探偵だらけの劇場

林 のぶお

第1幕 小道具探偵 ~事件の小道具はお忘れなく~


     (1)

 頬を通り過ぎる風が冷たさから、爽やかなものへと変化する、良い季節となりました。

 お元気ですか。

 ご無沙汰してます。

 実は、日頃から気にかけておられる、「宝物」の事ですが、すでにご承知の通り、あなた様のおそばに置けるように手配いたしました。

 一度その目でじっくりと見て下さい。

「全然違うじゃないのよ」

 とお叱りのお声を頂戴するかもしれませんね。

 でもあれから長い歳月が経ちました。

 その変化は、歳月の証しだと思っております。

 もう一つの変化は、じっくりと自分自身で観察して、見て下さい。

 私がもうとやかく云うつもりはありません。

 あなたにとって「宝物」は、同時に私にとっても代えがたいものであります。

 宝物を返すとか返さないとかの前にじっくりと見て、あなたが判断して下さい。

「こんなに変わったのはあなたのせいよ」

 と云えば、その言葉をそのまま受け取ります。

 世間がどう云うかとか、関係ありません。

 来月の京都南座の舞台頑張って下さい。

 良き日に観劇しに参ります。

 その時は、またご連絡申し上げます。

 藤川直子さま

           「宝物」のもう一人の所有者より


 手紙を読んでいると背後に人の気配を感じた。

 京都南座の楽屋にいた藤川直子は、目の前の化粧前(鏡)に弟子の顔が映り込むのを確認した。

「直子師匠、お客様です」

「誰?」

 弟子が名前を云おうとしたら、暖簾をかき分けて、顔を覗かせた。

「よお、元気か!」

 直子の顔がみるみるうちに固まった。


 関田進介は、丁度今、煙草盆を右手に持った所だった。

 江戸時代の宿場の茶店の前の床几に置いてある。

 進介は、京都南座の舞台にいた。

「ああ、丁度よかった。きみ、小道具係さん?」

 客席にいた演出家の溝口繁が大きな声をかけた。

「はいそうです」

 小さな声だった。

 進介は顔を客席に向けた。

「わらってよ」

 溝口が半笑いで声をかけた。

「は?」

「だからわらって」

「はい?」

「早くわらって!」

 段々と溝口の口調にとげが生えるのを他の連中も見ていた。

 舞台袖に同じ小道具係の大表順子と吉川弘美が駈け付けた時には、とげから、黒い染みが噴き出していた。

 順子と弘美は、右手で素早く振った。

 二人とも顔はしかめっ面だった。

「わらえって云ってるだろうがあ」

 進介は混乱していた。

 今までの人生で初対面で「笑い」を強制させられたのはこれが初めてだった。

(何で笑いを強制するのか)

(この演出家は一体何を自分に求めているのか)

 全く見当がつかない。

 しかも上手幕袖に駈けつけた同じ小道具係の先輩の仕草だ。

「俺の云う事が聞けないのか!」

 ついに溝口は客席を立ち上がり、舞台に近づく。

 その凄みに負けた進介は、意を決して棒立ちになる。

「はい、関田進介。わらいます!」

 進介は右手に持った灰皿を、ぶんぶん振り回しながら笑い出した。

 進介の感情のない乾いた笑いが場内に響き渡る。

 その笑いに、溝口の歩みは立ち止る。

 急にしゃがみ込む。

「勘弁してくれよ」


 京都南座の小道具部屋は舞台奈落、つまり舞台の下にある。

 広さは6畳くらいだ。

 南座小道具専属の部署で、大道具部屋とは隔離されていた。

 小道具係は順子と弘美の2名体制で今までやって来た。

 この春、進介が入り、3人となる。

 まだこの世界に入って二か月足らずの進介だった。

 進介は、両隣に順子と弘美が陣取り、代わる代わる説教を聞かされていた。

「だから、わらえって云うのは、取り払う事なの」

 順子は何度もそう云った。

「さっき、溝口先生がわらえって云ってたのは、つまり家の中の小道具の煙草盆を取り払うって事」

 もう一人の弘美が云う。

「だったら、そう云えばいいのに」

「シャラップ!これは業界用語を知らないきみの負け!」

 目の前の机を叩いて順子は立ち上がる。

 凄みの聞く、男のような声だった。

「はい勉強しましょうねえ。坊や」

 弘美は笑いながら頭をはたいた。

 演出家の溝口は、元は映画の世界にいた。

 映画自体、製作されなくなると、演劇の世界に入って来た。

「君はこれからこの世界に生きて行くなら、これでも読みなさい」

 順子は、バンと今度は机の上に電話帳のような分厚い本を置いた。

「何ですかこれは」

「大林のぶお監修(体験的演劇用語)です」

「大林さんって、あの南座フロントマネージャーの?」

「そうです!」

「これ、業界では隠れたベストセラーなんです」

「何しろ今ままでありそうでなかったものなの」

「どこがですか」

 二人は説明し始めた。

 今までの演劇用語辞典は、主に、裏方(大道具、照明、音響など)が中心のものだった。

 しかしこの本は、表方(事務所、切符売り場、案内係)なども網羅していた。

「大林さんは、表裏両方経験してるから、この本が書けたの」

「そうなんですか」

 進介はちらっとめくっただけで再び本を閉じた。

「やる気ナッシングね」

「いや、無理っしょ。いきなりこれ全部覚えるのは」

「無理でもやる!」

 どんと順子は本を進介に押し付けた。

 痩せた進介は腹に受けた衝撃で倒れて仰向けになった。

 そこへ暖簾かき分けて、大林がにゅっと顔を出した。

 黒ぶちのメガネにセンターわけの髪型だった。

「あらあら、立ち回りの最中やったかなあ」

「すみません」

 順子は慌てて、足で進介を起こした。

「丁度今、大林さんの本の話してた所でした」

 進介のお腹の上にある本を見た。

「そうでしたか」

「これ、業界では人気あるって事話してました」

「手前みそですが、かなり人気です」

「やっぱり」

「特に大道具さんに」

「大道具さん?」

「控室で寝る時は枕代わり。舞台袖、綱場では腰掛に重宝してます」

「まあ失礼な話よねえ」

「皆さんもうこの中身見なくてもわかっている事だらけですから」

「今度云っといてやる」

「で、何の用なんですか」

「この消えものの領収書の件です」

 大林は、懐から一枚の領収書を取り出した。

「消えもの?何ですかそれ?」

 進介が聞く。

 弘美は、無言で本をつつく。

 進介は、慌てて小道具の項のページを開く。


消えもの 舞台で消費するもの。主に、煙草、食べ物などを指す


 ふと進介が目を上げると、3人の姿は消えていた。


 舞台稽古の日が来る。

 今月は喜劇女優、藤川直子主演の喜劇・時代劇「お城おもしろ珍道中」を上演する。

 幕開けは、峠の茶店。

 茶店前に床几が置いてある。

 舞台に直子が出て来た。

 幕袖から大道具、小道具、照明担当が顔を出して挨拶する。

 京都生まれ、育ちの直子にとって、南座はホームグランドである。

 やはり東京の劇場での緊張が全くなかった。

 直子は一人づつ顔、目を見ながら話す。

「弘美ちゃん、あんた見るたびに色気出て来て。また男変えたやろ」

「もうそんな、ほんまの事云わんといて下さい」

「ほんまなんかい!」

 すかさず、直子は突っ込んだ。

 舞台に笑いが起きた。

「それに引き換え、順子さん」

 次に直子の視線は順子に移る。

「はい」

「早よ、結婚しいや」

「出来ません」

「やろなあ」

 再び笑いが生まれた。

 直子は次に進介に目をやる。

 ひと呼吸、間を置く。

「おたくどちらさん?、祇園の売れないホストクラブの人ですか」

 次の笑いはどかんと爆発した。

「ああ、いえ」

 進介は順子らに助け舟を求めた。

「小道具の新人です。挨拶して!」

「はい、関田進介です」

 ぺこりと挨拶した時、進介の手元から木彫りの子馬が落ちた。

 進介が拾うより先に、直子の手の方が早かった。

 直子はじっくりと木彫りの子馬を見つめた。

 色はくすんでいた。

「進介!」

 直子は目を大きく見開き、身体を大きくのけ反らしながら、右手の人差し指を進介に突き付けたまま棒立ちとなる。

「知ってるんですか、直子さん!」

「知らん」

 お約束で周りの裏方連中はこけた。

「知らんのかい!」

「そない驚かないでね」

 直子は進介の肩を軽く叩く。

「皆さん、息がぴったりですね」

「いやあそれほどでも」

「じゃあ始めましょうか」

 客席で最初から成り行きを見守っていた溝口が声をかけた。

 稽古が始まる。

 第1場は茶店。

 花道から出て来る直子。花道七三で立ち止まる。

「まあまあ綺麗な所やのう」

 稽古では直子は持ってる力の3分くらいしか出さない。

 台詞も台本通りである。

 その加減さは溝口も認めていた。

 直子にとって、稽古は段取り稽古なのだ。

 自分の立ち位置、小道具の確認などだ。

 台本では、この茶店に上手袖から「ミヤコ」ちゃんが出て来る。

 ミヤコとは被り物の劇場マスコットキャラクターである。

 喜劇なので、後は直子がどう絡み、笑いを生み出すかにかかる。

 このキャラクター被り物も小道具の管轄だった。

 上手袖で、頭は出る直前まで被らない。

 被ると一気に顔から汗が滝の様に吹き出す。

 順子がまずやる段取りだった。

 そばに進介と弘美がいた。

「三人順番にやって貰うから」

 順子は云った。

「えっ!でもまだ初めてだから」

「こんな被り物、私も初めてやわ!」

 順子は睨みつけた。

「いつまでも、初めてですっては通用しない」

「そう!そんな事云うてたら、いつまでも出来ひん!」

 二人からの総攻撃に進介は身体を丸くする。

「はい、まもなく出番です」

 舞台袖にいた舞台監督が来た。

 出る切っ掛けを云うのも舞台監督の仕事だった。

 直子が団子(消えもの)を食べ始める。

 賑やかな音楽が鳴る。

「はいどうぞ!」

 順子は頭を被り出て行く。

「おやまあ、大きな人、あんた、名前は」

「私の名前はミヤコです」


 これは音響から出ている。

 予め録音したものだ。

「団子食べるか」

 順子は大きく手を振る。

「そない遠慮せんと」

 順子は手を振る。

 直子は近づく。

「はいストップ!」

 溝口が声を掛ける。

 溝口が舞台に来た。

 順子は頭を脱ぐ。

 汗びっしょりである。

「溝口さん、なんや面白くないんよねえ」

「カットしますか」

「いや折角、都座のマスコットキャラクターやしねえ」

「でもゆるキャラブーム終わってますしねえ」

 溝口はカットしたがっていた。

「ちょっと考えさせて下さい」

「わかりました」

 溝口が客席に戻る。

「じゃあ団子のからみの後しましょう」

 再び直子の台詞。

「じゃあミヤコさん、お元気でね」

 順子は大きく手を振る。

「そこで、上手退場の時、ミヤコは客席にも手を振ってみて」

 溝口の声が飛ぶ。

 大きく手を振り、幕袖に戻って来た。

 頭の被り物を取る。

 順子の頭から湯気が出ていた。

「やはり3人交代で行こう」

「そうねえ」

「昼夜二回公演の時は、昼、夜交代で」

「それがいい」

「この被り物の中、めちゃ暑い」

 順子は、弘美が持って来たペットボトルの水を一気飲みした。

「そんなに暑いですか」

「あんたねえ、舞台はここと違って、上から左右からの照明ライトで暑いの」

「おまけにセンタースポットライトも当たってます」

 弘美が補足説明した。

「そうなん?」

「はい」

「今、5月でしょう。8月の屋外でやってるショーで縫いぐるみの中入る人、地獄やわあ」

「確かに、死者も出てます」

「順子さん、教えて下さい」

 進介は真顔で聞く。

「何を」

「どんな演技するんですか」

「どんなって、きみ、舞台見てたでしょう」

「はい」

「適当」

「適当ですか」

「はい。但し、直子様には逆らわない」

「と云いますと」

「あの人、稽古と本番全く違うから」

「しかも、毎日違うから」

「毎日ですか」

「それと下手にアドリブ演技したら、無茶反撃して来るから」

「どうすればいいんですか」

「だから、直子さんには逆らわずに素直にね」

「素直にですか」

 進介は反すうした。


      ( 2 )


 初日館前行事。

 南座では、よく初日の開場前に劇場正面玄関前で、何人かの出演者が出て来て、挨拶して酒樽の鏡開きを行う。

 今回は鏡開きはなく、挨拶のみとなった。

 それにゆるキャラ「ミヤコ」も出演する事になった。

 ツイッター、ブログ、新聞などで告知していたので、大分人が集まって来ていた。

 最初は宣伝部の人が話していた。

 正面玄関の中には直子と小道具係3人がいた。

「今日は、誰が入るの」

「はーい!」

 弘美が勢いよく手を挙げた。

「順子さんは」

「舞台で」

「で、きみはいつまでも見守り隊か」

 直子の視線が進介に向く。

「はい」

「順子さん、この人にも舞台やらせてよ」

「もちろん、やらせます」

 大林が入って来た。

「そろそろ出番です」

 進行表では直子の挨拶に続き、名前を呼ばれてミヤコ登場となる。

 弘美が頭を被る。

「一気に温度上昇!」

「そうやろう。我慢ねえ」

「外やから、ライトの光りない分、楽かも」

 直子が名前を呼んだ。

 ミヤコが出て行く。

「皆さん、南座のゆるキャラ(ミヤコ)です。知ってましたか」

「知らん!」

 最前列の客が叫んだ。

「おっちゃん、そない力込めて云わないで下さい」

「知らんもんは知らん!」

「私、おっちゃんの事知らん!はい皆さん、ご一緒に知らん!有難うございます」

 直子の話術で急速に館前が和んで来た。

「ミヤコ、年幾つなの?」

 直子のアドリブ指導が開始した。

 中に入ってる弘美は、一瞬身体が固まったが、咄嗟に右手で(三つ)と表示した。

「三つなの?」

 頭を振る。

 直子が近づく。

「何、三つじゃなくて、30歳てか!年行き過ぎじゃあ」

 直子は思いっきり、頭を叩いた。

 その拍子に、頭がぽろっと外れて前に落ちた。

 観衆はわああと叫んで笑い転げた。

 笑いは、直子を爆走させるエネルギー源だった。

「頭、頭!」

 わざとらしく大げさに狼狽えた直子は頭を取ると、すぐに被せた。

 しかし、前後わざと間違えてかぶせたので、弘美は全く前が見えなくなった。

 うろうろしていて、段にけつまづいて倒れた。

 その上から直子は笑いながら被さる。

 それを見て観衆の笑いが重なる。


 館前行事が終わり、再び正面玄関の中に入る。

「お疲れ様」

 直子が声かける。

 頭を取った弘美は汗びっしょり。

「弘美ちゃん、あんた笑いのセンスある」

「有難うございます!」

「進介くんも見習って!」

「はいわかりました!」


 こうして公演が始まる。

 初日の緊張は、裏方も同じだった。

 日を追う事に芝居も固まり始めた。

「じゃあ、そろそろ進介くんもやってみるか」

 順子が小道具部屋で云う。

「そうやねえ。始まって7日目。丁度よいわね」

 弘美も同調した。

 進介被り物デビューが決まる。

 当日、舞台袖で順子は云う。

「今日は、進介くんが中に入ります」

「デビューやねえ」

 直子はにやける。

「よろしくお願いいたします!」

「はい、はい」

「お手柔らかにお願いします」

 順子は直子の耳元で囁く。

「わかってるって!」

 直子のにやける顔のしわが増した。


 芝居が始まる。

 舞台監督の合図で進介ミヤコが上手から出て行く。

「あれっあんたは!」

「ミヤコです」

「皆さん、南座のゆるキャラのミヤコです。さあ二人で挨拶しよな」

 直子は腕を引っ張り一列に並び、頭を下げさせた。

「さあ、ここへ座ろうなあ」

「はい」

 床几に座らす。

「団子食べるか」

 ミヤコは顔を横に振る。

 舞台袖では順子、弘美が心配そうに見守る。

 その後ろには舞台監督もいた。

「アドリブ攻撃始まるかな」

 くすっと小声で舞台監督はつぶやく。

「進介くん、新人やからお手柔らかにと云うときました」

「さあ、直子さんにはそれ通用しないよ」

「そうでしょうか」

 舞台監督の読みは当たっていた。

 団子を食べるのを拒否しているミヤコに無理やり食べさそうとする直子。

 被り物なので、食べるのは無理である。

 最初、無理矢理口の中に団子を突っ込んだ。

 進介はおおいにむせた。

「大丈夫かあ」

 直子は最初は背中をさすっていたが、むせるのが続くので、無理矢理頭を取った。

 わあと観客が笑いと悲鳴が交差した。

 進介の本当の顔がさらされた。

 直子は進介を見て、一瞬固まる。

 しかしすぐに演技を続ける。

「さあこれで食べやすなったやろ」

 さらに団子を食わす。

 そして頭を前後逆さまにしてどんと強く上から被らせた。

 その振動で、進介がバランス崩して床几から仰向けに倒れた。

 馬乗りになって、さらに団子食わそうとする。

 這いつくばって逃げようとするが前が見えないので、茶店の柱に頭をぶつけてまた倒れる。

 もうこうなると爆笑の渦と拍手が爆誕していた。

 やっと解放されて舞台袖に引っ込む。

 進介は頭を取る。

 その瞬間を順子はスマホで写真にアップ。

 弘美は先程から動画でずっと撮っていた。

 袖でも笑いが続く。

「きみ、持ってるなあ」

「な、何がですか」

「笑いのセンス」

「あ、有難うございます」

 進介は汗で目が痛い。

 髪は、プールから上がったように汗で濡れていた。

 小道具部屋で、順子、弘美の二人で下の縫いぐるみを剥がした。

 進介はその場にへたり込んだ。

「やっぱり舞台は暑いです」

「わかったか!」

「はい。照明の光り、半端ないす!」

「鮮烈デビュー!」

「おめでとう!」

 順子と弘美は拍手した。


 後日、消えものの件で進介が呼び出しを直子から喰らう。

 心配な順子と弘美はついて行く。

 その日は昼1回公演だった。

 楽屋に顔を出す。

「何や、進介くんだけでよかったのに」

 直子は二人を見て云う。

「保護者です」

「保護者か。過保護はあかんよ」

「それで何でしょうか」

「これ食べて見てよ」

 直子は小皿に乗った団子を差し出した。

 順子は一口食べた。

「どう、味は」

「普通ですけど」

「進介は」

 今度は進介が食べる。

「何や違う」

「でしょう」

 勝誇ったように直子が立ち上がる。

「どう云う事でしょうか」

「いつも食べてる団子と違うの!」

 第1場の茶店の場で、直子は毎回団子を食べている。

 団子は消えもので毎朝、その都度、補充していた。

「でも毎日、買ってるお店一緒ですよ」

「どこの団子」

「南座の隣りの阿国堂です」

「ほんまか」

「はい」

 今度は弘美が食べる。

「確かに違いますね」

「弘美ちゃん、わかるの」

「はい。こう見えてもグルメ舌なんです」

 

 小道具部屋に戻った順子は開口一番、

「絶対云いがかりやわあ」

 と憤慨した。

「そうやねえ」

「毎日、同じ阿国堂で買って、小道具部屋に置いて出してる。すり替えなんて絶対に出来ないんよ」

「もしあるとすれば」

 ここで進介が言葉を挟んだ。

「もしすり替えるとしたら、小道具部屋に保管した団子を舞台に持って行くまでの時間やねえ」

「小道具部屋!」

 順子と弘美は辺りを見渡した。

「監視カメラはここにはないし」

 その時、進介の視線はある物に止まる。

「監視カメラはなくとも、代わりの物はありますけど」

 その言葉に二人の視線はそこへ向く。

 順子は進介の頭をはたいた。

「あんた、たまにはええ事云うやないの!」

「痛っ!」

「そうやねえ。その手があったわねえ」

 弘美も同調した。

 早速、実行する事になった。

 阿国堂で買った団子を小道具部屋に持って行く。

 舞台に出すのは生ものなので、幕が開く手前、開演5分前である。

 弘美、進介は準備を終えるとあえて、小道具部屋から離れた。

 順子は小道具部屋に残る。

 但し、そのままではなく、縫いぐるみの中に入って座っていた。

 舞台使用される「ミナミ」の縫いぐるみも小道具係の管轄だった。

 両目の下辺りに空気取り入れ口がある。

 そこにスマホをセットしていた。

 誰か来たら録画を作動させる事が出来る。

 こう云う案件は、証拠がないと、犯人との「盗んだ」

「盗んでない」の水掛け論になってしまう。

 それを提案したのも順子だった。

 これをやり始めて、4日後。

 つまり3日間は空振りだった。

 しかし、ついにその日はやって来た。

 小道具部屋に入る不審人物。

 スマホの録画ボタンを押す。

 全く置物の縫いぐるみの中にいた順子。

 不審人物がこちらを見た。

 順子の背中に旋律が束になって幾度も流れる。

 思わずのけ反りそうになる。

 ぐっと動くのも我慢した。

 その人物は、保管している団子を懐に入れる。

 代わりのものを差し出した。

 包み紙は全く同じ阿国堂だった。

 形も同じだった。

 だから小道具係は気づかなかったのだ。

(でも何のために!)

 不審人物は舞台で使われる黒子衣装で、頭巾の前を垂らしていた。

 すぐに出て行く。

 大きなため息が出た。

 さっそく、縫いぐるみを脱ごうとした時だった。

 「ミヤコ」の頭の部分の内側に、引っ付いているものを見つけた。

 スマホをマグライト機能に切り替えて見た。

 ゆっくりと剥がした。

 手のひらに乗せた。

「これは・・・・」


    ( 3 )


 公演後、証拠のビデオを直子に見せる決心をした。

 順子と弘美、進介が直子の後を追う。

 楽屋で見せるのはためらわれた。

 直子は祇園町へ向かう。

 四条通を八坂神社向かって歩く。

 花見小路に入る。

 ここは電線が地中化されて空が広く感じられる。

 地面は化粧タイルが敷かれていた。

 時刻はまだ7時過ぎ。

 大勢の観光客が歩いていた。

 突き当りが建仁寺だった。

 途中左の路地に入る。

 一軒の表札だけある町家に入る。

 表札には「華いかだ」と書かれていた。

 ここは一見さんお断りのお茶屋だった。

「これなら入れませんね」

 弘美がつぶやく。

「行くわよ」

「先輩、でもお茶屋さんは入れないでしょう」

「入れます」

 順子は知っていた。

 昔、消えものでお世話になった所なのだ。

 直子が入ってしばらく時間を置く。

 順子はスマホで連絡。

 10分間合いを置く。

 通りに面した格子戸を開く。

 石畳の道がS字に続く。

 完璧な民家である。

 これなら、絶対にわからない。

 ここがお茶屋だと知っているのは常連客のみだろう。

 小径には手水鉢も置かれていた。

 棟続きの母屋とは別に茶室が見えた。

 2回目の格子戸を開く。

 女将がいた。

 順子を見るなり、口に指を当てる。

 静かに後ろに従う。

 通された部屋は、直子が入った部屋の隣りだった。

「女将さん、すみません」

「いいえ、ごゆっくりと」

 女将は黙って、順子に小さな箱を渡した。

 どうやら、隣りの部屋の音がわかるものだった。

 直子の部屋に連れが入る。

「お久しぶりだなあ」

 男の声だった。

 箱の周りに順子、弘美、進介の顔が集まる。

「ご無沙汰してます」

「元気そうじゃないか」

「ええ、おたくさんも」

「いやあこっちは元気じゃないよ」

「どうしはったん」

「まあ色々あってね。本題に入ろう。どうだ。(宝物)見てくれたか」

 宝物の言葉に、順子、弘美、進介は互いに顔を見合わせた。

「宝物って何ですか」

 進介が聞く。

「しー!」

 順子が指を口元に持って行く。

 また直子と男が話し出した。

「ええ、たっぷりと見ました」

「そうか。それはよかった。それで感想は」

「えらい変わりようで、ほんまにびっくりしました」

「それは手紙にも書いただろう」

「へえ、まあそれだけ私もあなたも年を取った事の証しでしゃろ」

 はんなりとした直子の京ことばが耳に心地よい。

 直子の生粋の京都人だからだ。

「最初見た時、私も驚いた。でもすぐに慣れた」

「確かにねえ」

「あんなもので驚いていたら、変化の激しい世の中生きていけない」

「あんさんが、その変化に気づいたのはいつ」

「最近だよ」

「そうですか」

 男は何やら探しているようだ。

「これ、覚えているか」

「まあ懐かしい」

「これが宝物と一緒なんだ。今でも」

「今でも」

 会話が途絶える。

 仲居が料理を運んで来たようだ。

 3人は、直子と話している男の正体を知りたかった。

 しかし、それは女将は許さなかった。

 祇園では、個人のプライバシーを最大限尊重して守る。

 今回の音声盗聴は、特別なものなのだ。

「今見せるのはやめます」

 順子は宣言した。

「どうして」

「事件を全て解明してから、全て見せます」

「いよっ小道具探偵!」

 進介が大向こうした。

 簡単に食事を済ませた。

「でも一つ気になりますね」

 進介が話し出した。

「何が」

「宝物と今でも一緒のもの」

「ああ、それ私も気になった」

 弘美が同調した。

「まさか直子さん直接に聞くわけにもいかないし」

「そうよねえ」

 直子が出てから30分程、遅らせて出た。

 店の前で進介は別れた。

 順子と弘美は、近くの喫茶店に入る。

「どうも気になるなあ。直子さんの宝物の中身」

 弘美がつぶやく。

「私も。ヒントは直子さんが最近見たもの」

「さらに、歳月で変化したとも云ってた」

「それって、劣化したって事なのかなあ」

「それ違うと思う」

「どうして」

「それならはっきりとそう云うよねえ。劣化したとか、朽ちたとか」

「そう。二人とも(変化)と云ってた」

「しかも元旦那はこうも云ってた。(最初はびっくりしたけど、慣れた)って」

「それも気になる」

 二人はぼんやりと辺りを眺めた。

「あれ、順子、首筋のファンデーション落ちかけ」

 弘美が指さした。

「そう」

 順子は慌てて首筋にスカーフ巻いた。

「暑くなるのに、スカーフって」

「肌が弱くて、被れやすいの」

「そうなの」

 弘美は凝視した。

 店内には、赤ん坊を連れた家族連れがいた。

「可愛い!」

 弘美がつぶやく。

「赤ん坊は、家族にとって家の宝物よねえ」

「まったく」

 入り口の音がして大林が入って来た。

「大林さん!」

「おお、小道具探偵さん」

「やめて下さい」

 大林は席に着いた。

「大林さん、進介くんって、誰の紹介で入って来たの」

「さあ個人情報ですので、勘弁して下さい」

 大林は謝った。

 しきりに額を擦った。

 順子は見ていた。

「今日の順子さんのスカーフ素敵ですね」

「葉っぱがデザインです」

 大林は褒めた。

 赤ん坊が泣き出す。

 両親があやす。

 大林が立ち上がりそばまで行く。

 両親は怒られると思い、身構えた。

 大林は変顔をした。

 すると今まで泣いていた赤ん坊が急に泣き止んだ。

「さっきまで泣いてたのに、急に泣き止んだ」

「恐るべし赤ん坊の変化!」

 順子がつぶやく。

 それを聞いて弘美が、がばっと立ち上がる。

 急な動きなので、順子はのけ反った。

「それ、それです!」

「ど、どうしたんですか!」

「全て謎が解けました!」

 弘美は大きくうなづきほほ笑んだ。


 昼一回公演終了。

 舞台の装置は片付けられていた。

 裸舞台に作業灯がついている。

 本公演の時の前後左右、真上からの幾つもの照明器具の明かりはなくて、ボーダーライトの両端と真ん中にぽつんと明かりがあるだけだった。

 もちろん、客席後方からのセンタースポットライトも左右のフロントライト、大天井に設置されたシーリングの明かりもなかった。

 客席もさっきまでの観衆のどよめき、笑い、拍手がなくなり静かに眠りについていた。

 舞台に弘美と進介がいた。

 客席には直子と付き人がいた。

「小道具さんのお芝居が観れるて嬉しい」

 直子は一人はしゃいだ。

「いえ、芝居ではなくて報告です」

「報告?何の?」

「事件報告です」

「事件?何の」

「これから説明します」

 弘美が下手の綱場に合図した。

 上からパネルが静かに降下して来た。


小道具事件

1 直子さんの宝物とは

2 団子すり替え事件


「実は1と2は別々ではなくて、クロス、交わっていました」

「それは」

 直子は云いかけてやめた。

「続きをどうぞ」

「はい。直子さんには昔結婚して生まれた子供さんがいました」

「遠い昔の話」

「そして最近、元旦那さんとお会いになりましたね」

「小道具探偵さん、よお調べてはる」

「はい。二人には(宝物)がありました」

「はい」

「宝物の件はひとまず横に置いておいて。2の事件をお話します」

「はい」

「舞台で使う食べ物。通称(消えもの)と呼んでます」

「それ、私も知ってます」

 合いの手を入れるように、直子は逐一反応した。

「ある日、団子の味が変わったと直子さんが云い出しました」

「ほんまに変わったんやから」

「直子さん」

 ここで弘美は言葉を区切り、直子を凝視した。

「本当は、味なんかどうでもいい。ある事を確かめたかったから、小道具さんを呼んだんですね」

「それは・・・」

 直子は言葉を詰まらせた。

「小道具係ではなくて、進介くんだけを呼びたかった」

「僕?」

 進介はきょとんとした。

「進介くん、もうお芝居は終わりです」

「そんなあ」

「直子さんは、もう一度確かめたかったんですよね」

「だから、何を!」

「本物の宝かどうかを!」

「一体何を云い出したんですか」

 進介は呆れかえった。

 弘美は無視して説明を続けた。

「進介くんが縫いぐるみ来て舞台出た時、直子さんは頭の縫いぐるみを外しました。その時進介くんの事を見てはっとしました。恐らく、二つの事が脳裏に浮かんだと思います。

 この時、パネルの横にスクリーンが降りて来た。

 それには木彫りの子馬が映っていた。

「初対面の時、進介君はわざとこの子馬を直子さんの前で落としました」

 進介の顔色が急変した。

 明らかに狼狽が生まれていた。

「何故わざとか?それは直子さんの宝物に結び付くからです。そして進介くんは、これもあの人に云われた通りにしましたね」

 弘美は進介を見つめた。

「私も順子さんも最初、直子さんの宝物の事を、もの、つまり物体だと思い込んでました。人間、思い込むと、そこから脱却出来ないんです。でも喫茶店で赤ん坊連れた家族を見てはっとしたんです」

「そう云えば、順子さんはどうしたの」

 直子は聞いた。

「ご心配なく。まもなく出て来ます」

「話を元に戻しましょう。(宝物)それは物体ではなくて、そう、人間です。かけがえのない一人息子さんです。そうですね」

 見る見るうちに直子の目に涙が生まれていた。

「久し振りに逢った息子、そうです。進介君を見て感極まった」

「はい、そうです」

「お母さん!」

 進介が舞台を降りて客席に行こうとした。

 しかし、背後から羽交い締めした。

「だから、もう芝居はやめろって!」

「芝居?」

「一人息子の身体の特徴は、首筋になる大きなほくろですね」

 弘美は進介の首筋を見た。

 確かに大きなほくろがある。

「進介にもほくろあるよ」

 直子が云う。

 弘美がスクリーンの画像を次に送る。

「これは進介くんが初めて縫いぐるみをした時に出演して舞台袖に引っ込んだ時です」

 それには、汗だくの進介が映っていた。

 さらに拡大した写真が映る。

「これ見て下さい。これにはほくろがないです」

「ほんまやあ。これどう云う事?」

「進介君がつけているのは、つけほくろです。ではつけていたほくろはどこへ行ったのでしょうか」

 スライドが切り替わる。

 ゆるキャラ「ミヤコ」の頭の部分が映る。

「団子すり替えの犯人を捜すために、順子さんは縫いぐるみの中に入りました。そして犯人が現れました。証拠の映像がこれです」

 画像に切り替わる。

 順子がスマホで撮影したものだった。

 黒子が、小道具部屋に現れて団子をすり替える仕草をした。

「これが犯人です」

「で、犯人は誰?」

 直子が聞く。

「この方です。どうぞ」

 上手袖から大林が出て来る。

「ばれちゃったか」

「直子さんが団子がすり替わったと云うのを受けて、その事実作りをなさいましたね」

「ああそうだとも。でもどうして私だとわかったんだ」

「額の汗を拭く動作。喫茶店で逢った時も同じ仕草したと順子さんから聞きました」

「大林さん、もう一つ大事な事話すのを忘れてませんか」

「それは」

「じゃあ私の方から云います。直子さんの結婚した男、それは大林さんですね」

「大林さんだったんですか」

 進介が驚く。

「だから芝居はするなって!しまいに殴るよ」

「すみません」

「大林さんは、進介くんを使って、直子さんに近づかせた。つまり息子役でね。では何でそんな事したのか。二人の宝物、つまり息子の変わりようを、直子さんに知られたくなかった」

「あの手紙で宝物が変化したって書いてあった」

 直子はつぶやく。

「それは本当だ」

「そうです。直子さん、あなたの本当の息子さんがこの方です!」

 弘美は後ろに向かって手を大きく伸ばした。

 舞台の真ん中の黒幕が真ん中から左右にゆっくりと開く。

 その人物が見えるとセンタースポットライトが全身を包み込んだ。

「順子?えっ何?どう云う事」

 直子は立ち上がり、言葉に詰まる。

「わけわからない」

「そうです。順子です。私は身体は男。でもこころは女なんです」

「だから私は云っただろう。(変化したけど、慣れれば大した事ない)って」

「そうやったんかあ」

 直子はその場でしゃがみ込んだ。

「一つ云わせて」

 順子が云った。

「進介くんのつけほくろ、いつ気づいたか云います。団子すり替えの犯人捜しで、小道具部屋の中で縫いぐるみの中に入っている時に、見つけました。どうぞ」

 順子は弘美に合図送る。

 スライドが切り替わる。

「ご覧のように、縫いぐるみの頭の部分の内側にへばりついているのを偶然発見しました」

「そうやったんかあ」

 ゆっくりと直子が舞台に上がって来た。

 直子は順子を見た。

 順子の首に巻いたスカーフを取る。

「ほくろはどうしたん」

「目立つんで、美容外科で削除しました」

 うっすらと跡があった。

「ほくろは削除出来ても、親子関係は削除出来ない」

 順子の目にも光るものが芽生えた。

「ごめんなさい」

「何を謝るの?元気でいてくれた。それだけで十分です」

「お母さん!」

 直子と順子はひしひしと抱き合った。

 見守る進介、大林も泣き出した。

「ええ話やなあ」

 進介が大泣きしていた。

「ところで、あんた一体誰なん」

「すみません、うちの今の息子です」

 大林が頭を下げた。

「再婚した子の息子」

「そうかあ」

「外見が女になってしまった息子の本当の姿を見せるのがためらわれました。すまなんだ」

「もう、役者を騙すなんて、百年早い!」

 千秋楽。

 芝居の大詰。

 お殿様に化けて乗り込んだがばれて、田舎に帰る事になった。

 舞台には、それを見送る殿さまと家来と大勢の人。

 直子扮する主人公なおの隣りには馬が一頭いた。

 馬と云っても本物ではない。

 馬の被り物をかぶって前足と後ろ足の二人が立つ。

 これの管轄も小道具係だった。

 いつもなら、弘美と進介が担当だったが、今日は前足順子、後ろ足進介となる。

 これは順子の自らの強い希望だった。

「母親と同じ舞台を踏みたい」と云うもの。

 本来、自分も役者でないとその希望は叶えられない。

 しかし、被り物の中と云えども、同じ舞台に立つ夢は叶えられた。


殿様 田舎へ帰るなら、その馬に乗って帰れ

なお お殿様、馬をくれるんですか。有難うございます

殿様 これからどうする

なお ひっそりと暮らします。お殿様、一つ聞いて下され

殿様 何じゃ云うてみい

なお 私は、お殿様の恰好して、にせ殿様になったのは謝ります。でも偽物を演じる

   のは、本物が好きな証拠でございます。

  (後ろ足の進介はこれを聞いて、足が震え出し、泣き出した)

殿様 そうだったのか

なお はい。みやこに出て来てよかった事がありました

殿様 何じゃ

なお 小さい時に食い口減らすために、子供を手放しました。その子供は男の子でし

   た。その子供と再会出来ました

殿様 それはよかったのう

なお ところがどっこい。男の子だったのが、女の子に変身しておりました

殿様 それはけったいな話。もう少し仔細に話せ

なお へい。歌舞伎小道具係の女形です

殿様 歌舞伎の世界は、男が女を演じる。裏方もその影響を受けたかもしれぬ。どこ

   でわかった

なお 首筋の大きなほくろ

殿様 見つけてよかったのう

なお 母親と云うのは、子供が幾つになっても子供。男の子生んだのが女の子になっ

   ても、子供は子供。男の子から女の子、二重の喜びでございます。

   (今度は前足の順子がアドリブの台詞を聞いて足が震え、泣き出した。)

なお 何や、この馬、足が震えてる。おしっこしたいんか

   事情知らない客席から笑い声が聞こえた。

なお なあお馬さんよ。お前の母さんはどこへ。離れ離れ辛かろうが、頑張れよ

   それでは、皆さんごめんなさって

   (なお、家来に助けられて馬に乗る)

なお なあお馬さんの足の人よ。よく聞け、人にはそうてみよ、馬には乗ってみよ。

   これからも末永く、お願いしますよ!

   (析頭一つ鳴る)

なお 御免下されや

   (なお頭を下げる)

   (前足と後ろ足の震えがひどくなる)


   観客のこころ模様とは別の感情が順子と進介の中で渦巻き、爆発した。

   涙で前が良く見えない。

   ふらつきながらも、必死で歩み始める順子だった。

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