中編:控えめに言ってゴミ

「いたぞ、グローブカンガルーだ」


 森の中。先頭を歩いていた煤武が、進行方向を指さした。


 その先には、言った通りグローブをはめた、人間サイズのカンガルーが川の水を飲んでいた。


「で、でも、どうやって倒すんですか? 私の知る限り、グローブカンガルーは足が速いですから、うまくやらないと逃げられてしまうかもしれませんよ?」


「なぁに、簡単だ。知ってるか? グローブカンガルーの習性を」


 にやりと含み笑いをする煤武に、筒木は懐疑的な視線を向ける。


「習性? あんたそんなの知ってるの?」


「ふっふっふ……。グローブカンガルーはな、熱い漢なんだ」


「漢……?」


 後路は目を細めてグローブカンガルーを観察した。


 背中を向けられているので、漢の象徴は確認できなかった。


「ここからじゃ性別とかわかりませんけど……」


「漢ってのは、拳で語り合うものなんだよ」


「え、あの……」


「後路ちゃん、こいつ自分の世界に入ると周りが見えなくなる馬鹿だから、私たちはとばっちりを受けないように遠くに離れておきましょう」


「あ、はい……」


 それでいいのかと疑問符を浮かべた後路だが、筒木の言うことなら間違いないだろうと素直に従うことにした。


 陽キャに弱い生き物だった。


「さあ、いくぜえええ!!」


 後路達が20メートルほど離れたところで、自分語りを終えたらしい煤武がグローブカンガルーへと突進していく。その手には何の武器も握られていない。


 如いて言うなら、拳を握っていた。


「えっと……」


「あんな馬鹿でも、大切なクラスメートだから………骨は拾ってあげなきゃ可愛そうじゃん」


「なんかいいこと言ってる風ですけど、要するに見捨ててますよね……?」


「さあ、煤武の雄姿をこの目に焼き付けよう!」


「え、ええと……お、おおー!」


 憧れの筒木に続いて、ヤケクソ気味に声を張り上げて煤武の戦いを見届けることにした後路だった。


 その視線の先では、今まさに煤武とグローブカンガルーが接敵しようとしていた。


「おらぁああ!!」


 先に仕掛けたのは煤武だった。


 川の水を飲んでいたグローブカンガルーは、煤武の声に反応して勢いよく振り返る。目の前に迫る拳を見て、何かを察したかのような表情を見せた気がした。


 煤武の拳を、カンガルーは顔面で受けた。


「なっ……!」


 驚いた表情の煤武、にやりと含み笑いを浮かべ一歩も引かないカンガルー。相対する二人が対照的に映ったのは一瞬。目と目が合ったと思えば、それが合図とでも言わんばかりに二人は拳を振り上げた。


「おらおおらおらおらおらおらあああ!!」


「ヴぉおおおおおおおおお!!!!!!!」


 次の瞬間、嵐のようなラッシュの応酬が始まった。


 腹、顔、腕、脇……とめどなく繰り出される拳によって、両者とも皮膚が赤く腫れあがり、見る見るうちに内出血が増えていく。


 それを遠目から、冷ややかな眼で眺める二人。


「………なんですか、あれ」


「言ったでしょ。馬鹿なんだよ」


「ヒーラーとは、一体………」


 考えることを放棄した筒木と、武術家として謎の敗北感を味わう後路だった。


「や、やるじゃねえか………!」


「ヴぉ、ヴぉお……」


 流石に全力ラッシュはそう長く続かず、馬鹿二匹は膝に手を置き、肩で息をし始めた。


「だがなあ! この私には切り札がある! さあ刮目せよ! 『ヒール!』」


 短い詠唱を唱えた煤武。直後、周囲を淡い緑色の光が包み込んだ。


 半径10メートルほど。


「………いや、広くね?」


「ヒールなら、広くても一メートルくらいだと思いますけど……」


 煤武のヒールによって、たちまち傷は治り始める。内出血で紫色になっていた肌は綺麗な肌色に戻り、腫れていた瞼は小さくなり、乱れた毛並みは艶を取り戻していく。


 カンガルーも元気になっていた。


「なにしてんのっ!?」


 呆れよりも驚きが勝ったのか、筒木は思わず声を張り上げた。


「………あの、思ったんですけど、そもそも煤武さんの職業って何なんですか?」


 ゲームに詳しかった後路でも、魔術師のような恰好をする回復系職業は見たことがなかった。


「え? えーっと……確か、大魔術士とか言ってたかな」


「……………大魔術士には、魔法範囲を拡大させるパッシブスキルがデフォでついてますね」


 あくまで後路がやっていたMMORPGの話ではあるが、職業ごとにパッシブスキルはことなるものの、アクティブスキルはすべて共通。とはいえ得意スキルには補正がかかるので、職業に適したスキル以外はまずとることはない。


 だが、もしも大魔術師でありながら『ヒール』のスキルを取得していたのだとしたら。それが、異世界仕様に代わっていたとしたら。


「…………………え、ごみじゃん」


 熱い握手を交わす煤武とカンガルーを前に、筒木は何の感情も読み取らせない無表情で、言った。






頭を空っぽにして馬鹿を書くのは楽しい

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いせかいびより @misisippigawa1

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