第47話 本当の『能力』

「お聞きになりましたか? あのアーネスト侯爵家が赤字決算らしいですよ」

「潤沢でいらしたのに、どうされたのでしょうね」


 至る所でアーネスト侯爵家の話題が上がる。


 ゼフィランサスはチッと舌打ちをした。


 良いときには擦り寄るが、悪くなればあっという間に手のひらを返す。何とも滑稽だ。――今までは自分もそちら側の人間だったではないか。今さら、分かりきったことを。


「今までどんな不利益なことも上手く対処していらしたから、アーネスト侯爵には先見の明があるのかと思っておりましたわ。もしくは――『予知』でもされていらっしゃるのかと」


(――『予知』だと? そんな能力があればとっくに遣っている!)


 席に着いたゼフィランサスは膝の上においた手をギュッと固く握りしめた。しかし、ふと思い返す。


 確かに自分がアーネスト侯爵になってから、領地経営に関しては驚くほど順調だった。契約や資産の運用、天候や災害まで。まるで、予期していたかのように、あちらから舞い込んできたのだ。


 自分はただ待ち構えているだけだった。

 タイミングがいい、幸運だった、と何度、思ったことか。


 もしそれが――本当に『予知』されていたものだとしたら?


(まさか、な……そんなこと、あり得ない)


 赤字に転じたのは、この1年。不運が続いたのも、この1年だ。

 約1年前にあったこと。それは、ウィステリアの態度が急激に変わったこと。思い当たるのは、それだけだ。


 幼い頃からずっと周りの顔色ばかりを伺い、唯一ローズマリーと同じ色の瞳で見つめてきた。

 『魔法』など遣えないくせにローズマリーと張り合い、「遣える」などと嘘まで吐いて。



 〜・〜・〜



『おとうさま、私もできますわ』

『ウィステリア……いたのか。お前にできるはずがないだろう? 嘘をつくんじゃない!』

『みてください! ――ほら!!』


 ふわり、と風を起こしたウィステリアを見ると、ローズマリーがしゅんとしょげた顔をした。

 ゼフィランサスの視線は、一瞬でローズマリーへと向けられた。


『一体、どうした? ローズマリー。具合でも悪くなったのか?』

『おとうさま、ごめんなさい。おねえさまがかわいそうで……ローズマリーがおねえさまをてつだってあげたのです』


 ゼフィランサスは情けないほどに眉尻を下げて、小さなローズマリーを抱きしめた。


『そうか……姉想いで優しいな、ローズマリーは。――ウィステリア。お前も妹であるローズマリーを少しは見倣え!』

『……はい、おとうさま……』



 〜・〜・〜



 今、思えば、あの頃から――


 それから年々、ウィステリアの我が儘は、ひどくなっていった。


 「領地の、あの場所に行きたい」「あの店のあれが欲しい」「あれが食べたい、取り寄せて」「あれは、いらない。これも、いらない」「そこには、行きたくない」


 次から次へと追加されていく、身勝手な欲望。


 いつも周りが振り回されてきた。自分勝手で傲慢な態度――屋敷内でもウィステリアの評判は良くなかった。


 魔力もなく、『魔法』も遣えない。出来損ないの娘が我が儘な願望だけを押し通す。

 そんなウィステリアが1年前、パタリと何も言わなくなった。


 目が合いそうになると、互いに逸らす。


(私には何も言わなくなったが、ローズマリーには酷い仕打ちを続けていた……いや、待てよ? それまで直接見たことはあったか?)


 ローズマリーに言われたことはあったが、実際に自分の目で見たのは、1年前が初めてだった。

 むしろ本当にしていたのか、と驚いたくらいだ。


 ゼフィランサスは、今までのウィステリアを思い出そうと記憶を辿る。


 ウィステリアが口に出した、あの我が儘な望みの数々はすべて、いつも自分がいる前でだけだった。

 そして、それを叶えると、


 面倒だったことを覚えている。子どもの我が儘と領地の問題が同時に起こるなんて、運がない、と。


(――しかし、結果はどうだ? あの時、あの場所にいなかったら、対応が遅れていたり、確実に損失が出ていたりしなかったか……?)


 ゼフィランサスは認めたくないと首を横に振り、邪念を振り払う。


(1年前からウィステリアは何も言わなくなった。そして、目を合わせなくなった。それからは――)


 ローズマリーに、ただ嫌がらせをしていただけ。


 「行きたい」「行かない」「欲しい」「いらない」――何一つ、聞いていない。そもそも、会話らしい会話をしただろうか。それさえも、思い出せない。


(ウィステリアには、『魔法』に代わる、何らかの『能力』があるのではないか……?)


 ゼフィランサスの身体から、サーッと音を立てるように血の気が引いた。


 もしもウィステリアに『能力』があるとしたら――アーネスト侯爵家には、必要な存在だ。


 除籍してからまだそう時間は経っていない。そろそろ、自分で働き、暮らしていくのは大変になってきたことだろう。


(迎えにいってやるか――)


 また侯爵令嬢に戻れるのだ。何不自由ない、贅沢な暮らしを送れる。喜んで戻ってくるだろう。


(待っていろ、ウィステリア。今度こそ、しっかり話をしよう。――お前の『能力』についても、な)


 いつの間にか、眉間に刻まれた深い皺は消えて、ゼフィランサスの顔には笑みが浮かんでいた。

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