46 海賊王出現

〇第一圏_筐艦


 神秘的でありながら無機質極まりない特異な質感を放つTD2Pの空飛ぶ箱舟、筐艦。

 端から端までの距離はなんと実に6キロメートルに及び、直方体という構造の性質上から一面が36キロメートルと小さな町ならそのまま内包できそうな規模感を持って宙に聳えている。

 準ボイジャー:ゴフェル号ことバレンティアナ・ベネットが生み出した筐艦には、同じ部隊に属する複数名の準ボイジャーによる接続による構造的強化が齎されている。部隊の隊長であるガブナー雨宮が可能とする空間的な夢想世界における耐性の付与に始まり、ロシア系準ボイジャーのゴーロト号による筐艦内部の複数階層に及ぶ同心円状の施設機能及び即時移動手段の構築。中国系準ボイジャーのトーイェン号による精神治療や慰安機能を持った休養地の設置まで、およそ戦争の橋頭保として用いるには親切が過ぎるような極めて効果的で機能的な軍事要塞へと、掌サイズから始まった筐艦は見事な変貌を遂げたのだった。


 同心円状の都市は五つの階層を成しているが、その全てに大討伐軍の人員がぎゅうぎゅう詰めになっているかといえばそうではなく、クリルタイが構想した機能的な軍事的な移動手段や駐屯地点を設けることで戦力の分散と集中をコントロールしている。

 大討伐に差し当たって最上位意思決定機関としての役割を持つクリルタイにしても、現実世界と同等の指揮系統をそのまま筐艦内部に移管することで、敵陣のど真ん中とも言えるニーズランド第一圏域内での活動を可能としている。

 クリルタイ機能が備わっているのは直方体の最も天面に近い第五階層であり、その中央部には獏による複雑な保護プログラムによって迷宮と化している最高指令室が存在する。そこでは筐艦の内外から観測されたニーズランドに関する環境測定値や映像が常に複数の仮想的な巨大モニターに投射されており、そういった現実世界さながらの司令塔としての役割を完遂できるのも、クリルタイメンバーでもある東郷有正中将の類稀なる情報機器理解と想像力イメージセンスの賜物だった。


〇筐艦第五層_指令室


[夢想世界に占める冠域出力及び支配権限の推移を観測。以降、ニーズランド第一圏域の最重要討伐対象として、カテゴリー4:対象識別名"海賊王"を設定します。計測された深度は800~3400を断続的に変調]


「獏の海賊王による木造帆船の総量抽出作業を停止させろ。深度の変化の観測も現状より70%カットして問題ない」

 ニーズランド大討伐を最も大きな部分で指揮していると言っても過言ではない、大討伐そのものの発起人であるTD2P本部の鬼才、戦略塔軍部中将の東郷有正が厳かに言葉を放つ。


「…よろしいのですか?」

 クリルタイに移管されたTD2P本部管理塔情報部の國繁くにしげ分析官が眉を顰めた。

「ああ。海賊王は良くも悪くも攻め手がワンパターンの物量ゲーム。ここが奴の冠域である以上、出現する無限の帆船の数を把握する必要性はない。主砲、副砲を含めた斉射は御多聞に漏れず驚異的な火力指数を持つが、数時間単位で砲撃を浴び続けなければ筐艦の耐用値にそれほどまで深刻なダメージはない」


「しかし、閣下。大討伐においてはやはり逃れられない総力戦である上で、さらに情報戦でもあります。ニーズランド特有の性質が戦況に関与する可能性は多分に考えられますので、そういった面からも観測できる情報は逐一その全てを掻き集めるスタンスで行動するのも懸命かと」


「必要なデータは筐艦側の損傷率から十分に割り出せる。要はこれから吹き飛ばす敵駒を獏に数えさせるのは利口ではなかろう?」

「ええ。まぁ。それはそうですが」


 そこで東郷はモニターを顎でしゃくった。


「さて、攻撃が始まったようだぞ」


〇筐艦_外部天面


 如何に夢想世界における各種耐性が優秀だからといってその何百何千という砲門から放たれる脳を揺さぶるような轟音に晒されては、流石のガブナー雨宮といえどもそこに立つだけで体力がゴリゴリと削られていくような心地だった。

 時速約20キロメートルほどの速度で第一圏を移動する筐艦の端に立つ彼は、体を激しく打ち付ける強風と振動の中、眼下で繰り広げられる常軌を逸した大砲撃の応酬に一瞥をくれた。無礼なほどに火薬が縦横無尽に吹き荒れ、砂嵐のように砲弾が筐艦に向けて飛び掛かってくる。その殆どが高度不足や砲弾同士の衝突によって筐艦までは届いていないが、それでもやはり下手な鉄砲も数打てば当たるというように、全体の一割程度の砲弾は着実に筐艦へと達している。

 筐艦の外壁は何層にも及ぶガブナー雨宮による防御壁が張り巡らされているため、直ちに筐艦内部に攻撃の手が及ぶことはないが、それでも秒間に何十万発も放たれている砲撃の光景を見ては、自身に溢れた彼も心のどこかで射竦められるような感覚に陥った。


「ありゃ~。すげぇですねぇ。なんか昔の戦争の映像見てるみたいですよ」

 あっけらかんとした態度をとっているのは同じく準ボイジャーにして、筐艦の創造主であるバレンティアナだった。


「おいおい。君がやられたらせっかくの筐艦がパーだろう。もう十分に仕事はしたんだから、一番安全なところでのんびり戦場を眺めてな」

「まったまた~。せっかくこんな馬鹿みたいな戦争のど真ん中にいるんだから、この目で見ないでどうするんですか。それを言ったら隊長だってやられたら全部の防御壁がぶちぬかれちゃうんだからさ、黙って引き篭もってるのが正解なんじゃないんですか?」


「まぁ、大局を見るってのは大事なことだと思ってね。……君が言うように、この戦いは本当に馬鹿みたいだ。キンコルさんが全てを成し遂げてさえいれば、ニーズランドなんてものは存在し得なかった。どいつもこいつも、人間にとっての本当の幸福ってものから目を背けて、馬鹿みたいに夢を追いかけては勝手に傷ついてる」

「なんか、深い話してます?」

「いいや。単純だよ。キンコルさんを殺したクラウンを許せない。どうしたってこの手でぶっ殺したい。あらゆる手段でとことん苦しみを味合わせて、糞水啜らせて、臓物かき混ぜて、脳天叩き割る。この世に生まれてきたことを後悔するくらい、人権のじの字も感じさせない最高のエンターテイメントとして葬りさってやるのさ。…こんなどうしようもない殺意抱えててさ、どうやって安全地帯でのんびり待ってられるって言うのさ?」

「あら~。隊長ってアロハシャツ来てる人種の中で飛びぬけてネチっこい性格してますよね」


 そこで比較的彼らから近い位置の筐艦の外壁に砲撃が着弾した。

 足元が大きく揺れ、ガブナーの仁王立ちが崩れる。


「なんにせよ、6つもある圏域からしてみれば第一圏なんてオリエンテーションみたいなもんだ。海賊王はAD2Pにとっての眼の上のタンコブだし、ここで仕留めることでTD2Pの地位は向上するだろうねぇ」

「ほんっと、さっきまではこの先の世界がどうのこうの言ってたくせに、隊長ってTD2Pに結構従順ですよねぇ~」

「……それこそ俺にとってTD2Pは筐艦みたいなもんさ。キンコルさんのやってきたことを無駄にしたいためにも、俺は俺のやり方で組織を利用し、目の前の障害を全部ぶち破ってやる」

「わお。隊長カッコいい」


 ガブナー雨宮は遠い視線を海に向けた後、静かに振り返る。

 そして、その刹那。傍らのバレンティアナを思い切り押し倒す。


「伏せろッ‼」

「ッ‼?」


 バレンティアナの頭が在った位置に砲弾の軌跡が通る。ガブナーは手を前面に突き出すことで前面に水色のバリアを生み出し、それによって続け様に打ち出された数十発の砲撃を防いで見せた。


「…隊長。あれって」

「ああ。『十四系の扉アルルカン・ゲート』だ」


 世紀の大犯罪者である"クラウン"の持つ無二の能力。通称、|十四系の扉《アルルカン・ゲート。通常、現実世界と座標的にリンクする夢想世界をポイント的に結んで移動するには、パスと呼ばれる特定の座標情報を持つ情報を利用した特殊な潜航方法を実行する必要があり。それを行なわない場合では心象に左右されたランダムな座標か、潜航した本人が現実世界で就寝した地点が基準となって夢想世界に臨界する。

 しかし、クラウンの持つ十四系の扉という能力は、この特定座標へ潜航する際に必要なパスを無視して夢想世界を移動できる特殊な空間転移能力として知られていた。この力によって彼を追う者らは煙に巻かれるように逃げ切られたり、時には彼の生み出した扉による転移によっておよそ人の生きていける空間とは呼べない地点に送り付けられてそのまま死ぬ場合すらあると言われている。

 多くの研究者がこの十四系の扉の原理の解明に努めてきたが、その性質は謎に包まれた部分も多い。或る学者の見解では、この力は冠域と冠域を繋ぐ亜空間トンネルであり、クラウンは自身が無数に拵えた対になる扉を世界中の悪魔の僕の冠域に繋げることで、緊急時の脱出であったり、闘争戦力として悪魔の僕を召喚することが可能だということだった。



 ガブナーとバレンティアナの眼に映る巨大な扉。堅牢で重厚な印象を与えるそれは既に大きく開け放たれており、闇に染まったような扉の先の世界から溢れんばかりの大量の水が筐艦上部の空間に押し出されていた。水は勢いよく空間に堆積し、不定形な海のようなものを形造っている。

 その海に我先にと躍り出るようにして次々と扉の奥から飛び出してくる木造帆船。宙に浮かぶ海を掻き分けるその帆船の船首には重量感を感じさせるカロン砲がついており、それらは無手勝流に砲弾の雨を遠慮なくガブナーらに向けて降らせてきた。


 ガブナーの展開した障壁に亀裂が入る。

 凶悪な獣に飛び掛かられているような獰猛な衝撃が腕に伝い、彼は辛抱堪らずに再度複数のバリアを前面に展開させた。


「管制室ッ‼筐艦天面上部が襲撃されている‼」


[こちら管制室。事態は把握しています。直ちに準ボイジャー:イージス号及びゴフェル号は筐艦内部へ撤退してください]


「……ッ‼駄目だ、流石に砲撃の勢いが強すぎる。多面的にバリアを張ると俺自身の移動に制約が掛かる」

「隊長!私がキューブを出してゲートごと吹き飛ばします」


 バレンティアナは掌の中に小さな直方体を生成し、それを多面的に展開されたバリアの隙間から飛ばした。彼女の想像力によって直方体はみるみるうちに巨大化し、バリアと艦隊の合間で回転しながら砲撃を受けとめる。だが、キューブそのものにおける耐久度はそこまで高くないため、砲撃の雨の中で盾になるにはあまりに脆すぎた。数秒と持たずにキューブは瓦解し、再びバリアに攻撃が降り注ぐ。



――

――

――


「――ハァぁぁぁあ……。アホらしい」


 帆船が山のように積みあがる。海に在るべきそれらが行き場を失った玩具の山のように無造作に折り重なっていき、一つの巨大なオブジェのようになっていく。

 有象無象などとても視認できないような大きな構造物の最中において、それでも一際目を引く二つの光。悪魔の僕を象徴する青色の光を発する双眸だった。


「テメェら俺を舐めてんのか?人様の敷地にこんなキッズみてぇな四角作ってよ。そんで要塞気取るのは勝手だが、わざわざ見え透いた弱点が突っ立てるからには俺を釣るだけの策があるんだろうなァおい‼」


「海賊王……いよいよ出やがったな」

 ガブナーはさらに障壁を展開する。しかし、どれだけバリアを重ねたところでそれらは対処療法に過ぎなかった。


 海賊王はAD2P管轄区域で頻繁に抗争を繰り広げていた世界的なビックネームだが、それでいてその正体はこれまで一度として軍を相手に露出することがなかった。そのため徹底した秘匿主義から成る遠隔操作系の戦争人という印象が強く根付いており、悪魔の僕の一般的な対処方法である夢想世界での絶命を狙った討伐が不可能であることが最も問題視されてきていた。


〇筐艦_管制室


「あれが、海賊王か。見た目の頃はまだティーンのようだが……夢想解像はしていなさそうだな」

 コンスタンティン・ジュガシヴィリ中将が腕を組みながらモニターから出力される難破船のオブジェとその中央に埋もれるようにして座っている海賊王を眺める。


「うーむ。なんとも。海賊王の正体が小太りの少年だったとは……系統はスラヴ系が入っているが、発音がアメリカンですね」

 アレッシオ・カッターネオが少し面白そうに呟いた。


「言うまでもないが、奴のデータは最大限搾り取れ。王国と呼ばれるだけの冠域、少なくとも奴がこの冠域の王を張るからには、これからが本番といった具合か」


「んん。しかし閣下、本番とは言うものの。……本体が出現した手前、叢雨禍神むらさめのまがつかみの投入で早々に討伐できるのでは?」

 アレッシオ・カッターネオが東郷中将と彼の背後で呑気に横臥している豊満な巨体の神に視線を送った。

 問いかけに対して東郷は沈黙を保っていたが、澐仙は手元に青いリンゴを一つ出現させてそれを咀嚼しながら彼に声を投げかけた。


「別にあの子供の捻り潰すくらいは十秒も必要ありませんが、よろしいのですか?私がアレを殺そうとする場合、あの準ボイジャーの二人を巻き込まずに戦えるほど器用じゃありませんよ」

「あぁ…なるほど。しかしそれでいくと困りましたね。軽率な準ボイジャー二名の所為で我々は全滅の危機に瀕していると上に、海賊王を始末しようにも我らの最高戦力を投じることも出来ないと来ました。…騎士団が動きましょうか?」


「いいや。新生テンプル騎士団をここで投じるには時期尚早だ。一応、纐纈にVeakの出動準備をさせろ」


「一応、とは?Veakで対処するのではないので?」


「"アーカマクナ"を出す。獏への電力供給を300%アップさせろ」

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