1-5 視線
「お待ちしておりました……! 咲元帥、大地元帥」
後藤の言葉に、榊原は驚愕した。
この若造と子供が元帥?
いざ対峙してみると、想像よりもさらに子供じみた見た目をしていた。
しかしこのとんでもない呪力、霊力、どちらとも理解出来ないほどの存在感。
見た目は25歳前後の男に肩車をされている白髪の少女である。
男の方は健康的な肉体をした爽やかな好青年、少女は10歳前後のあどけない表情をして、ホットパンツとタンクトップという露出、というより子供らしい服装をしていた。
「女の子間に合うかも。大地、ここで待ってて」
「あいよ。気ぃつけろよ」
「ん。みんな、ちょっとしんどくなる。頑張って」
「は! お前ら、気合い入れろおお!!」
後藤が叫んだ。笑みを浮かべたヤケクソの表情である。鏑木は後藤のあんな顔は見たことがない。霊媒師が気合いという言葉を使うことは、まずない。しかし、榊原は言葉の意味を即理解した。
咲が大地の背を降りた瞬間、感じていた呪力がさらに跳ね上がった。もうどれほどの量なのか理解もできない。
沢山とか、いっぱいとか、そういう感じである。奥歯を噛み締め、その重圧を耐え忍ぶ。
「ぐぅあああああ!! なんなんだ、これ!!」
「これ、とか言うな失礼だろ!! 咲元帥のお力だ、敵意はない! とにかく気合いで耐えて結界を維持しろ、溢れ出したら二次災害が起きるぞ!!」
咲は失言に焦った顔をした榊原に対して気にしてないよ、と微笑むと、まるでそこに何も無かったかのように、血と霊力と塩を中将5人で練り込み維持している結界を跨ぎ、中に入った。
大地から一歩、また一歩と離れるたびに、その重圧は増していく。
しかし、こちらに危害があるわけではないため、限界が来るとしたら精神的に気圧されて気絶してしまう時である。
後藤の、気合をいれろ、という言葉を痛いほど理解した。
「ううう!!! アアア!!!!」
静香の姿をした呪いは恐怖からか呻き声を上げ、そして突撃した。すると、静香の周囲が黒い霧に覆われ、咲の背後の中に吸収されていった。
咲の目の前に来る頃には、静香についていた呪いは完全に消え去った。
倒れそうになる静香の体を、いつの間にか結界内に入っていた大地が抱き止めた。
「おっと、役得役得」
「大地、えっち」
咲はそう言いながら大地の体をよじ登り、また肩車の定位置に戻った。
「S級が、一撃、どころか接近しただけで消滅した……?」
鏑木は後藤と目を合わせて、事実かどうかをお互いに確認した。2人とも同じ顔をしている。つまり、どうやら間違いないらしい。
「みんな、お疲れさん。もう結界といていいぞ。二重結界の外側は維持しといてくれい」
「はっ!」
大地が声をかけると後藤が返事し、皆一斉に跪き荒い呼吸を続けた。
「ひっくり返っていいぞ。疲れただろう」
「し、しかし元帥の前でそのような」
「気にするな、大将でもそうするやつがいるくらいだ。結界の維持も俺達が車に乗るまで必要だしなあ」
「で、ではお言葉に甘えて……失礼します!」
失礼します、失礼しますと皆口々に声をあげ、中将達はひっくり返り呼吸を荒くした。
そばにいるだけでも気圧されそうな重圧はかかるが、咲が大地から離れていたさっきまでと比べれば、大したことはなかった。
榊原は呼吸を荒げながら、シャトルランで限界まで走った子供の時を思い出していた。耳が遠くなっていく。それがなんだかおかしくて、1人で笑ってしまった。
「大地、あっちのおじさん」
「お」
大地は静香を優しく地面に置き服を整えると、ツカツカと大源一の元によっていった。
「呪血してらあ。カカ、大した覚悟だ」
大地はそういうと、大源一の体を手で軽く弾いた。咲が大地から降りると黒い霧が現れ、咲の背後に吸われていった。
すると、気絶し倒れていた一は意識を取り戻した。咲はまた大地の体を急いでよじ登った。
「こ、ここは……」
「終わったぞ。よく頑張ったな」
「お、俺は体内に致死量の呪を取り込んだはず」
「大地がとった。咲が吸った。もう大丈夫。間に合ってよかったね」
「大地……? あ、あなた方が怪異殺しの元帥!? はっ、申し訳ありません! そうだ、娘が! 娘が呪に取り込まれて、どうか祓ってやって__」
「落ち着け、大丈夫だ」
大地が指を刺した方を見ると、静香がスヤスヤと眠っているように呼吸をしていた。
大源一は、もう娘は生きていけないので、せめて安らかに眠れるように祓ってやってくれと懇願したつもりだった。それが、穏やかに寝息を立てていたため、何が起きているのか一瞬わからなかった。
「あ、え、……あああありがとうございます!!」
「気にすんな。じゃあ俺達は帰るから、後よろしく。俺と咲がくっ付いてれば命の喪失は起きないが、存在に気圧されて寿命は縮むらしいからなァ。少将以下の連中は咲の気に当てられて気絶してるから、結界から出たらおこしてやって」
中将達はなんとか体を起こし、膝をつき、「はっ!」と返事をした。2人が見えなくなった頃、またひっくり返って息を荒げたのだった。
二重結界の外側に出たことが、体にかかる負担の変化で分かった時、あらためて中将達は怪異殺しの恐ろしさと、その強さに畏怖した。中将達はゆっくり起き上がった。
「……後藤、タバコ吸っていい?」
「ああ、俺にも一本」
「あれ、辞めたんじゃないの?」
「今日はいいだろ、今日は」
「……だな」
後藤はこの日を境にヘビースモーカーに戻ったのだった。
○
「咲、帰りに何か買ってくか?」
「ハンバーガー! ハンバーガー食べたい!」
「わかった、わかった」
助手席ではしゃぐ咲を撫でながら、運転する大地は答えた。
この車は、霊妖怪怪異対策省が太古から所持していた最上級の封印具を後部座席にくくりつけ、さらに大将達が内部に封印を施した「封魔の月運び」だ。大地の愛車である。
本来この中に入るだけで、中将クラスでも数分で意識が途絶えてしまうほどの霊力、主力を封印する空間だが、咲と大地には丁度いいようだ。
「ポテト! 照り焼き!!」
「あいよ」
バイトの女の子が窓の中に手を突っ込んでしまうと即気絶してしまうので、そこだけ注意だ。
ドライブスルーで注文し、窓をあけて大地が手を伸ばし受け取り、咲に渡した。
咲はニコニコとポテトを頬張り、大地の口元にも運んだ。それを見ることなく、大地は口をあけ頬張った。
いつものことみたいだ。
「四季も食べる?」
「剣はポテトを食べれないと思うぞ」
咲は後部座席に置いていた鞘に包まれた呪具を手に取り、まるで肉親かのように呼びかけた。大地は冷静にそれに突っ込む。これもいつものことだ。
「バーガーは家についてからな」
包みをあけようとする咲に大地が釘を刺した。
「うん! ……やっぱ一口だけ」
「こぼしたりして封印弱まったらまた暫くドライブ出来なくなるぞ」
「ウッ! 我慢する」
「カカ! 現金なやつ。っておい、運転中にポカスカと叩くんじゃない!」
-こら、危ないぞ-
「うわ!! びっくりした!」
「咲に取り憑く暗闇か。俺たちが出会った時ぶりかね」
大地は焦ることなく、念のため車を横に停めた。
-聞こえたようだな。おかげさまでまた回復したみたいだ。早速だが、お前達に頼みたいことが-
「嫌」
-え、まだ何も言ってないんだけど、え?-
「咲が嫌なら俺にも無理だァ」
-そこをなんとか-
「えー」
-咲を解放出来るかもしれんぞ-
「どうする?」
「咲、今の生活気に入ってる。大地がいるし」
「でも俺達不老不死だからな。誰かさんのせいで」
-うっ-
「いつまでもこのままだと地球が爆発しちまう。気が向いた時に聞いてやるよ」
「やるよ」
-ええ、そんな気の遠くなるようなこと-
「そんなことより! ハンバーガー!」
「おう、冷めちゃうもんな。発進!」
「はっしーん!」
-話だけでも!! 聞いてくれ!!-
車は月光に照らされながら、揺れ進む。
⭐︎⭐︎⭐︎
ご愛読頂きありがとうございます!
こちら、カクヨム短編に応募した作品の後日談?となります!
一度完結扱いにさせて頂きますが、お気に入りの作品なのでまた次の章が思い浮かんだら続きを書くかもしれません!
是非しおりを挟んでお待ちくださいませ。
こちらが過去編です、あわせてお楽しみ頂けると幸いです!
老婆は山で骨砕く-怪異殺しの少女と青年- 君のためなら生きられる。 @konntesutoouboyou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます