第三話『ハゲタカの夜』その3

 雨は、さらに激しさを増している。

 母屋の玄関先は、もはや戦場そのものであった。


「いたぞ! 刀仙とうせんだ!」

六禍仙ろっかせんの東条だ!」

「奴を殺して名を上げろ!」


 殺気立つ法力僧達に、東条と呼ばれた天狗男は無反応であった。


 一方、狐面の青年は、地面に伏したまま憎悪を燃え上がらせている。霊気の結晶体であるモノガミの体といえども、全身をつらぬかれる痛みは想像を絶するものだろう。


 土間から現れた天狗てんぐ男は、自分を取り囲む法力僧たちを一瞥いちべつした。が、彼はすぐに興味を失ったように俯いてしまう。


 狐面の青年は助けを求めるように、泥まみれの腕を天狗男へと伸ばしていた。


「……こ、こいつら全員、み、皆殺しだ。皆殺しにしよう、東条」

「刀を売ってもらいたい」

「わかったよ! こいつらを殺し終わったら、小僧から刀をいただく。それでいいだろ?」


 言い終えるや否や、狐面の青年は実体化をき、無口なゴーグル少女と共に雲散霧消うんさんむしょうする。彼らの霊気体が天狗の腰の日本刀へ戻るのと、フォーメーションを組む六名の法力僧が、数珠型ユニットの空中展開を終えたのは、ほぼ同時だった。


 耳障みみざわりな金属音が、天狗男の周囲三百六十度を立体的に包み込む。


 およそ三秒後、彼は着込んだジャケットもろとも蜂の巣にされるだろう。霊気駆動れいきくどうの数珠型ユニットが誇る驚異の殺傷能力は、モノガミである狐面の体ですでに実証済みである。


「一体、どうするつもりだ? あの男……」


 勢十郎を担いで軒下のきしたに避難していた黒鉄は、天狗男があの金属球――数珠型ユニットを、斬るしかないと踏んでいた。


 あの男の持つモノガミきの日本刀は、特別だ。霊気を通せば、超常の切れ味を発揮することだろう。しかし、いかんせん空中に浮遊する数珠の数が多過ぎる。 

 どう考えても、手数に劣る天狗男の不利は明らかだった。


 ところが天狗男は、全方位から放たれる金属球のレーザーロックオンから、逃げる素振りさえみせなかった。


 そして、氷のように冷たい雨粒が、黒鉄の肌をすべり落ちた次の瞬間――、


 無数の金属球が、使


「な……っ、なにが起こっ、た?」


 あまりにも不可解な現象に、黒鉄は呆然となっていた。


 顎から上を丸ごと失った六人の巨体が、血煙を上げながら地面に崩れ落ちていく。

 結果だけみれば、法力僧達の自爆。だが、本当にそんな事があり得るのだろうか? 


 黒鉄が濃紺の瞳を注意深く光らせていれば、天狗男の霊気が、限りなく『無』に近くなっている事に気づいただろう。


 先ほど天狗男は、仲間が穴だらけにされていくのを、土間からずっと眺めていた。

 そして彼は、金属球が一定の霊圧に反応して作動する事を発見し、同時に、ボイスコードが攻撃のトリガーである事までも突き止めていた。


 ゆえに天狗男は、全弾発射の瞬間、息も血流も心臓もすべて止め、自分の霊気を遮断しゃだんして金属球のロックオンを強制解除させたのだ。

 目標を見失った無数の数珠は、再演算によって急反転し、手近な場所にいた法力僧達を次なるターゲットと誤認したのである。


 もちろんそんな原理は、一介のモノガミにすぎない黒鉄には理解不能だった。ただはっきりしているのは、彼女と彼女の主が、法力僧達と同じか、それ以上の責めに遭うという予感だけ。


 だが、続く天狗男の奇妙な行動に、黒鉄は逃げる機会をいっしてしまう。

 彼は大花楼の上空で爆音を撒き散らす、ブラックホークに目をつけていた。


「まさか、あれを落とすつもりか?」


 そのまさかだった。

 天狗男は一足飛びで屋根まで到達するや否や、瓦を蹴り上げて、空中に身を投げ出した。一見、無謀にも思えるダイビングだが、またしても天狗男は決め手に刀を使わない。彼は先ほど拝借はいしゃくしておいた金属球を、ブラックホーク目掛けて投擲とうてきしていた。


 ホバリングするヘリまでの距離は、およそ数十メートル。そして強風。

 通常なら届くわけもないのだが、天狗男は空中で何かを呟いていた。次の瞬間、新たなコマンドを受け取った金属球は、先ほどとは比較にならないほどの超スピードで夜空を駆け抜けると、ヘリのローター部へ直撃していた。

 

 UHブラックホークがあっけなく撃墜されるのを、間近で目撃した黒鉄の絶望感は、凄まじかった。

 あれほどの手練てだれに対抗する手段は、今の大花楼には存在しない。頼みの綱であった若き主は、目を閉じたまま動けずにいる。


 一仕事を終えた天狗男は、屋根から漆喰塀の上へと、軽やかに跳躍を済ませていた。軒下で戦禍をやり過ごしていた黒鉄は、気絶した勢十郎を抱きしめたまま、口元を横一文字に引き結ぶ。


 天狗の面の下から、雷鳴に負けないほど、よく通る声がした。


。……、


 かすかに意識を取り戻しかけていた勢十郎は、間近にある少女の顔が悔しさに歪むのを、たしかに見た。


 吹き荒ぶ暴風雨の中、天狗男はなぜか二人に背を向けていた。


あわれなモノガミだ」

「――――ぃ」


 黒鉄の声は、雨音にかき消されていた。

 薄れゆく意識の中、勢十郎は大花楼を立ち去る天狗男の後ろ姿を、その目に焼き付けておく。


……黒鉄は、何と言ったのだろう? 

 考えるべき事は他にもあるはずなのに、それだけがひどく勢十郎は気になった。しかし、その直後、彼の意識は再び泥のような眠りの中へ沈んでいく。


「助かった……?」


 黒鉄が安堵して呟いたその直後、大花楼を囲む竹林から、新たな影が現れた。



「――――、あれが六禍仙の東条か。うわさ通りの刀仙だね」



 天狗男こと東条は、これ以上の目撃者を嫌って撤収していったのに違いない。


 美声の主が、法力僧の関係者であるのは明らかだった。金色の刺繍をあしらった豪奢ごうしゃな袈裟の輝きは夜の闇を押し返し、亡くなった六人の法力僧達との階級差を、如実にょじつに表している。


「お前は……」


 意外な事に、赤い頭巾の下に隠れていたその顔は、黒鉄も知る人物のものだった。


◆     ◇     ◆ 

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