第一章① たとえ弱くても勇者を主力パーティーから外す人とは友達になれない

 抜けた。

 俺は拍子抜けするくらいあっさりと聖剣(女)を抜くことができた。

「あたしを引き抜くことができた! それはすなわちあんたが伝説の勇者である証よ!」

 と自称聖剣の女の子が騒ぐ。

 地面から引き抜かれた姿は、本当にただの女の子にしか見えなかった。

 ピンク色を基調とするフリフリのゴシック系ワンピースに身を包んだツインテールの少女。

 どうして今の今まで土に埋まっていたのに、服に汚れひとつついていないのか理解不能だったけど、それを言うならそもそもこの状況自体が理解不能だ。

 なんだ伝説の勇者って。

 なんだ聖剣って。

 せめて剣を引き抜かせてくれよ。

 俺は同行者の真帆に助けを求めるかのように視線をやったけれど、真帆は真帆で「なるほど。これが聖剣の本体……」とか言いながら顎に手を当てている。

 聖剣を自称する地面に埋まった女の子と、それを見て納得する女の子。

 この場になじめていないのは俺だけだった。

 うーん、俺がこの十八年間で培ってきた常識ってやつはそんなに頼りにならないものだったのか?

「信じていた幼馴染に裏切られた気分だぜ」

「勇者様、なんか言った?」

 聖剣が無邪気そうに聞いてくる。

「あー、いや、なにもないんだけど、とりあえずそのユウシャサマって言うのやめてくれないか?」

「どうして? 勇者を勇者様と呼ぶことに何の不満があるというのよ」

「まず俺が勇者であることに不満があるんだよ!」

「うーん、でも聖剣を引き抜けたわけだし……」

 常識という根本を共有していないから会話が全然かみ合わない。

「わかった。百歩譲って聖剣を引き抜いた人間が勇者である、という話は認めよう」

「そう! そしてあたしが聖剣だから、あたしを引き抜いたあんたは勇者なのよ」

「お前が聖剣であることを譲った覚えはない!」

「えー、いいじゃん百歩も譲ってくれたんだしもう一歩くらい歩み寄りなさいよ」

「その一歩はお前にとっては小さいかもしれんが人類にとっては大きな飛躍なんだよ! そもそもお前が聖剣ならこの台座に刺さっているのは何物なんだよ」

「……飾り、なのかな?」

「俺に聞くなぁあああああああ!」

 だいたい、聖剣を引き抜くという行為はもっと仰々しくあるべきだ。

 俺は引き抜いた瞬間のことを思い出す。


**


「どこを持てばいいか、ですって? そんなものインスピレーションよ! 抜けない人間はどこを持っても抜けないし、抜ける人間はどうやっても抜けるわ」

地面に埋まったツインテールの可愛い少女に抜ける抜けないの話をされても全く抜ける気がしなかった。

 このまま引き返すか? それか警察に引き渡すのが正解じゃないか?

 でも、生首が埋まっているというシチュエーションにしては緊張感がなさすぎる。

 大体警察になんて言えばいいんだ。

 脳内で警察との会話をシミュレーションしてみる。


「女の子が洞窟の地面に埋められています」「女の子に意識はありますか?」「はい……あたしが聖剣だ、と話しかけられました」「いたずらですね」

 

 あー、チェックメイトだ。

 俺はネット将棋で鍛えたシミュレーション技術をフル活用して何とか警察に状況を伝える一手を探したけれど、状況は既に詰んでいた。俺がまともな人間だと思ってもらえる道筋がねえ。

 洞窟の隅のほうで不安げな顔をしている真帆の方をちらりと見る。

「剣くんが地面に向かってなんか怒鳴ってる……この人やばい人なんじゃないかな」

 怯えている原因は俺だった。

 やはりこの子の声は俺にしか聞こえていないようだった。

 くそ! さっきまで楽しく喋ってていい感じだったのにこの自称聖剣の女のせいですべてが台無しだ。

 そもそもこの女、夕方来た時にはいなかっただろ、どこにいたんだよ!

「こうなりゃやけくそだ!」

 俺はしゃがんで左右から少女の両耳を包み込むように持った。

「ひゃん!」

「うわっ」

 持った瞬間、彼女が変な声を出す。

「ちょっとあんたねぇ! 動けない女の子に悪戯するなんて最低よ! いやらしい広告の見過ぎ!」

「どこ持ってもいいって言ったのお前だろうがああああ!」

 彼女の頭をサッカーボールに見立ててフリーキックの練習をしようか迷いながらも、俺は下あごを両側から抱えるように持って、一気に引き抜いた。

 すぽん。

 そんな擬音が聞こえてきそうな勢いであっさりと少女は地面から抜けた。

「へえ! あんたあたしを抜くとは大したものね。さっきまでの暴言は謝るわ」

 自称聖剣の少女はそう言って。

「なっ、何この膨大な魔力! ……って、剣くんその抱えている女の子はなに?」

 真帆はなんだか痛いことを言って。

「……なんだこれ」

 俺は、ただ茫然としていた。


「聖剣ってさあ、もっとキラキラって光に包まれながらゆっくりと引き抜くようなものじゃないのか」

 抜け方にあまりにも緊張感がなさすぎる。

「うるさいわね。あたしが聖剣であることはそっちの女も認めていたみたいだし? 二対一なんですけど。反論がないならあたしの勝ちだが?」

「反論があるからこうして粘っているんだわ。だいたい真帆! お前は一体なんなんだよ」

 思い返せば真帆の言動はちょくちょくおかしかった。

 とりあえず何でもかんでもネットで見たというところ。

 聖剣(剣)からは魔力を感じない、という電波的な発言。

 そして聖剣(女)を引き抜いた際の膨大な魔力という言葉。

 彼女が痛々しい電波女であるという真っ当な仮説を唱えたかったけれど、普通こんな異常な状況でも素を出さずに電波を貫けるか?

「わたしはね、剣くん」

 真帆が真剣な表情で俺のほうを見た。


「魔法使いの末裔なんだ」


 もう何を聞いても驚かないさ。

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