第五話『激突する一等星』その8


「……またハデにやってくれたな、大槻君」


 数珠型ユニットの液晶モニターには、燃えさかる七期山がはっきりと映し出されていた。

 こんな事もあろうかと、事前に隠蔽いんぺい工作を指示しておいたのは英断だった。山岳専門の法力僧によって、全長二十㎞にもおよぶ巨大結界の構築に成功したのが、ほんの五分前。その甲斐あって、山火事はおろか戦闘による爆音さえも、一般人には知られていない。 


 UH‐60ブラックホークのカーゴに設置されたシートの固さは、花の女子高生にはいかにも座り心地に不満のある代物だったが、現場の指揮官である切絵は無闇に弱音をけない立場にあった。彼女が行きがけにテイクアウトしたカフェラテは、すっかり冷めてしまっているが、この状況では仕方がない。


「クララ、アンジェリカ、シャルロットの三名は、引き続き結界を維持。他の者は消火作業に回ってくれ!」


 錫杖しゃくじょうに内蔵した通信マイクに彼女がげきを飛ばすと、秒と置かずに『委細承知いさいしょうち』という、力強い掛け声が返ってくる。もちろん、一人残らず男だった。


 一度した約束は、最後まで守るのが切絵の流儀だ。部隊を動かしたのは、さすがにやりすぎだったかもしれないが、一般人への被害を防ぐというお題目を彼女は押し通した。


 そう。これはただの約束で、肩入れではない。

 自身を納得させて再びモニターに向き合った法力僧は、衛星が捉えた映像を確認するや、思わず目元を押さえてしまう。


「あーあーあーあー。……これは、死んだかな?」


 東条の拳を喰らった大槻勢十郎が、十メートル以上吹き飛ばされていた。

 モノガミのアシストを受けていれば、簡単に死ぬような事はない。だがサイコグラフィー大型霊圧計が感知した大槻勢十郎の霊気は、あの0.03Aという、絶望的な数値を計測している。


 カーゴ内は静かだった。スマートな作戦進行の為にと、ブラックホークにはあらかじめ特定周波数に対する防音術が施されている。おかげでこの強襲用ヘリは、まるで蜻蛉とんぼのような静音性で、いくつもの戦場を駆け抜けてきた。……否、正確には、飛び抜けてきたのだ。


「本当にいいのかい? 君はベースキャンプで待っていても良かったんだぞ?」


 切絵が声を掛かけたのは、対面に座る少女のモノガミだった。

 彼女はゴーグルを外したまま、自分の足の親指を眺め続けている。うす暗闇に輝くその碧眼へきがんは、エメラルドのようにただひたすら美しい。


「……さみしい」


 彼女の声は、まぎれもなく少女のそれだ。しかしその正体は、切絵の足下のアタッシュケースに収まった、安土桃山時代のものと思われる打刀だった。


 余計な同情を避けるため、モノガミには必要以上の干渉を好まない切絵だが、今回は事情が事情である。このモノガミ相手には実体化を制限するような結界も張らず、ある程度の自由も与えていた。


 そもそも、刀仙の懐刀ふところがたなとは思えないほど、少女には好戦意志が感じられないのだ。彼女は屋上で切絵に立てついた狐面の青年とは、明らかに異質なモノガミだった。



「…………さみしいね、東条」



 雀女すずめという名を与えられたそのモノガミは、誰も知らない答えを口にした。


◆     ◇     ◆ 

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