第二章① 社会人になるとMPの概念が身を持って理解できる
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「へえー、なかなかいい部屋じゃない」
六畳の1K、風呂トイレ別、大学まで五分。駅までは二十分くらいかかるけれどバス停とコンビニが目の前にある。
それが、俺が選んだ四年間の住処だった。
大学から近いし男どものたまり場になったら嫌だなぁ~みたいな話を父親としていたのが懐かしい。
「男と馬鹿やる四年間も楽しいだろうが、せっかくなら女とも遊べ。大学は学問と人間関係を学ぶ場所だからな、色んなやつと関わるのがいいぞ。あー、でも、避妊だけはしっかりしろよ」と冗談交じりに言っていた父親に胸を張って伝えたい。
入学二日目にして、この部屋に女の子が二人も上がり込んでいると!
「……うち一人は魔法使いだし、もう一人にいたっては聖剣なんだけどな」
「ツルギ、なんか言った?」
「なにも」
二人とも見た目はすごくいいのが逆にイラっと来る。
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そんなわけであの後。
吸血種のカインを俺の必殺技『ガールズバー』で葬り去った後の話。
三十分ほどで真帆が歩ける程度まで回復したので、俺たちはひとまず退散することにした。『ガールズバー』は高密度の聖エネルギーを射出する技だったが、近隣の建物や道路を破壊しつくす、などと言ったことはなかった。
どうやら勇者の心と聖エネルギーは密接な関係にあるらしく、カインを倒すという強い意志で放った攻撃だったため、カインだけを消し去り、あまり周りに迷惑をかけずに済んだようだった。
なんという便利技。
あとはまあ、一本道で戦っていたというのが大きい。
一本道をまっすぐ向かってくるカインに向かって打ったので、被害が少なく済んだともいえる。
俺がある種の達成感と脱力感に包まれながら手をぐーぱーさせていると、真帆が懐から小さい懐中電灯のようなものを取り出して、今なお気を失っている女性の前でカチリと点灯させた。
「それはなんだ?」
軽く予想はできていたものの、俺は聞いた。
「これはね、魔具と呼ばれる類いの道具で、ボタンを押すだけで設定された術式が展開される便利グッズなんだ」
「いや、そういう根本的なことを聞いているわけじゃないんだ。さすがに懐中電灯ではないことは重々わかっている。その、設定された術式はなんなんだ?」
「あー、記憶改竄。対象が受けた魔力に関するすべての記憶を消して、空いた部分の辻褄を合わせる術式だよ」
予想通り、やっぱり記憶操作だった。
宇宙人を見てしまった一般人にやるやつじゃん。
「魔法はあくまで精霊の力を借りるだけだから、人間の記憶操作なんて複雑な術式は組めないんだよね。でも職業上、記憶操作をしなければならないタイミングは多いから、知り合いの魔術師に頼んで作ってもらったんだ」
なるほどなあ。
この数時間でそういう世界に対応しつつある俺は、すんなりとその設定を受け入れた。
今更ツッコんでも仕方ないしね。
「ねーねー、あたし疲れたからはやく帰りたいわ」
と、背中に背負った聖がわがままを言い始める。どう考えてもこの女を背負い続けている俺のほうが疲れているんだが。
しかし帰るってことはまたあの山を登って洞窟に行かなきゃいけないのか?
それはちょっと怠いな、置いていくか。
「だああ、待って。やだ、置いていかないで!」
背中に背負ったままの聖がじたばたと暴れる。
今更ながら俺はそこに違和感を覚えた。
洞窟の中は拠点だから動けるけど、外では自立できないから俺が背負って運んでいたはずだ。
……こいつ、暴れられるってことはもはや背負う必要なくない?
「いや背負う必要はあるのよ。あたしはあんたの聖エネルギーよって動いているから、あんたに密着して直接供給された状態じゃないと動けないんだ」
ああ、なるほど、なんとなく納得した。
「いや、でも、背負わないと動けないから背負っているのに背負ったら暴れられるの、理不尽が過ぎないか?」
というかそもそも、こいつさっきからちょくちょく俺の心の声と会話してないか?
なんで俺の心の声が聞こえているんだよ。
「そんなもん、契約したことであんたと
「健全な男子大学生にとって最悪の契約!」
もはや契悪と言って差し支えない。
「つーかそれだったらどうして聖の思考は俺に流れ込んでこないんだ? 一方的なのは理不尽だろ」
「あたしは道具だから、思考なんてないの」
「出たな、都合のいいときだけ道具設定!」
そういうと真帆がちらりとこちらを見ながらつぶやいた。
「剣くん、女の子のこと道具とか思っちゃうタイプなんだ……」
「断じて違う!」
そう叫ぶと聖が気を取り直したような口調で口を開いた。
「話を戻すけど、あたし、あの洞窟に帰りたいって言ったわけじゃないわ」
「じゃあどこに帰りたいっていうんだよ」
「あんたんちに決まってんじゃん」
「は?」
「あたしはあんたと契約したんだから、もう洞窟で勇者を待つ必要がないわけ。となると次に拠点にするべきはあんたんちしかないでしょ?」
「は?」
聖の言っていることは理解できたが、直感がこの提案を受け入れてはいけないと告げていた。
聖は俺と触れ合っていないと全く動くことができず、直立不動状態になる。
つまり、俺の部屋は四年間ずっと隅に女の子が立っている部屋になるのだ。
何その事故物件。
しかも聖は物件じゃなくて俺に憑いているんだから、引っ越ししたところで無駄だろう。
何その事故人間。
下手なホラー映画よりもたち悪いぞ。
顔を青くさせる俺に向かって聖が優しく口を開いた。
「大丈夫だって。ずっと隅に立っている不気味な置物にはなんないわ。あんたの家を拠点にするってことは、あんたの家に魔術結界を張るってことだから」
「……わかりやすく言うとどういうことだ?」
「あんたの家を、洞窟と全く同じ仕組みにする。見た通り、拠点内だったらあたしは霊体化し放題だし、魔術を使い放題ってわけ」
俺は洞窟内部での聖のやりたい放題度合を思い出す。
確かに、好きに霊体化していたし、声に指向性を持たせたり、結界を張ったりしていた。
なるほど、それなら俺の部屋の隅にぬいぐるみよろしく常に直立不動の聖が置かれている状態にはならないということか。
ならいい。
いや、よくないが?
「霊体化しているってことは、見えないだけで常にそこに居るってことだよな?」
「そうよ」
聖が元気よく言った。元気よく言ったら許されるものではない。
「しかも俺の心の声は常に丸聞こえなんだよな?」
「もちろん」
聖が胸を張って言った。胸を張れば許されるものではない。
せめて揉ませろ。
そう思った瞬間聖が顔を赤らめる。
「いや、あたしは道具だけどそういう道具じゃないっていうか……」
ほらぁ!
男子大学生の心の声が常に聞こえてみろ? こうなるに決まってるじゃないか。
「身に染みてわかっただろ、俺の部屋を拠点にすることがどれだけハイリスクか」
「でも……」
言い淀む聖。見かねた真帆が口を開いた。
「ねえ剣くん。確かに大学生の男の子は秘密が多いってネットにも書いていたから嫌なのはわかるよ」
「真帆はいったいどんなネットサーフィンの仕方しているんだ?」
「でも、魔法使いの末裔として一つだけ忠告させてほしい。君はもうこちら側に足を踏み入れちゃったんだ。だから、これからどんな危険な目に合うかわからないの」
真剣な表情でこちらを見つめる真帆に感化され、俺も真面目に話を聞くことにした。
いや、ふざけていたわけではないんだよ。本当に。
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