第一章③ たとえ弱くても勇者を主力パーティーから外す人とは友達になれない

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 真帆の前に朝田剣が現れる数分前の洞窟にて。


「聖、お前の魔法で真帆の場所を特定できないのか?」

 聖に冷たく「で、あんた行き先分かってるの?」と宥められた俺は、藁にも縋る思いで魔法に頼る。確か聖は洞窟内に記憶消去の結界を張ったりしていたはずだ。それができるのなら真帆の探索だってできそうなものだ。俺は期待を込めて聖を見た。

「バンバン魔法が飛び交っているし、居場所の特定自体はできるわよ、念のため訂正しておくとあたしが使うのは魔術だけどね」

「その違いってそんな大事か?」

「そうね、例えばスポーツ推薦のある大学を想像してみて」

 まさか聖剣にスポーツ推薦なんて言う知識があるとは思っても見なかったけれどいったん無視して俺は頷く。

「あんたは勉強して入り、スポーツ推薦の友人ができた。とても気が合ったけどやっぱり学力の差は否めない」

「まあ、想像はできた」

「そんな中、近所のおばちゃんが『あら、二人ともあそこの大学? 頭がいいのねえ』って言ってきたらどう思う?」

 なんかもやもやした。

 俺は頭がいいかもしれないがこいつはスポーツ推薦だ。

「もやもやしたよね。別にどっちが優れているかとかはどうでもいいんだけど、区別はしたいわけ」

「理解したよ。で、魔術と魔法はどう違うんだ?」

「魔術は自分に流れる魔力を使い、魔法は大気中に漂う魔力を使うって感じ。魔術のほうが自由度が高くて、魔法のほうが力が強い」

 その説明で大体理解ができた。

 今更魔力の存在については疑えないさ、目の前で瞬間移動されちゃったし。

「じゃあその魔術を使って真帆の居場所を特定してくれよ」

「できるんだけど、あたしってこの洞窟内でしか自由に魔力を使えないからさ」

「あー、もしそこにたどり着くまでに真帆が移動していたら、場所がわからなくなるっていうことか」

「その通り!」

 元気よく言うことではない。

 まいったな、真帆の居場所がわからないのに飛び出すわけにもいかない。

 しかしいつまでもここで立ち止まっているわけにもいかない。

 俺は人差し指で頭をトントンと叩く。

 これは考えるときの俺の癖のようなもので、特に意味のないルーティーンだ。

 別にいいアイデアがひらめきやすいとかもない。

「俺に魔術は使えないのか?」

「無理ね。魔術って言うのは生まれついた才能が必要になってくる。あんたは勇者に選ばれたけど、魔術師に選ばれたわけじゃない」

「そうか……」

 そう便利な話はないよな。

 そう思ったが聖が少し考えこむようなしぐさを見せた。

「どうしたんだ?」

「あー、うん。一つだけ方法があることを思い出した」

 十秒ほど無言の時間を経て、聖が重々しく口を開いた。

「本当か!」

「でも、かなり覚悟がいる方法だし、正直あんまりおすすめはしない」

 まだほんの少しの付き合いだが、聖が躊躇うなんて意外だったので俺は唾を飲み込んだ。

「どんな方法なんだ?」

「……あたしと」

「聖と?」

「あたしと合体すること」

「……」

「……」

「…………」

「…………」

 ががががが、合体? 合体って何? 女の子と合体するの? ついさっき会ったばっかりの子と?

 そんなのできないよぉ~~~。

「リアクションはこんなもんで満足か?」

「は? 何の話?」

「いや、こっちの話。合体ってのは具体的に何をするんだ」

 剣と魔法の世界に足を踏み入れた俺は、めったなことでは動じないさ。

「合体自体は簡単。あんたがあたしを背負って、あたしが霊体化するだけ。そうすれば合体完了だよ」

 なんだ、簡単じゃないか。

「その状態なら、あたしを媒介にしてあんた自身が魔術を使うことができる」

「俺自身が使えるようになるのか?」

 何ならちょっと興奮する話じゃないか!

 でもちょっと待て、俺は心配になった。

「俺魔術の使い方とかわからないぞ?」

「あー、それは大丈夫なんだ」

 すごく歯切れが悪くなる聖。

「どうしたんだよ、この方法に何か問題があるのか? 最善の方法に思えるが」

「いや、最善ではあるんだよ。きっと。でもね、合体中は肉体だけじゃなくて精神も合体するのよね」

 呆然とする俺に対して聖は一拍置いて。

「つまり、

「なんだよそれ!?」

 剣と魔法の世界に足を踏み入れた俺はあっさりと動じた。


 でもまあ方法がそれしかないならやるしかないか。

「いい? 魔術を使って魔法使いの娘を見つける。そしたら飛行魔術で一直線に飛ぶ。彼女の姿を視認したら合体を解くのよ!」

「わかったぜ」

 合体だとか精神が融合することの意味が全く分かっていないから、「わかったぜ」も何もないのだが、ここはそういうしかなかったので俺は素直にうなずいた。

 聖を背負って洞窟の外に出る。

「じゃ、行くわよ」

 聖が小さくそう言うと、背中に暖かい感触が広がっていった。

 その熱源がじんわりと背中全体に伸びていく。

 背中からわき腹、腹、手足へと。

 意識がだんだんと溶けていく。

 溶けて混ざってふわふわと。

 ふわふわ。


 ―――――――――真っ白。


 そしての意識がクリアになった。

「行くか」

 人差し指と中指を立てて前に突き出す。探索魔術を使用して真帆の居場所を探る。

 と、魔術を使用した瞬間に意識が不愉快になるくらいの強い魔力を感じた。 

「チッ、市内でそんなぽんぽん魔法を打ち合うなっつーの」

 こんなにデカい魔力なら探索魔術を使うまでもねーかな。

 は魔術を打ち切って空中へ地面を蹴り上げる。

 市内全域を見渡せる高さにまで飛び上がったから、あとは一直線に真帆の元へ向かうだけだ。

 あまりにも容易い。

 空から真帆の居場所を視認して、空中に魔術で壁を張る。それを蹴ることで推進力を得て真帆の元へ向かう。

 なんだ、真帆のやつ結構ボロボロじゃねえか。

 弱い癖に飛び出していくからだ。を置いていかなければそんな目には合わなかったのによ。

 は加速の魔術を駆使して音速の速さで真帆の頭上までたどり着いた。

 地面に倒れ伏して回復魔法をかけている真帆に向かって歩みを進める男を見る。

 は二人の会話に少しだけ耳を澄ませた。

「ははッ、楽しかったぜ、女ァ!」

 口の悪いやつだ。

 ん? 女?

 は、女という単語に引っ掛かった。

 そういえばって女だった気がする。

 あ? そんなはずあるか?

 少しだけ過去のことを振り返った。

 そして自分がもとは二人だったことを思い出す。

「あぁ……そういえばそうだったな。合体したんだった。仕方ねえ、戻るか」

 は目を閉じて。


 すん、と思考がクリアになった。

 背中にぬくもりを感じる。

 見下ろした先には浅い呼吸を繰り返す真帆がお腹を抑えている。

 うわ、今のが合体か、マジで俺が俺じゃなかったみたいだ。

 つーか一人称俺様、じゃなかった? さすがにやばくない?

 でも気の強い聖が混じるとそうなるのか……なるのか?

 とか考えていると真帆が弱弱しく言葉を吐いた。

「ねえ、君。女性に……向かって、女ァって呼ぶのは、よくないよ……。ネットに書いてた」

 思わず苦笑する。

 俺は聖を背負いなおして。

「そうかそうか、じゃあな、女ァ!」


「いや、むしろネットの人間こそ女ァって呼んでそうだけど!」


 大きい声でツッコミを入れた。

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