第33話 佐山 香帆⑦
栄子が豪に堕ちた……。
まあ当然と言えば当然か……。
豪が避妊薬とか言って栄子に胃薬を渡すところを見た瞬間、吹き出しそうになったわ。
でも真人への復讐はまだ終わらない。
栄子が豪の子供を孕み、真人の手で育てさせる。
そして……子供が成人した所で全てを暴露する。
長年愛し育てた子供が自分の子供じゃないと知れば、真人の心は完全に終わる。
それが豪とあたしの復讐劇の結末だ。
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ピンポーン!
ある日……アパートのインターホンが鳴った。
今、豪に可愛がってもらっている最中だって言うのに……間の悪い奴!!
「あたしちょっと出てくるわ」
仕方なくドアを開けて応対しようとすると……。
「むぐっ!!」
ドアを開けた瞬間、覆面を被った連中にいきなり湿った布を口に押し付けられた……。
何これ?……なんか薬みたいな香りが……っていうか何?
めちゃくちゃ眠い……。
訳も分からないままあたしは睡魔に意識を持って行かれた……。
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……何?
なんか体中が熱い……口の中もなんかべとべとする。
いや……この感覚は身に覚えがある。
「!!!」
意識をはっきりと取り戻したあたしの視界に映ったのは顔も名前も知らない屈強な裸の男達。
いつの間にか全裸にされているあたしの体に、男達は一心不乱に欲望をぶつけてくる。
こいつらに押さえつけられているせいで逃げようにも逃げられない。
一体何が起きたの?
確かあたし……アパートの前で変な奴らに襲われて……それからよく覚えてない。
なんか埃っぽい倉庫みたいだけど……ここがどこかはわからない。
「智樹テメェ……マジで俺に何をする気だよ!」
「何をって決まってんだろ? 復讐だよ」
犯される中、横目で拘束されている豪が目に入った。
「さて……そろそろゲストを紹介するか。 連れてきてくれ」
さらには栄子と真人まで登場する。
栄子に至っては裸で拘束されたまま床に放置されている。
マジなんなのこれ。
「俺達はゲームがしたいだけだ」
豪と智樹とか言う男の会話を聞く限り……托卵ゲームがバレた腹いせに参加者達が豪に逆恨みしようとしているみたい。
そのために豪の目の前で栄子を犯すとか言ってるけど……どうして栄子を化すことが復讐になるのかわからなかった。
「真人! 助けて!!」
真人に助けを求める栄子だけど、真人はただ傍観するだけ……どうなってるの?
正義感の強い真人が……まして妻の栄子が犯されそうになっているにも関わらず、何もしないなんて……。
「香帆! 早く俺と栄子を助けろ!!」
あたしのことを認識した豪の最初の言葉がこれだった。
あたしが男達に犯されていることを真人のスマホ越しに知ってなお……豪は栄子にのみ目を向け、あたしに栄子を助けろと命じる。
どうして?……それじゃあまるで、あたしより栄子の方が大切みたいじゃない……。
※※※
「あの香帆って女……マジ良い女だよな?」
復讐と称して栄子を犯していた男達だったけど、栄子の体やテクニックに不満を抱き始め……いつしか全員あたしを求めてきた。
栄子に対する興味は失せたようで、あいつは性の掃きだめみたいに扱われている。
男達があたしを取り巻くせいで周りの様子がよくわからなくなった。
あたしはこれまでの経験で得たテクニックとこの体で男達を満足させていくが……次々とゾンビみたいにわいてくるからキリがない。
だからと言ってあたしには選択権も拒否権もない。
ただ黙って相手をするしかない……。
※※※
「ありゃぼりゃべたとのりもともあただあぁぁぁ!」
突然豪が訳の分からない言葉を叫び出した。
全員の注意が豪に向いたおかげで、男達もあたしから一時離れてくれた
豪に視線を向けると、彼は糸の切れた人形みたいにその場で尻餅をついていた。
周囲には豪が吐き出したであろう体液が水たまりのように広がっている。
「あっ……わぁぁぁぁ!!!」
豪はいつに間にか拘束具を外されていたようで、その場から逃げ出してしまった。
あたしや栄子を置いて……。
キキーン!!
外から車のブレーキ音と何かがぶつかる嫌な音が鼓膜を揺らした。
「げぇ!? あの野郎轢かれやがったぞ!?」」
「マジか!? 死んだ系?」
様子を見に行った男達が豪が車に轢かれたと叫び始めた。
まさか……豪は生きてるの!?
豪の元に駆け寄りたい気持ちはあったけど、長時間男達の相手をしていたせいで、体が思うように動かない。
「あ……れ……」
疲れ切ってしまったのか……豪のことがショックだったのか……あたしは意識を失ってしまった。
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「お名前をお聞かせしていただいてもよろしいですか?」
「佐山……香帆です」
次に目が覚めると、あたしは警察にいた。
あたしが意識を失った後、豪の交通事故の件で駆け付けた警察があたしを保護したらしい。
事情聴取の過程で今回の件のことを聞くことができた。
詳細をまとめると……真人と豪に逆恨みする連中が手を組み、豪への復讐を企てたのが事の始まりらしい。
真人は子供と血縁関係がないことを栄子に問い詰めたことで栄子の不貞を知り、復讐に手を染めたようだ。
本来は豪だけを連れ去る予定だったらしいけど、パニくった拉致犯共が豪ごとあたしを拉致したみたい。
マジ笑えねぇ……。
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それからあたしは一度病院で検査を受け、検査の合間に病院で豪の容態は聞いた。
一命は取り留めたけど、全身麻痺で一生ベッドから起き上がれない体になったみたい。
すぐにでも豪の元に行こうとも思ったけど……できなかった。
あたしは今、豪のことがわからなくなっている。
あの場で……豪は犯されているあたしには目もくれず、栄子を守ろうと必死だった。
あたしを愛しているはずなのに……あたしの身を案じてもくれなかった……。
互いに互いを愛しているはずなのに……。
あたしは頭の中を整理するため、異常なしの結果を受けた後、アパートに戻った。
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「……」
帰宅したあたしは窓際の壁に寄りかかった。
部屋の中はあの朝のまま……あの時のあたしは豪との愛を信じていた。
でも今はそれが揺らいでしまっている。
もしかしたら、あたしは大して豪のことを愛していなかったのかもしれない……。
「……」
あたしはふと……タンスの引き出しを開いた。
そこは豪が使っている引き出しだ。
中には豪の服や下着が収納されている。
豪にもう抱かれない寂しさからか……あたしは中に残っていた豪の残り香を堪能してしまった。
我ながら変態だと思うけど、こればかりは理屈やプライドなんて関係ない。
コトッ……
引き出しの中を洗いざらい取り出した際、衣服についているポケットの中から小さな箱が飛び出した。
床に落ちた衝撃で蓋が開き、中からキラリと光る物が飛び出た。
「これは……指輪?」
それはダイヤが付いた指輪……いや、結婚指輪だった。
あたしは買った覚えがないし、豪の引き出しから出てきたのだから、これは豪が買った指輪であることは確かだ。
「もしかして豪があたしに……やっぱり豪はあたしを……!!」
迷いが吹っ切れそうになったその時……あたしの目に指輪の裏に刻まれた文字が映った。
「GからEへ、愛を込めて……」
Gというイニシャルは豪に間違いない。
でも……あたしへの指輪ならKかCのはず……。
豪に関係のある人物の中でイニシャルがEの女……そして、最も可能性が高い女はただ1人……。
「栄子のだ……」
これは豪から栄子への結婚指輪……そんなバカな!!
あり得ない!!
豪はあたしと結婚を約束してくれたんだから!!
だけど……もしそうなら、あの時豪があたしじゃなく栄子を優先した説明もつく。
でももしかしたら、豪の気の迷いという可能性もなくはない。
引き出しにあったとしても、隠していたは限らないはず。
「……何これ?」
指輪が入っていた箱と中にある台座の間から紙の端が飛び出していた。
気になって紙を引き出すと……。
「婚姻届け……」
それは豪の名前の入った婚姻届けだった。
相手の欄は空白になっているけど……それはあたしじゃない。
だって婚姻届けならあたしが用意しているもの。
名前を書いて豪にも見せている。
『復讐が終わったら、必ず記入するよ』
そう言ってくれていたんだ……それにも関わらず、別の婚姻届けを用意していたということは……。
「豪……」
あたしは豪の元に行くことにした……豪をもう1度信じるために……。
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「豪……」
「かっかほ……」
病室で久しぶりに再会した豪の姿は惨いものだった。
体中に包帯が巻かれ……チューブで空気を直接送っている。
頬も少しやせ細っていて、不健康さがにじみでているみたい。
「久しぶり……」
「はっはほふ、かほ。 おへをおろひてくれ(たっ頼む、香帆。 俺を殺してくれ)」
豪が死を望んでいることは理解した。
少し前のあたしなら豪を殺してあたしも後を追っただろう……でも今はそんな気が起きない。
とはいえ、豪への情がない訳じゃない。
だから……賭けをすることにした。
「豪……私のことを愛してる?」
もしも豪があたしを愛していないと素直に答えてくれたら彼の望みを叶えようと思う。
最期の最期に本音をあたしに言ってくれるくらいの気持ちがあれば……少しは心が軽くなる。
でももし……そうじゃなかったら……。
「もっもひろんだ……こころからあいしへるへ? かほ(もっもちろんだ……心から愛してるぜ? 香帆)」
あたしの賭けは呆気なく負けた……豪は最期の瞬間すらあたしに本音すら言ってくれない。
あたしに対する気持ちなんて一切ないんだ……何もかも……嘘だったんだ……。
「……嘘つき」
「へ?」
「さよなら……」
あたしはそれだけ言い残して病室を後にした。
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嘘だった……豪があたしに語り掛けてくれた愛は全て……嘘だったんだ。
ショックだったけど……疑念がない訳じゃなかった。
心のどこかでわかっていた……豪にとって大切なのは栄子だってことは……。
でも……たとえそうだとしても……あたしに向けてくれる愛は本物だと信じたかった……。
あたしはずっと……誰かに愛されたかった……。
生まれた時から家族に愛されず、周りは琴美のおまけとしかあたしを見なかった。
あたしはずっと愛に飢えていた……ずっと誰かに存在を認めてほしかった……。
そんなあたしの心を初めて満たしてくれたのは豪だった……。
豪がどんな人間だったのか……わからなかった訳じゃない。
他人のパートナーを寝取ることが……人に托卵することが……どれだけ卑劣で残忍な行為であることか、全く理解できない訳じゃなかった。
だけど……それでも……あたしは豪に愛されたかった。
たとえ悪魔に魂を売り渡そうと……人の道を外れたケダモノになろうとも……。
あたしは唯一あたしを認め、愛してくれた豪に尽くしたかった。
だってそれが愛でしょ?
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「……」
絶望したあたしが立っていたのは……かつて通っていた高校の裏庭。
ここで豪と出会い……あたしの運命が大きく変わったんだ……。
彼と一緒なら……きっと幸せになれると信じていた。
でももう……疲れた。
人を愛することも……人を信じることも……。
あたしは店から持ってきたプレイ用の縄を庭にある木の枝に結わえ付けた。
かなり太い枝だから、ちょっとやそっとじゃ折れないはず。
あたしは花壇を覆うブロックを踏み台にして縄を輪にし、首に掛けた。
あとは踏み台から足を離すだけ……。
もうこの世に未練なんてないし、豪より先に逝かせてもらう。
人生のピリオドを打つなら、このターニングポイントがふさわしいでしょ?
死に逃げるのは卑怯?
生きて自分の罪と向き合うべき?
ハッ! そういう偽善はあたしと全く同じ立場になってから言ってほしいわね。
何も知らない部外者が外からキャンキャン吠えた所でうるさいだけよ。
だいたいこの世にあたしを心から必要としてくれている人間なんていないのよ?
このまま生き続けた所であたしがつらい思いをするだけだし……死んだ所で悲しんでくれる人もいない。
だったらさっさと楽になった方がマシじゃない!
あたしが罪人だと言うのなら、さっさとくたばった方が良いじゃない!
「生まれてくるんじゃなかった……」
あたしは……この世から足を離した。
これでいいんだ……これで……。
もう悩むことも裏切られることもない。
もっと早くこうしておけばよかったな……。
誰かに愛されたいと思ったあたしが……バカだったわ……ホント……あたしってバカ……。
【次話は真人視点です。 完結まで残り2話なのに主人公退場はまずいかなと思ったのですが、まあ真人の方がこの話の主人公っぽいしいいかと決断しました】
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