第19話 最悪の再会
「答えろ、ウィステリア。なぜお前が
表情を失くしたリアは声の主へと頭を下げる。
「アーネスト侯爵閣下。ご無沙汰しております。こちらには仕事で来ております」
頭を下げたままでいるリアに苛立ったかのようにアーネスト侯爵は「ふん」と鼻を鳴らす。
「もう! お父さまったら。そんなにイライラしてはいけませんわ。ウィステリアお姉さま、お久しぶりです! お元気でしたか? ……あらぁ? 今はお花屋さん、ですの?」
きらびやかなドレスを纏い、ふわりとピンクゴールドの髪を揺らす。顔を上げたリアと同じ色の瞳がコクリと傾けた視線と合う。
「ええ、おっしゃるとおり今は花屋でございます。ローズマリー様」
父親であるアーネスト侯爵の腕を取り、縋り付くようにローズマリーは彼の顔を見上げた。
「お父さまぁ……ウィステリアお姉さまは、きっとローズマリーのことを怒っていらっしゃるのだわ」
(また、始まった……)
リアは目を伏せた。ローズマリーの常套手段。
リア――ウィステリアは嫌というほど見てきた。これをもう見たくなくて、そして侯爵家から自由になりたくて『悪役令嬢』を演じてきたというのに。
「きっとローズマリーのせいで、仕事をして暮らしていかなければならなくなったと思っているのよ。だからこんなに他人行儀で冷たい言い方をされるのだわ」
――そんなことは当たり前だろう。今は除籍されて、あなた方とは他人なのだから、とリアはそっと息を吐いた。
ローズマリーの涙を溜め、潤ませた瞳に、すべての者が絆される。ウィステリアをかばう者など一人もいなかった。
花屋で、自由に幸せな日々を送っていたからか、リアは忘れかけていた。――先ほどの心配を返してほしい。
「どうしたの?」
ふと真後ろから聞こえた声に、失くしていたリアの表情が戻る。リアは目を見開くと、身体が凍っていくように固まるのを感じた。
(嫌……アッシュだけは――)
彼もまたローズマリーに絆されてしまうのか、と考えてしまい、リアはうつむき、小さく震えだす。
その声の主はいつものように優しくリアの背中に手を添えた。
「これは――アーネスト侯爵閣下。いかがなさいましたでしょうか?」
「あなたは……アッシュ様?」
「「え……?」」
ローズマリーから発せられた名に、二人が同時に声を上げる。リアはドクドクと激しく打ちつける嫌な鼓動に、ぎゅっと胸を抑えた。
「大変申し訳ございません。私の名をご存知でいらっしゃるとは思わず……失礼いたしました」
アッシュは恭しく頭を下げる。
しかし、ローズマリーはアッシュではなく、隣にいるウィステリアに視線を向けたまま睨みつけた。
「何でお姉さまがアッシュ様と一緒にいるのよ?」
ローズマリーがアッシュの名を呼ぶ。それだけでリアには嫌な予感がよぎる。
それは――アッシュとローズマリーの間に何らかの関わりがあるということを意味しているからだ。
「お嬢様。大変申し訳ないのですが、一平民である私に敬称をお付けにならないでくださいますか」
「……えっ?」
アッシュの一言にローズマリーが戸惑う。しかし隣にいたアーネスト侯爵も同意する。
「そうだよ、ローズマリー。彼の言うとおりだ」
「でもっ……」
納得がいかない、というように口を尖らせ、頬を膨らますローズマリーに侯爵は眉尻を下げる。
(ローズマリーは知っているんだわ。アッシュの正体を……)
――だとすると、やはり物語は続いている。これも物語の一部なのかもしれない。
今までリアが自分で選んで、自分の力で手に入れたと思っていた自由は幻想だったのかもしれない、とリアは唇を噛みしめた。
「ウィステリア」
約1か月ぶりに聞く、父の声。その音源にリアは藤色の瞳を向ける。
「今後、王城での仕事は一切、許さん。城と侯爵家の屋敷には近づくな。――分かったな」
「かしこまりました」
(それが実の娘に放つ言葉か……)
――分かっていた。今までずっとそうだったではないか。けれど、何度聞いても慣れることはない。
(そちらがその気なら、こちらも受けて立ちましょう。あなた方のお望み通り、成り下がって差し上げますわ)
――だって私は『悪役令嬢』なのだから。
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