゃな。


「厄介な身体じゃ」

“適性も、魔力も、力も、あるのにね〜?”


「それはそうじゃ。並みの女子おなごが魔王の器になぞなってみい、膨大な魔力を収めきれずに身体が粉微塵に吹き飛ぶわい」


 アリウスの場合、潜在能力は異常なほど高いんじゃ。

 魔力量は魔界の基準でも上位に入るほどだし、魔力循環の基礎もできておる。術式の展開も早く正確で引き出しも多い。どうやら魔導師としての鍛錬も相当に積んでおったようじゃの。

 問題はその能力が高すぎること、そして適性が闇黒色ニグレドに偏りすぎておることじゃ。


 魔色コロルとも呼ばれる魔法特性には、攻撃向きの火紅色ルフス、反撃向きの水青色カエルラ、防衛向きの土茶色フルヴスと、移動向きの風緑色ウィリディスが広く知られておる。


 それとは別に、貴色ノビリスとも呼ばれる聖白色アルブス闇黒色ニグレドがある。


 人間界ではあまり例がなく、人間の浅はかな知識によれば、聖白色魔法の頂点が天使。闇黒色魔法の頂点は悪魔だそうな。

 そんなわけはなかろう。前者は単にすべてを生かす力、後者はすべてを殺す力じゃ。馬鹿げた駄法螺にも程があるというもんじゃがの。


「どうした、無能! あれだけ偉そうに愚弄しておきながら! わたしの魔法の前に手も足も出ないか!」

「ふむ」


 問題があるとすれば、あまりに簡単に殺し過ぎるという点じゃの。心優しき変人だったらしいアリウスは、周囲を傷つけまいと自ら力を封じておったのではないかのう。


「おりゃああぁッ!」


 考えなしに突っ込んできたエダクスをかわしながら、大振りの平手打ちを食らわす。

 ここで殺すのも厄介な結果にしかなるまい。闇黒色魔法は身に纏わせず、魔力による身体強化もなしじゃ。

 その代わり、足を踏み込み膝を固め、腰から肩まで体重をかけて思い切り振り抜く。


「ぐきょッ?」


 なにやら奇妙な声を出して吹き飛んだ王子は、地べたを転がりながら跳ね回って、崩れ落ちた。


「手は出るぞ? 次は足じゃ」

「ひきょッ」


 立会人の陰から魔法を放っておきながら、殴る蹴るだけの攻撃が卑怯などという道理があるか。

 ブンッ、と空を切る音がして、膝立ちだった王子の頭を掠める。むろん、首を刈り取る軌道も可能ではあったがの。“次は当てる”という威しじゃ。


「地に伏せて無礼を詫びれば、許してやらんこともないぞ?」

「断る!」


 わしの提案を、案の定エダクスは一蹴しよった。


「無能には無能の生き方がある! それを思い知らせてやるのが、婚約者としての役目だ!」

「それは、わしも同感じゃな」


「「「処せサンクティオ! 処せサンクティオ! 処せサンクティオ!」」」


 観客の声に応えようとでも思うたか。エダクスは立ち上がりながら詠唱を始める。

 わしの目には組まれてゆく術式まで見えておるものの、それは驚くほどに歪で、粗く、醜く、脆く、遅い。


 ゆっくり歩み寄るわしを見て意識が逸れ、詠唱が途絶えて術式が崩壊する。その程度の対処は初歩の初歩じゃろうに。精神的負荷を前提とせんで、こやつはどこで魔法を使う気なんじゃ。


「ま」

「待てというのか? 敵や魔物に? 言うのは勝手じゃがの。待ってくれると、本気で思うておるのか?」

「がああああぁッ!」


 なんと。こやつ、怒りの表情で殴りかかってきよった。

 いや、決闘なんじゃから、どういう攻撃じゃろうとかまわん。魔力による身体強化をかけ、速度と打撃力を底上げしとるようだがのう。元の体力が低すぎ、練り込みが甘いので無意味じゃ。ただの魔力の無駄遣いじゃの。

 己が能力の向き不向きや得意不得意、使いどころくらいは考えんのか。


 鈍い動きで振り回された拳を、わしは木剣の柄で受け止める。つかみかかろうと伸ばされた手も。蹴り上げられた足先もじゃ。

 哀れなもんじゃ。もはや決闘のていを成しておらんのう。わしに一撃も与えられぬまま、王子の魔力はすでに切れかけておる。


「どうした! かかってこい!」

「この期に及んで、その言葉が出てくるとは。呆れを通り越して、あっぱれじゃな」


 わしのその言葉さえ聞こえていたかどうか。王子は魔力を使い果たして、そのまま昏倒してしもうた。

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