第二章⑦ 社会人になるとMPの概念が身を持って理解できる

「剣が伝説の勇者で、真帆たんが魔法使いね。ボクは吸血種のアイリーン。よろしくね」

 絶叫してから数十秒がたち落ち着きを取り戻した俺に、すでに彼女と敵対する気なんて残っておらず、アイリーンの言うことを信じて話し合いを行うことにした。

 三人ともがいろんな醜態を見せてしまったためか、少しぎこちない自己紹介が行われたが、そのあとは滞りなく話が進んでいった。真帆は真帆たんと呼ばれたことに少々面食らっていたが。

「しかし、カインか」

 アイリーンは少しだけ真剣な顔で、俺たちが昨日倒した吸血種の名前を呟いた。

「知り合いなのか?」

「いいや。でも認知はしてる」

 それを聞いて俺は少しだけ罪悪感を覚えた。

 カインはどうしようもないクズで人間にとっては害悪以外の何物でもなかったけれど、アイリーンにとっては同族の仲間で。

 それを手にかけたと思うと少しだけ胸が苦しくなった。

 しかし、そんな俺の思いを感じ取ったのか、アイリーンが笑って言った。

「安心しなよ。ボクとカインは仲間でも何でもない。なんなら同族かどうかも怪しいくらいなんだぜ」

「同族かどうかも怪しい? でもアイリーンもカインも吸血種なんだろ?」

「そうだな、それを説明するためには少し世界の構造について話さなきゃいけない」

 彼女は真面目な顔をして話を続ける。

 次に続く、はとても突飛で、にわかには信じがたい話だった。

「キミは、ボクたちが住んでいるこの地球以外の世界の存在について、聞いたことがあるかい?」

「……?」

 言われた言葉を理解するのに少し時間がかかった。

 地球以外の世界?

「えっと、それは惑星の話か? 火星とか金星はもちろん知っているけど」

「あー、そうじゃない。太陽系やこの銀河とは全然別の場所に位置する、についてだよ」

「別の次元にある世界?」

 俺は馬鹿みたいに聞こえた言葉を繰り返すことしかできなかった。

「そう。そうだな、もう少しかみ砕くと、並行世界だとか異世界って言葉になるのかもしれない?」

 異世界、その言葉はすごく耳馴染みがあった。

 映画や漫画の世界によく出てくる、ここではない世界。

 俺たちの今住んでいる世界とは根本から異なる世界。

 ……つまり、

 アイリーンは言葉を続けていく。

「異世界とボクたちが今いるこの世界は、文字通り全く別のところにあるから、普通に生きていて意識することはまずない。でも確かに存在するんだ。ちなみにボクが知っている範囲で、五つの世界が観測されている」

 ついていけなくなった俺は真帆の方を見る。しかし真帆も戸惑ったような顔をしていた。この話は初耳のようだ。

「で、その異世界があるとして、それがなんなんだ?」

「さっき言った通り、世界と世界は基本的に干渉しないんだけど、本当に時々、偶然繋がってしまうことがあるんだ。世界のバグみたいなものさ」

「……」

のがボクの数十世代前の先祖。ボクの先祖は元の世界に帰れなくなっちゃったから、この世界で生きていくことに決めたんだ。そして時が流れてボクが誕生した。これがいま、現代社会の闇に住まう吸血種のルーツなんだ」

「つまり、吸血種はこの地球由来の生物ではないってことか?」

「そうなるね」

 それを聞いて俺は吸血種については軽く理解することができた。確かに、吸血種の存在は、なんというか人間とは根本から在りようが違う。

 ついでにそんな異世界が五つ観測されていることについても飲み込めた。

 しかしそれでもなおアイリーンの言いたいことが理解できなかった。

「それで、結局お前は何が言いたいんだ?」

「そうだねぇ。ここまで言えば真帆たん、何かピンとくることがあるんじゃない?」

 突然名指しされた真帆は面食らいながら答える。

「え、わたし?」

「キミ以外に真帆たんがいるのかい?」

「でもわたしそんな世界の構造については全然知らなかったし……」

「いいや、キミは疑問を覚えたことがあるはずだよ。その疑問と、世界の構造の情報を組み合わせればボクの言いたいことがわかるんじゃないかな?」

 もったいぶるアイリーンの問いかけに真帆は少し考えこみ、そして手を叩いた。

「あ!」

「どうしたんだ?」

「剣くんにも軽く説明したと思うんだけど、いまの吸血種ってはずなんだ。百年前の魔法使いがそんな風に楔を打ち込んだから」

 確かにそんなことを言っていた気がする。

「そうそう。そのせいでボク、人間から直接血液を摂取したことないんだぜ」

 それは吸血種と言えるのか?

「それなのに、昨晩のカインは当然のように人を襲っていた。わたしはてっきり楔が解けてしまったのかと思ったんだけど……」

 ここまで言われてしまえば俺にもアイリーンの言いたいことが理解できた。

 ①世界と世界は時々繋がること。

 ②この世界の吸血種は人を襲えないこと。

 ③そして、アイリーンとカインは仲間ですらないという発言。

「つまり、カインは外の世界から来たってことなんだな?」

 あいつは文字通り、異世界転移者だったんだ。

「ご名答。だからボクはカインが死んでも何も思わないし、むしろ迷惑しているんだよね」

「迷惑?」

「真帆たんみたいなこの世界の秩序を守っている人たちに、吸血種の楔が解けたって思われたらまたボクたちが虐げられるんだろ? こちとら人間を襲ったことなんて一度もないのにさ。普段はトマトジュースばっかり飲んでいるし、人間の血だって年に一回輸血用の血を頂いているだけさ。そんな善良なボクたちがのせいで滅ぼされるのなんていい迷惑もいいところだろ」

 アイリーンは少しだけ悲しそうに笑った。

「ま、人間の血液を摂取しないお陰で吸血種なのに昼間も出歩けるし、鑑にも映るわ川も渡れるんだけどね。ニンニクは苦手」

「吸血種の弱点って人間の血液由来だったのかよ」

 俺は意外な事実に驚いた。

「さて、ボクとカインのルーツを理解してもらったところで、ここからが本題」

 アイリーンが改まって口を開いた。

「ボクはこの世界で生まれ育った。それなのに吸血種カインの名前を知っている。まずはその理由を教えるね」

 その矛盾点はアイリーンが自身で指摘するまで全く気が付かなかった。

 よくよく考えてみれば確かに矛盾している。彼女は日本で生まれて日本で育ったので一度もカインとは出会っていないはずだ。それなのにどうしてカインのことを知っているんだろう?

「カインっていうのはさ、吸血種のの名前なんだ」

「王の家系?」

「吸血種の世界は絶対王政だ。そして王族は王族である証として、最後が必ず -in で終わる名前を付けられる。これが吸血種のルールで、逆に平民はその名前を付けられないんだ」

 ほー、なかなか形式ばった命名方式だった。

 そこで俺は一つの疑問に当たる。

「アイリーンっていうのは大丈夫なのか? それとも実は王族なのか?」

「アイリーンは Irene って書くんだよ馬鹿」

 俺はすごすごと引き下がった。ローマ字読みが引き起こす悲劇だった。

「そんなわけでカインはきっと王族だ。ここまで言えばなんとなく状況を察するかな。わかるかい? 

「……」

 俺はアイリーンの続く言葉を聞いて戦慄した。きっと真帆も同じ気持ちだっただろう。


「たぶん、復讐しに来るぜ」

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