第二話『ハレ、時々、ケ』その3
結局、首飾りをシャツの中に隠して、登校する羽目になった勢十郎である。
一限の
「……おい松川。あの先生、大丈夫か?」
我慢できなくなった勢十郎は、パソコンを共有している切絵に問いかけた。
慣れた様子でタイピングを続ける彼女は、モニターに視線を落としたままだ。
「大丈夫さ。というか、あの震えが止まったら、それはそれで危ない。激怒している証拠だ」
「へ、へぇ。お、怒ると、震えが止まんの……?」
空恐ろしい話である。
老教師の意識が
そう思うと、一人真面目に授業を受ける気でいたのが馬鹿らしくなって、勢十郎は溜息をついた。そうしている間にも、黒板のチョーク文字は少しずつ、だが確実に増えていく。
作業する手を止めて、切絵はやれやれと肩をすくめた。
「退屈そうな顔をしているね。なんならここから脱出して、購買でデートと
「初日からサボってどうすんだよ。一応進学校だろ、ここ」
「あ、今イヤそうな顔をしたね? たかが神社の小娘とは、茶を飲むのも
「巫女さんには興味あるんだけどな。でも、あんたはノーサンキューだ」
「ひどいな」
タン、と、Enterキーが押し込まれ、液晶画面が切り替わった。
「なんだそりゃ?」
奪われたパソコンのモニターを見るなり、勢十郎は
切絵がブラインドタッチでせっせと打ち込んでいたのは、課題レポートではなく、私的なブログだったのだ。
「いや、悪いね。ちょっとHPの更新をさせてもらった」
「画像がお前んちじゃねえかよ」
「そうだよ。良い機会だから、我が七期大社の歴史について勉強したまえ」
「いや俺は別に――、ぐげぇっ!?」
嫌がる勢十郎の頭を押さえ込み、切絵はHPを強引に
メインページに貼られた七期大社の写真は、素人
意図せず
紹介文によれば、なんでも七期大社の起源は三百年も前まで
「で、当時この地を任されていた江戸幕府領篠塚藩主、篠塚
わざわざ読み上げなくても、目で文を追うほうがずっと早い。が、切絵は勢十郎の嫌がる顔を見たがっているのか、別ウィンドウの説明文にも解説をくわえ始める。
話半分に聞き流すつもりでいた勢十郎だが、『御神体』と銘打たれた画像が表示された途端、思わず身を乗り出していた。
そこに映っていたのは、まるで『枯れ木のような物体』だった。
長さは二尺五寸と表記されているが、勢十郎には実際のところ何センチなのかは分からない。
ほとんど勘だけで、勢十郎は呟いた。
「……これ、もしかして刀か?」
「ほう、よく分かったね。外装の腐食が激しいが、確かにこれは
紺色のハイソックスに包まれた脚を組み、切絵は満足そうに頷いた。
「初めて見る者のほとんどは、コイツをただの小汚い棒きれだと思いこむ。一応、県の重要文化財に指定されている刀なのだけれど――、名を『
「俺にわかるのは、命名した奴が厨二病だって事ぐらいだな」
「うん。西洋風に言うなら『ドラゴンスレイヤー』だね。かつて、この地に水害をもたらした『竜神』を退治したとされる、ありがたい宝剣だよ。ちなみにウチの家宝」
水害が竜神の責任になったところで、当時は誰も不思議に思わなかっただろう。自然災害が神霊によってもたらされるという考え方は、民俗学ではよくある話だ。
むしろ勢十郎の興味は、そのような
モノガミ。日本刀に宿る、
『――――、この刀に、モノガミは宿っていません』
勢十郎にだけ聞こえる声で、鍔に宿るモノガミの黒鉄が
「ああ、そうだね」
エクセルを開いて作業を始めた切絵の注意が、モニターへ集中するのを見
「……実物を見てねえのに、モノガミがいないとかわかんのか?」
『わからない物もありますが、あの刀にかぎって言えば、確実にいません』
「……ずいぶんハッキリ言うじゃねえか」
『あなただって、人間と人形を並べれば、本物の見分けぐらいはつくでしょう?』
言われてみればその通りだが、大花楼で実体化していた黒鉄の姿は、どこからどうみても人間そのものだった。
外見だけなら、金髪美女の姿を持つお蘭も、黒鉄と同じく人間らしい。が、実際二人と話してみると、いわゆる『人間味』とでもいうべき部分に、勢十郎は決定的な違いを感じるのだ。
そういう意味でも、勢十郎にとってモノガミは、特に黒鉄は不可解な存在だ。
「なぁ。……モノガミと人間の違いって、なんなんだ?」
『さぁ? それを某に聞かれましても……、見たまま、としか』
「見たまんまじゃ、わかんねえから言ってんだろ」
「別に、わからぬでもよいではありませんか」
「はぁ?」
黒鉄の返事は、あまりにも要領を得なかった。
だがこうなると、勢十郎としては
できれば弱点のひとつでも知っておきたい、という、
「モノガミって、妖怪……なんだよな?」
『解釈は人それぞれです。あなたがそう思うのなら、我々は妖怪なのでしょう』
「いやいや、他人事かよ」
『そんなことより、そろそろ貴方も『かだい』に取りかかった方が、良いのでは?』
「げ!」
言われて勢十郎が周囲を見渡すと、先程まで内職に精を出していたクラスメイト達が、すっかり真面目な学生になっていた。
課題を仕上げていないのが自分だけと知った勢十郎は、とたんに遠い眼をした。作業をしようにも、彼のパソコンは
すでに諦めの
やがてチャイムが
驚いた勢十郎が隣を見ると、切絵がいたずらっぽい笑顔を作っていた。
「
「……とりあえず、相乗りしたのがあんたで良かった」
言いながら、ごく自然に持ち上げた勢十郎の拳へ、切絵のそれが軽くぶつかる。
不思議と、それで彼女とトモダチになった気がした。
◆ ◆ ◆
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