第12話 佐山 香帆⑤

 優を生んでから3年が経過した。

友達がいないあたしのために、豪が金で雇った人間を友人として結婚式に紛れ込ませてくれたけど、ゲームの出費としてはバカにできない金額だった。

まあそれも、3年の托卵で得たボーナスですでに黒字確定だけどね。

真人はいまだに優を我が子として疑わないし、あたしが豪の物であることにも気づいている様子はない。

そのことで豪に褒められるのは嬉しいんだけど……やっぱりゲームとはいえ、豪以外の男と結婚生活を送るのは苦痛でしかない。


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「香帆……愛してるよ」


「あたしも……」


 真人はことあるごとに「愛してる」だの「俺は幸せ」だのくだらないセリフはよく吐く。

あたしはそれに合わせて思ってもいないセリフで返さないといけない。

これがまたうっとおしくてしかたない。


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「香帆! 今度の休みに3人で遊園地に行かないか? 

ほら! 優がずっと行きたがっていただろ?

次いつ休めるかわからないし、みんなで楽しく遊ぼうよ!」


「そうね……楽しみだわ」


 医者である真人は家を空けることが多い。

だからたまの休みに家族サービスは欠かさず行う。

遊園地へ遊びに行くこともあれば、温泉旅行に遠出することもある。

家族を想っての行為だろうけど…あたしとしては豪に会えなくなるから迷惑でしかない。

特に夜はマジ地獄。

アレは小さいしテクニックもない。

あたしで童貞卒業したということを差し引いてもひどすぎる。

あれなら犬とヤった方がマシ。


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「ママ~……お花の絵を描いたんだ。 上手でしょ?」


「へぇ~すごいね」


「あとね? 1人でお着替えもできるようになったんだよ?」


「優はとってもお利巧さんね」


 優は何かとかまってアピールがひどい。

年齢的に仕方ないとは思うけど、はっきり言ってうざい。

豪とあたしの愛の結晶ではあるけど、やっぱりあたしの愛は豪にだけにある。

表向きには優しく接してはいてやってるけど……マジでダル過ぎる。

何度ぶっ殺したくなったことか……。


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 そんな不満だらけの結婚生活だけど、豪のために良い妻を演じないといけない。

とはいえ……家事スキルも子育ての知識もないあたしが妻と母の両立をするのは不可能と言っていい。

かといって、放棄すれば真人に疑われてしまう。

そうなったらゲームを維持できなくなって豪に怒られる。

だからあたしは”お手伝いさん”を雇うことにした。


「じゃああたしは出かけるから。 優の世話と家事よろしく」


「はい……」


「わかりました……」


 あたしが家事と育児を命じているのはあたしがかつて親と呼んでいたゴミ2匹。

琴美の死で借金が返せなくなり、自己破産したみたい。

そりゃあ……50歳を超えたジジイとパートにすら出たことのないババアを雇ってくれる所なんてないから、ホームレス同然の生活を送っていたこいつらをあたしが拾ってやった。

最低限の生活費を餌に家事と育児の代行を命じている。

もちろん真人は知らない。

こいつらに払っている生活費は真人の貯金から出しているから……真人にバレた瞬間、こいつらはまたホームレスに戻ることになる。

だからこいつらの口から情報が洩れる心配はない。


「言っておくけど、ちょっとでも手を抜いたり真人にバレたりすれば……わかってるわね?」


「「……」」


 なんでも言うことを聞く奴隷を手に入れたあたしは家事と育児に縛られず、豪に会いに行くことができた。


「いつも家のことを任せっきりにしてごめんな、香帆」


「気にしないで。 あたしだってたまの息抜きを許してもらっているんだし……」


 家事の方はババアの唯一の取り柄……家の中は常に清潔を保ち、真人や優に出す食事もババアが用意していた。

真人は疑いもせずあたしがやったと思い込み、あたしへの労いとしてお小遣いをくれる。

まあ豪の出すお金と比べたらはした金だけど……。


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「ねぇママ……どうしてパパにおじいちゃんとおばあちゃんのこと話しちゃいけないの?」


 優はジジイとババアがよく面倒を見ている。

本人はとてもなついているし、不満もないみたい。

だが、2人のことを真人に話すなと釘を刺していることが気になるみたいで、たまにそのことを尋ねてくる。


「何度も言ってるでしょ? パパはおじいちゃんとおばあちゃんのことが嫌いなの。

もし会ったりすれば、ひどいケンカをしちゃうの。

そうなったらパパはママも嫌いになって、ママはもう優と会えなくなるかもしれない……そんなの優は嫌でしょ?」


「……うん」


「優はいい子ね」


 3歳児に口止めなんて無理だと思うかもしれないけど……母親から離れるという幼児にとって耐え難いペナルティを暗示のように何度も警告していれば、口にすることはまずないでしょ。


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 こうしてどうにか結婚生活を維持しつつ、豪との関係も継続する毎日を送り続けた。

全ては愛する豪のため……豪の望むことならあたしはどんなことでもする。

男を愛するというのはそういうことでしょ?


「香帆……お前は最高の女だ」


「本当に?」


「当たり前だろ?」


 この日、あたしは女友達との旅行という名目で豪と高級ホテルで2人っきりの夜を過ごしていた。

美しい夜景の見える部屋で、あたし達は生まれたままの姿でベッドの上に横たわっている。


「でもこの頃あんまりあたしと会ってくれないじゃない。

ラインしても既読になるのが遅いし……」


「仕方ないだろ? 頻繁に俺達が合っていることがバレたら真人が疑いに掛かるだろ?

それに、俺は親父の後を継いで社長になる男だぜ?

今はそのために色々勉強しないといけないんだ! 香帆ならわかってくれるだろ?」


「それは……わかるけど……」


「心配するなって……俺が愛しているのは香帆だけだ。

これだけは何があっても揺るがない事実だよ」


 豪はそう言ってあたしを抱きしめてキスをする。

それだけであたしの脳はとろけそうになる。

真人相手だと吐き気を催すだけだけど……。


「じゃあ今夜はたくさん可愛がってよね? 豪のために真人との結婚生活を続けているんだから!」


「あぁ……たっぷりと体で労ってやるよ」


「あぁぁぁ……ごぉうぉぉぉ……」


 その後、あたしは豪に脳みそが狂うくらいの快楽を与えらえた。

途中で真人から電話が掛かってきたけど無視。

どうせ旅行の感想を聞きたいだけだろうから……。

はぁ~……この時間がいつまでも続けばいいのに……。


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 翌朝……あたしは豪と別れて家に戻ることにした

またつまらない結婚生活を送らないといけないって考えると憂鬱な気分になる。


「……あっ! そう言えば真人から電話があったわね」


 真人からの着信を思い出したあたしは真人に電話を掛ける。


『……香帆か?』


 数回コールすると、真人が出た。

でも受話器から聞こえる彼の声は生気のないゾンビみたいな低い声だった。


「どうしたの? なんか元気なさそうだけど……」


『……んだ……』


「え? 何? 聞こえない」


『優が……死んだ……』


「……は?」


『優が……死んだんだ……昨日……』 


 それから何度尋ねても真人は”優が死んだ”としか答えない。

埒が明かないからあたしは真人がいる警察署に直行した。


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「あの……釘崎 優の母なんですが……」


「お待ちしていました。 案内しますからこちらへどうぞ」



 警察署に到着したあたしは警官に優の元へと案内された。

その道中、その警官が優の死の経緯を話してくれた。


※※※


 優は昨夜、真人とレストランで食事していたんだけど……突然車がレストランに突っ込み、窓際にいた2人に衝突したらしい。

真人は幸い軽傷で済んだけど、優は車の下敷きになってしまい、病院に運びこまれた時にはすでに死亡していたみたい。

ちなみに車の運転手は89歳のジジイらしく、そいつは足の骨を折っただけで生きてるみたい。

本人は車が暴走したとかほざいてるけど、実際はアクセルとブレーキを間違えたのが原因だと警察は睨んでいる。

最近、この手の事故が多いのよね。

満足に運転できないくせに、免許返納を勧めても拒否する年寄りが多いから。


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「奥様がお見えになられました」


 案内された部屋は部屋の中央にベッドがあるだけの殺風景な場所。

あたしの目に最初に映ったのは、ベッドの上で横たわる白い布で顔を覆われた子供。

その横には魂が抜けきった顔で椅子に腰かける真人の姿があった。


「……」


 布を取り払うと、見知った優の顔がそこにあった。

顔には傷1つなく、まるで眠っているかのように安らかな表情をしていた。

軽く揺さぶったり、名前を呼んだりしてみたけど、当然優は目を覚ます訳がない。


「……」


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 あたしは気分が悪くなったと適当な嘘で一時退室し、豪に優のことを説明する。


「ごめんなさい……あたし達の子供なのに……」


『別にいいよ。 子供なんてまた作ればいいだけだし……托卵がバレていなければノーカンだ』


「豪……」


 あたしはこの言葉に心の底から……安堵した。

優を失くしたことで豪に見限られたら、あたしは生きて行く自信がない。

豪がまた子供を作れば良いというのなら、あたしももう1度子供を作る。

優のことは残念だと思うけど、豪があたしを必要としてくれるなら……あたしはそれだけで幸せ。


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「真人……」


 あたしは部屋に戻り、真人のそばに歩み寄った。


「……」


「優のことは残念だけど……いつまでも悲しんでいる訳にもいかないでしょ?

あの子はもう帰ってこない……現実を受け入れるしかないわ。

また2人で頑張りましょ?」


「……どうしてそんなに簡単に前を向けるんだ?」


「えっ?」


「優が死んだんだぞ? それなのにお前は悲しんでもいない」


「そっそんなこと……」


「じゃあどうして涙を流していないんだ!?」


 真人が突然怒りを露わにして立ち上がり、あたしを睨みつけた。


「我が子が死んだとわかったら、親なら誰だって泣き崩れるだろ!!

それなのに何が2人で頑張りましょうだ!!」


「なっ泣いてないからって何? あたしだって悲しんで……」


「悲しんでいる割には”彼氏”に電話する元気はあるんだろ?」


「えっ?」


「香帆……浮気してるんだろ? 西宮豪っていう男と……」


「なっ何を言ってるの?」


 あたしは全身から悪寒を感じた。

どうして真人の口から豪の名前が出てくるの?

まさか、勘づかれた?

そんなバカな!!


「知ってたよ。 優が俺の子供じゃないっていうのも……お前達が俺に托卵していたことも……」


 それはあたしと豪に向けられた真人からの死刑宣告だった。

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