第五話『激突する一等星』その10

「――あ、あの小僧はどうなっとるんじゃ!?」

「お、押し勝ってる……、お、鬼に……?」


 モノガミの常識をもくつがえす異常事態が起きていた。

 彼らの主になると豪語した赤ジャージの少年は、まさに戦車のような超馬力で、巨大な鬼を一気に山頂まで押し運んでいく。


 しかし、黒鉄はすぐに頭を振った。大槻勢十郎の力が人並み外れているのは、分かっていた。問題は、その根拠となる『霊気』が人並み以下、という事だった。


 松川切絵によれば、勢十郎の霊気は常人の三パーセントほどに過ぎないらしい。確かに先ほど、彼の言う刀仙モードになった際、彼の経穴けいけつから霊気を吸い上げるのには、黒鉄もずいぶん苦労した。

 だが、吸収しづらい霊気はイコール容量が少ない、というわけではない。


「追うぞ、黒鉄」


 短く言ったペンギンが、虎徹をつかんで走り出す。太刀を抱えてあとに付いていく黒鉄にも、山頂部で一人と一匹が怒鳴り合う声が聞こえていた。


「もしかしたら、あの人は……」


 ようやく林道を抜けた彼女達は、今となっては石垣を残すだけの旧篠塚城跡地で向かい合う、勢十郎と赤鬼を発見する。


 しかし、超絶馬力で鬼をここまで押し運んできた勢十郎の背中には、まだまだ余力が感じられた。全身の主要筋が断裂寸前まで痛めつけられたはずの体には、すでにそれらしいダメージが残っていない。むしろ彼は今、五体に力がみなぎっているようだった。


 それを見て、黒鉄はやわらかく息をつく。


「……なんとなく、わかった気がします。勢十郎どのの、強さの秘密が」


 半ば独り言のような黒鉄の呟きに、ペンギンが興味ありげな視線を向けてくる。


 そもそも大槻勢十郎の強さには、いくつもの不可解な点があった。

 怪物じみた腕力と耐久性を持つくせに、頭部を打たれるとあっけなく気絶するという体質。それを支える霊気の少なさ。


「おそらく彼の霊気は、経穴を通って体外に放出される前に、体内に拡散しているのです」

「な、なんじゃと?」


 霊気とは、人体で言うところの血液のようなものである。

 本来は臓器から発生し、経絡けいらく辿たどって、経穴けいけつから放出されていくはずのもの。霊気にとっての血管とは、人体にはしる経脈けいみゃくにほかならず、勢十郎のそれには、一般水準以下の霊気しか流れていない。

 つまり、


 経脈かられて体内に拡散した霊気が、大槻勢十郎の肉体を一種のドーピング状態にしている。

 それが黒鉄の結論だった。


 しかし、ルートを外れた血液など、本来はただの毒である。


「つまりあの少年は、毒化する直前の霊気を、運動で強制的に消費しているわけです。あの『体』を作るのに、彼は血のにじむような……、いいえ、文字通り血が枯れるほどの努力をしたはず」


 すなわちあの肉体は、勢十郎の努力が行き着いた、当然の結果だったのだ。痛みから逃げない、絶対に諦めない、という執念で彼が作り上げた、東条の剣術に勝るとも劣らない“生”への情熱。その結晶。


 それが、大槻勢十郎の自信を支えていたのだ。


「面白い。……が、そのやせ我慢で、どこまで戦えるかの?」


 むしろどちらが先に死ぬか、それの瞬間を見るのが楽しみでならない、とでも言いたげに、ペンギンは舌なめずりをする。やはりこのツクモガミは、根本的に人間とは相容れない精神を持つようだった。


 黒鉄は、邪悪な愉悦ゆえつひたる化け物に、教えてやった。



「先生。苦痛を知る者だけが、それに耐え抜いて勝つのです」



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