第9話 盛大なる勘違い
一通り笑い合い、ひと息ついたリアとアッシュは学園の中庭へと移動する。
先ほどの温室庭園ほどではないが、中庭もなかなか美しい。学園在学中、リアが気に入っていた場所の一つである。
アッシュに手入れの仕方を一通り教えてもらい、端から順番にまわっていく。
黙々とする作業はリアに向いているようだ。
楽しそうに手を動かしているリアを、アッシュは微笑ましく眺めていた。
「あれ? アッシュと……リアちゃん、かな?」
リアを眺めながら綻んでいたアッシュの顔が一瞬でしかめられる。声のした方へ顔を向けると、最近見たばかりの赤い髪がさらりと揺れた。
「ジャックさん?」
「あ、やっぱり! リアちゃんだ――」
「――ジャック。それ以上、何も言うなよ」
凍てついた視線をジャックに向けたアッシュに、リアは驚いて首を傾げた。睨まれたジャックは、「はいはい」と肩をすくめる。
「まったく……アッシュはリアちゃんのことになると怖いよね」
「うるさい」
さらに目を細めたアッシュにジャックは呆れたように苦笑いした。
「それより、ジャック。何でここに?」
「ああ、僕も仕事だよ」
「仕事?」
そういえば、今日はいつもと何かが違うと思っていたのだが――服装だ。
いつもの軽装とは違い、赤と黒が配色された騎士服をキッチリと着こなしている。
(うわぁ。騎士服、かっこよすぎる!!)
それに気がついてしまうとリアは緩みそうになる顔を引き締めるのにいっぱいいっぱいになる。横一直線に引き結んだ唇がぷるぷると震えていた。
そんなリアの反応をアッシュが見逃すはずもなく――あっという間にリアの視界はアッシュの背中に遮られた。
リアとしてはもう少し堪能したかったが、お互いに仕事で来ている。そこは我慢しなければ、と納得した。
「じゃ、僕はここで。仕事の邪魔してごめんね」
赤と黒のマントを翻すと、数歩進んで、ピタリと止まる。ジャックは振り返ると、思い出したように言った。
「そうだ、リアちゃん。この前の花束、とても喜んでもらえたよ。悩んでいたことが
「それは良かったです」
「うん。また近いうちに買いに行くね!」
「お待ちしております」
ニコリと微笑み合う二人の間に、ずいとアッシュが身体をねじ込む。
「仕事だろ? さっさと行け」
「はいはーい、分かったよ」
今度こそジャックは振り返らずに歩いていった。
そんな騎士の後ろ姿をリアを背中に隠したまま、アッシュは悶々とした気持ちで見送った。
いつもと違う格好のジャックを見たリアの様子が頭から離れない。あれはまるで恋に落ちてしまったかのような。
(まさかな……そんなはずない)
リアとしてはジャックというより、騎士服に惹かれていたのだが……それにアッシュが気づくことはなかった。
(それにしても……こんなところで会うなんて)
――せっかく、リアには秘密にしていたのに。
ジャックからバラされるわけにはいかなかった。しっかり自分から伝えて、リアを安心させてあげたかったのだが……自分にピッタリと寄り添うようにリアがくっついてくることに幸せを感じ、言いそびれてしまった、など。いまさら言えやしない。
――変幻の魔法を遣っている、と。
だから王太子に気がつかれなかったし、ジャックもリアの反応を見るまでは確信していなかった。
元々、アッシュはリアをそのままの姿で学園内に行かせる気などなかった。リアが辛い想いをするのは目に見えていたのだから。
ただ、温室庭園で王太子と会ったときは、本当にヒヤヒヤした。見破られるのではないかと身構えたが案外、大丈夫だった。
一難去ってまた一難。
ジャックだけにはバレたくない。しかし、そんな願いも一瞬で、すぐにバレてしまったのだが。
(アイツには本当に何の能力もないのだろうか?)
昔からジャックの“勘の鋭さ”は抜群に良かった。
――もしも、それが“能力”だったとしたら?
異世界から来た、未だ謎の多い友人に少しの疑念が湧き始めた。
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