第27話 隠された能力
「うわぁ。立派な建物……」
今日、リアはアッシュと一緒にハートラブル公爵領の商業ギルドに来ていた。
今朝、突然アッシュが提案してきたのだ。ハートラブル公爵領に仕事をまわしてもらうことにしようと思うがどうか、と。
仕事が増える分には大賛成である。まだまだリアの余力はあるし、いずれはアーネスト侯爵領を出るつもりなのだから、その後の顧客を先に作れるのは正直ありがたい。
リアは二つ返事で了承した。――のだが。その後のアッシュの様子がおかしい。ずっとぼんやりしているし、いつもしないような些細なミスが多いように感じる。
(アッシュ……どこか具合でも悪いのかな?)
体調が悪くて無理をしているようには見えないが、“心ここにあらず”といった感じか。
何かあったのではないか――と考え、リアはハッと気がついた。
(もしかしたら……ローズマリーが――)
――彼女が関係しているのかも。
やはりあの時――アッシュはローズマリーに心を奪われてしまったのかもしれない、とリアの不安が再びムクムクと湧き出てくる。
(あんなに嫌がっていたハートラブル公爵領に突然行こうと言い出すこと自体、変だわ……)
リアの心の中にはモヤモヤした霧がかかったままだった。
「アッシュ、リアちゃん! よく来てくれたね!」
遠くからでも、質素な服装でもよく目立つ赤髪の美青年がこちらに向かってブンブンと勢いよく手を振っている。
リアは胸中の霧を払うように、ジャックに小さく手を振り返した。
ジャックが合流し、商業ギルドの中を案内してくれる。
大きな扉を開くと、ホールのように天井まで吹き抜けており、天窓から太陽の光が差し込んでいる。奥にはカウンターがあり、三人ほど受付係がいた。
「あっ……!」
そのうちの一人を見たリアが思わず声を上げる。アッシュが「どうかした?」と声をかけると、リアは「何でもない」と、慌てて首を振った。
(あの人が――)
受付の一人が視線を上げると、その彼女を見つめていたリアとバッチリ目が合う。
リアは気まずくなりツイーッと視線を逸らした。
リアに視線を逸らされた彼女は笑顔をつくると、こちらに向かい問いかけてきた。
「ジャックさんのお客様、でしょうか?」
「うん、そうだよ。アッシュ、リアちゃん、紹介するね。受付のアイリスちゃん」
アッシュは「なるほどね」と、先ほどリアが声を上げた理由を理解した。ただ、それと同時に、なぜ彼女がアイリスだとわかったのか、疑問に思う。
カウンターには受付が三人。すべて女性だ。年齢もほぼ同じくらい。会ったこともなく、彼女の特徴を知らないはずのリアが、なぜジャックから花束を受け取った相手を見抜けたのか。
恐らく――リアにも隠している“能力”がある。
アッシュは薄々気づいていた。リアがその“能力”で花を選び、花言葉に魔力を込めていることを。
彼女に選んだ花はオレンジ、黄、赤のミムラス。
花言葉は――『笑顔をみせて』、『静かな勇気』、『援助の申し出』。きっとその時の彼女に必要だったものだ。
そして、その後、学園で会ったジャックに『彼女の悩んでいたことが
ジャックも多分、リアの“能力”に気づいている。
なぜなら――自分の“能力”にも気づかれていたのだから。
◇◇◇◇
『君がその瞳で遣うのが――“能力”でしょ?』
ジャックは静かに口角を上げた。
ジャックの“勘の鋭さ”は異常だ。アッシュは質問に答えず、質問をし返す。
『――ジャック。本当にお前には何の能力もないのか?』
アッシュの問いかけに、ジャックは微笑みを浮かべたまま、それをピクリとも動かさずに返答する。
『僕のいた世界には魔法も能力もなかったからね。僕の、この“赤”だって、公爵にかけられた『変幻の魔法』だし……』
その真っ赤な前髪を、指で少しつまんでみせた。
肯定も否定もしない。互いにまだ敵対する公爵領の人間なのだ。おいそれと手札を見せたりしない。
――実際の自分は“赤”ではない、と重大な事実をさらりと明かし、不都合を煙に巻く。
『明日は花屋の定休日だろう? リアちゃんと一緒に商業ギルド、見学しにおいでよ。案内するから』
――ジャックがこちら側ならどんなに心強いか、とアッシュは勧められたギルド見学を真面目に考え出したのだった。
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