序章② 伝説の勇者の初期装備はもう少し強くてもいい
「じゃあご飯でも行きますか」
このサークル新入生歓迎イベントは、入会後のものではなく入会するか迷っている人たちが参加する類いのものである。
うちの大学は四月中が新入生歓迎期間で、大体ゴールデンウィークあたりに自身が所属するサークルを決めるそうだ。
俺は昨日の入学式の帰りに無理やりここのサークルの先輩に連絡先を強奪されて激しい勧誘を受けたので、全然興味はなかったけれど「一回くらい顔出してみるかあ」というテンションでここにきているという次第。
新歓中はご飯とかめっちゃ奢ってもらえるらしいしね。要するにただ飯狙いだ。
「かんぱーい」
海斗さんの号令で新入生、上級生を合わせた二十五人程度が乾杯をする。
お酒は二十歳になってからなので、俺のコップにはオレンジジュースが入っている。二次会は誰かの家に行って飲みたい人は飲む、みたいな噂を聞いた。未成年に無理やり飲ませるような団体ではないことがわかってそこは安心だ。
食事が運ばれてきて、いくつかの小グループに分かれて雑談が始まる。
新入生の中でも頭一つ抜けて可愛い真帆は案の定全員の注目の的になっていた。
「えー、真帆ちゃんはなんでこの大学にしたの?」
「えっと……学力的にちょうど良くて、あと町も住みやすいってネットに書いていたので……」
「住みやすいは本当だよ! 交通のアクセスもいいしね」
「今度案内してあげるよ!」
「あっ、はい」
いろんな角度から話しかけられて困惑している真帆はとても可哀相だった。
……どうにかできるかな。俺はどうにか助け船を出せないか考える。
でもあんまり露骨にやりすぎても、「調子に乗った新入生が可愛い女の子の前でいい格好をしようとしている」と思われるのは気が進まない。いや、間違ってはいないんだけど。
まあいいか。俺は勇気を出して声を張り上げた。
「すいませーん、そういえばここのサークルってどのくらいの頻度で活動しているんですか?」
そういうと、俺のことを入会希望の有力候補と見なした上級生全員がこっちを見た。
上級生は新入部員獲得に躍起になっているという前提を使わせてもらったのだ。
うむ。計画通り。
「朝田君は入会希望?」
「あー、まだ決めかねていて。全然ほかのサークルも回っていないですし」
「まあそうだよねー。うちはね、大体週三でテニスしているよ」
「ええ、テニスしているんですか!」
「テニサーだっつってんだろ!」
「いや、テニスサークルってあんまりテニスするイメージなくて……」
「あ! それわたしもネットでみました」
真帆が俺に同調するかのように口を挟んできたのを見て、上級生たちは目配せをした。
代表して三年生のなんとかさんが真面目な顔を作った。
「確かにそういう飲み会ばっかりしているサークルもある。うちの大学にはテニサーが十以上あるからね。でもうちは本当にテニスを真面目にす(略」
上級生たちが可愛い真帆を獲得するために、ここは健全なサークルです、というアピールをし始めたことに気が付いた俺は適当に話を合わせた。
正直この空気で四年も過ごすのは厳しい。みんないい人そうなんだけどね。
いい人と一緒にいたい人は違う。
今日はこの食事会が終わったら適当な理由をつけて帰ろう。
そんなことを考えているとあっという間に二時間ほどが経ち、店を出ることになった。
店の外は真っ暗だった。
「じゃあいったん締めましょか。ここで帰る人いる?」
海斗さんの問いかけに俺は勇気を振り絞って「すいません、今日は帰りまーす」と手を挙げた。
「ん、おっけー。じゃあまた連絡するから遊びに来てね」
そして海斗さんは俺の耳元でボソッと囁いた。
「次はいい感じのガールズバーとかも案内してあげるよ」
「俺どんなキャラだと思われています!?」
さてさて、明日はどこのサークルに行こうかなあなどと考えながら駅に向かって歩いていると、不意に後ろから「剣くん」と声をかけられた。
桜塚の地で俺の名前を知っている人間などほとんどいないはずだ。それこそ今日の新歓のメンバーくらいだろう。俺を呼ぶのは誰だ?
そう思って振り返ると、真帆が立っていた。
「……え?」
あたりを見回しても真帆以外の姿は見えない。俺をサークルの二次会へと誘いに来たわけではなさそうだった。
「どうして?」
聞くと真帆は恥ずかしそうに俯いた。
これはもしかして、もしかしてワンチャンというやつなのでは?
そう思う俺に対して、今日ろくに会話していないだろと冷静な俺が突っ込む。
当然俺は大学生になったということでそういう恋愛的なアレコレの期待もしてはいたけれど、まさか二日目にして?
「さっきはその、ありがとう」
「さっき?」
「ほら、わたしが質問攻めにされて困っていた時、わざと話題を掻っ攫ってくれたでしょう?」
「あー、そのこと。別に当然のことをしたまでだよ」
ニヒルを気取る。
「そのお礼を言いきてくれたの?」
「それもある。でも、もう一つお願いがあって」
「……」
ごくり、と生唾を飲み込む。
「ちょっとついてきてほしい場所があるんだ」
「ドコデスカ」
思わず片言になってしまう。じゃあな、ニヒル……
「あの、わたしさっき行った洞窟に忘れ物しちゃって。一人で行こうかとも思ったんだけど、駅で君の姿を見つけてさ。もしよければ一緒に洞窟まで来てくれないかな」
どうやら恋愛的なアレコレではなく、護衛としてお呼ばれしたらしかった。それはそれで光栄だね。
「確かに最近物騒だし女の子一人でこの時間に歩くのは危険だな」
「そうなの。九時以降の一人の外出はできる限り避けましょうってネットにも書いていたし」
「……」
俺は二つ返事で洞窟についていくことにしたけれど、ひとつだけ気になることがあった。
この子の情報源はネットしかないんか?
さっきまでも、二度目の洞窟へ向かう最中の他愛ない雑談の中でも、真帆は何度もネットで聞いたと繰り返していた。
でも、なんというか……確かにピラフとパエリアの違いを聞いた時に「ネットでみた」っていうのはしっくりくるんだけど、夜九時以降に出歩くのが危険という話はネットで見ないでほしい。見てもいいんだけどさ。
洞窟について、スマホの灯りで道を照らす。探していたポーチはすぐに見つかった。
俺はもう一度聖剣を眺める。
「立派だよね」
「あー、そうだな。自然にできたとは思えないくらい立派だ」
「でもこの剣からはあんまり魔力を感じないし、聖剣じゃない気もするんだよね」
「……は?」
「はっ! いや、なんでもない……です」
今この女、魔力を感じない、とか言わなかった?
「……」
俺は真帆の方をじっと見つめる。
真帆は真顔を作って負けじと俺の目を見つめ返した。
目が合う。綺麗な瞳をしている。
どちらも引かずに見つめ合う。
三十秒を過ぎたあたりから、俺はなんで夜中の洞窟で可愛い女の子と見つめ合っているんだ、という疑問が浮かんできたが、それについて考えると絶対に恥ずかしくなるので頭の中で必死にハノイの塔という解くと世界が滅亡する論理パズルを解いていた。
その沈黙の睨めっこを破ったのは、俺でも真帆でもなかった。
「いちゃいちゃするなら別の場所にいってほしいんだけどー!」
突然、頭に女の子の大きな声が響いてきた。
俺はびっくりして飛び上がる。
「はい、剣くんのまけー」
「今は勝ち負けとかどうでもいいだろ! というか今の声誰の声だよ!」
テンパった俺は大声を出しながら慌ててあたりを見回す。
「……声?」
しかし真帆は、俺がなぜ慌てているのかわからないと言った顔をする。
嘘だろ?
「今の声、聞こえなかったのか?」
「『今は勝ち負けとかどうでもいいだろ!』って声?」
「俺の物まねしなくていいから」
キョトンとした顔の真帆を見ながら、さっきの女の子の声は幻聴だったのか? という不安に襲われる。
いやいや、確かにはっきりと女の子の声が聞こえたはずだ。
俺は深呼吸を一つして、真帆に言った。
「この洞窟に誰かいるかも」
「え、うそでしょ?」
「真帆、ちょっとだけここにいてくれ。見てくる」
見てくる、と言ったもののこの洞窟は一本道で、この聖剣の広場が一番奥のはずだ。
一本道には何もいなかったので、あとはこの聖剣の広場のどこかに声の主がいるはずなのだが……
俺は、伝説の聖剣が刺さっている台座に上がって。
「ひぃ!」
見てはいけないものを見てしまった。
「ちょ、剣くん?」
「来るな!」
俺は必死で声を絞り出して真帆をその場に留める。
この光景を女の子に見せるわけにはいかない。
こんな凄惨な光景を、他の誰にも見せるわけにはいかない。
地面に埋まった生首なんて、人間が見ていい代物じゃあない!
警察か、救急か。
どこに通報すればいいのかもわからないまま俺はポケットからスマホを取り出した。
落ち着け。ゆっくり呼吸をして落ち着くんだ。
胸に手を当てて深呼吸をしていると。
「そんなにビックリしなくてもいいと思うんだよねー」
地面に埋まった女の子の生首が、俺に向かって小さくウインクをした。
「……」
泡を吹いて倒れそうになるところを、舌を噛むことで耐える。
都市伝説なんてくだらない。
都市伝説なんてくだらない。
都市伝説なんて。
「落ち着いた?」
この後地面に埋まった女の子が放つ言葉で、俺の人生は一変する。
適当なサークルに入って、適当に勉強をして、そこそこの企業に入る。
俺は、そんな一般的な将来からは大きくかけ離れた人生に連れていかれることになった。
「あたしが本当の聖剣よ。もしあたしのことを引き抜けたら、あんたは聖剣に選ばれた伝説の勇者ということになる。さあ、力を求めるものよ! あたしを引き抜いてみなさい!」
あたしが本当の聖剣? あたしが本当の聖剣だって?
洞窟に埋まっているこの剣じゃなくて、この女の子が聖剣?
本当の聖剣。伝説の勇者。およそ現代社会には相応しくない単語を聞いてオーバーフローを起こしかけている俺の頭は、全く的外れな疑問で埋め尽くされた。
抜くとして、そもそもどこを持てばいいんだよお!
俺の魂の叫びは虚空へと消えていく。
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