第8話 佐山 香帆④

 琴美が豪に犯された日から数ヶ月経った。

琴美はあの日から強引犯され続けている。

プライドからか恐怖心からか、あのゴミ親共や真人にはチクってないみたい。

あいつは顔が広く、見知った人間は多いけど……プライベートなことを相談できる人間はその3人以外いない。

外面を良く見せようと猫を被って人と接してきた分、内面をさらけ出せる人間がその3人以外にいないのよね。


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「ちょっとからかってみようかしらね」


ある日の夜……あたしは初めて琴美の携帯に電話を掛けた。

軽くつついてみたら、面白いくらいに取り乱していたわ。

真人に打ち明けるとかほざいていたけど、別に怖くもなんともないわ。

豪は強姦や脅迫の証拠なんて残していないだろうし、お腹の子が豪の子供だと証明されたとしても、それは豪と関係を持っていたという証明になるだけ……。

豪が浮気の関係だったと言い訳すれば、慰謝料を軽くむしられるだけでほとんどノーダメージ。


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 それから1週間が過ぎた……豪が出かけていて1人マンションで暇を持て余していたあたしが、何気に見ていたバラエティー番組で速報のテロップが入ってきた。

その内容というのが、【女優、佐山琴美が事故死した】というもの。


「えっ?」


 予想外なニュースに、あたしは目を奪われた。

ニュース番組にチャンネルを変えると、琴美の死の詳細がキャスターたちの口から流れてきた。

あたしが琴美と電話で話をしたあの日の夜……橋の上を歩いていた琴美に車が衝突し、琴美は橋の下の川に落ちたみたい。

あの夜は台風並みの大雨が降っていたから、車道はスリップしやすくなっていた。

それにも関わらず、車は速度制限を無視して走っていたため、案の定車はスリップして事故が起きた……運転手は事故当時かなりの酒を飲んでいたらしく、酔いが回ってまともに話すこともできなかったみたいね。

なんで琴美がそんなところにいたのかは知らないけど、最終的にその橋から数十キロメートル離れた下流の底で遺体となって発見された。

琴美の死に、多くの人間が悲しみに沈んでいた。

琴美の公式ホームページでも、多くのファンからコメントが寄せられていた。

『信じたくない』、『嘘だろ?』、『結婚間近だったのに可哀そう……』等々、同情の声が荒波のように押し寄せていたという。

真人も最愛の婚約者を失ったことで精神的なダメージを受けていたらしく、コメントだけ出して表に姿を見せることはなかった。

あのゴミ親共も表だって最愛の娘を失った哀れな両親を装っていたけど……実際は金ヅルを失って、慌てているくせに……。

風の噂で聞いたんだけど、あいつらは琴美の金を当てにしてギャンブルに相当つぎ込んでいるみたい。

おかげでギャンブル依存症にまで落ちて、借金までしてるみたい。

琴美が残した遺産や生命保険を全部使って、なんとか返すことができたらしいけど……夫婦そろって無一文。

琴美の金で贅沢に味を占めた無職のあいつらが今後まともに生きていけるか……見ものだわ。

……あたし?

あたしはお腹が痛くなるくらい大笑いしたわ。

そりゃそうでしょ?

”地獄に堕ちろ”とかほざいていた女が、その日にあっけなく死んだのよ?

こんなの笑わずにいられる!?

豪やクズ親共に都合の良い人形として扱われて、何もできずに中途半端に死んでいった。

こんなのマヌケ以外の何者でもないでしょ?

アハハハ!! ウケるっ!!

最後の最後に良い思い出をくれた琴美に感謝したいわ!


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 琴美の死から数年の時が経った……。

その頃になると、琴美の名前すら世間では出てこなくなった。

クズ両親は再びギャンブルで作った借金を返しきれなくなり、自己破産したらしい。


『新郎新婦の入場です!』


 あたしは今……とある高級ホテルの結婚式に出ている。

招待客としてではなく……主役である新婦としてね。

相手はもちろん、愛しの豪!……って言いたいところだけど違う。


「香帆……幸せになろうね?」


「もちろんよ、”真人”!」


 そう……あたしの結婚相手は琴美が心から愛していた真人。

この関係は琴美が死んだ直後から、少しずつあたしが築き上げた。


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 琴美を失ったことで真人は心を病み、引きこもりがちになっていた。

真人を気に掛けて励ましの言葉を掛けたりしていたみたいだけど、彼が表に出ることはなかったみたい。

そんな真人に、あたしは琴美の妹という立場を利用として近づいた。

この肩書きは身持ちの固い真人の警戒心を緩めるのにも役立っていた。


「真人さん、そんなに気を落とさないでください。

天国にいる姉の分まで、精一杯生きてください!」


『……うん。 そうだね」


「あたしも、大好きだった姉が死んだなんていまだに信じられません。

でも……後悔しても仕方ありません」


『……』


「今日はもう帰ります。 またお話しましょう」


 最初はインターホン越しに話しかける程度の仲だった。

そりゃあ琴美の妹とはいえ、女を家に上げるのは抵抗があるんでしょうね。

まあどれだけ琴美を忍んでいても、いつかは人恋しくなる時がくる。

あたしは獲物を待ち構える肉食獣のようにその時を待っていた。


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「いらっしゃい……」


「お邪魔します」


 真人に近づいてから2ヶ月後……。

あたしは真人の家に上げられるくらいの関係にまでなっていった。

あたしに心を開いたのかインターホン越しの対応に良心が引っかかったのかは知らないけどね。


「真人さんが元気になるようにクッキー作ってみたんです! 形は変ですけど、味は保証します!

よかったら食べてください」


「わざわざありがとう、香帆ちゃん」


「お礼なんていいんです。 真人さんが元気になってくれればそれで……」


「……」


 言葉だけじゃ心もとないから、市販のクッキーをそれらしく包装し、真人にプレゼントしていた。

献身的な女を装うことで、真人の心の壁を少しずつ取り除いて行った。


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「真人さん、待たせてすみません!」



「別に待ってないよ。 それより早く行こう」


 それから徐々に真人とあたしの仲は深まり、いつしか2人で出かけることが増えた。

どんな人間でも極限状態になれば他人のぬくもりに飢えるもの。

清廉潔白が服を着て歩いているような真人でも、それは同じ。


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「香帆ちゃん、ありがとう。 いつもそばにいてくれて……」


「あたしは真人さんの力になりたいだけです。 気にしないで」


 真人は琴美以外の女を知らない童貞君。

経験豊富なあたしがちょっと迫れば、体があたしに反応するのは必然。

琴美のことを想っている間は、理性を保ってあたしに手を出すことはなかった。

でも憔悴しきっている真人の心にあたしが付け入る隙ができるのも時間の問題だった。


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 真人との仲を深めてから2年くらい経ったクリスマスの夜……いつもの”デート”の帰り道に、そろそろ頃合いだと思ったあたしは賭けをしてみた。


「真人さん……あたし、真人さんのことが好きなんです! 

真人さんさえよかったら、あたしをずっとそばに置いてください!」


「香帆ちゃん……」


 真人はやさしげな気持ち悪い声であたしを抱きしめた。

愛を示すと言わんばかりにあたしにキスをする。

正直吐きそうになったけど、あたしは我慢して真人を受け入れた。

賭けはあたしの勝ち!


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「わかった……君達の結婚を認める。 真人、香帆さんをしっかり守れよ?」


「ありがとう!父さん!」


 後日、あたしは真人と彼の父親にあいさつにいった。

真人の父親はチョロそうなダサ男で、快くあたし達の結婚を認めてくれた。

なんか世間のバカ共が真人が琴美からあたしに乗り換えたとか騒いでいたけど、所詮は平民の戯言……真人と結婚して上級国民になるあたしとは世界が違う。


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「かっ香帆ちゃん! 久しぶりね! 今までずっと心配していたのよ?」


「真人君との結婚が決まったみたいだな! これを機に、俺達とまた暮らさないか!?」


 真人との結婚が決まったことをどこから嗅ぎつけたのか、クズ親共があたしに群がってきた。


「汚いドブネズミが近づかないでくれる? 臭いから」


 無論、あたしは適当にあしらった。

こいつらへの恨みを差し引いても、一緒に暮らすメリットなんて1つもないからね。

……あと言っておくけど、別に真人に乗り換えた訳じゃないわよ?

っていうか、あたしは豪しか愛していないわ。

なのにどうして真人と結婚したのかって?

それはもちろん、豪の頼みだからよ?


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「真人と結婚?」


 それは琴美が死んでから数日経った日の夜。

この日もあたしは豪と激しく愛し合って汗だくになっていた。


「あぁそうだ。 今のあいつは琴美を失って憔悴しきっているだろ?

そこに付け入れば、あの童貞野郎のことだ……結婚までこじつけられるかもしれない」


「なっなんで? あたし豪以外の男と結婚なんて嫌よ!」


「おいおい、勘違いするなよ。 別にお前を捨てようとしている訳じゃない。

これはな? ゲームだ」


「ゲーム?」


 豪によると……彼は何人かの友達から賭けをすることにしたという。

その内容というのが……自分の女を適当な男と結婚させて女に自分の子供を生ませ、その男に養わせる……ようするに托卵ね。

その托卵がバレなければ1年ごとに他の友人達から100万ずつボーナスがもらえるんだって。

ゲームをする友人達は、金と時間が有り余っている御曹司ばかり。

そうでもないと、こんなゲーム成立しないでしょうね。

彼らも自分達の優れた容姿と肩書きを使って女を寝取るのが趣味みたい。

よく豪と寝取った女の数を競っていたみたい。


「彼氏持ちの女を寝取るのにも飽きてきたからな。 ちょっと刺激的なゲームがやりたくなってきたんだ」


 このゲームの提案者は豪。

豪の友人達もみんな、ノリノリでゲームに参加すると決めたみたい。

もちろん、バレたら慰謝料っていうデメリットがあるけれど、豪レベルの男ならそんなのないも同然。


「香帆、俺の頼みなら聞いてくれるよな?」


「豪はあたしのことを愛してる?」


「当たり前だろ? 香帆のことは世界で1番愛してる!」


「もう……しょうがないな~」


 そういう訳であたしは、真人に近づき、数年後に結婚した。

豪の頼みだからっていうのもあるけど……あたしにはもう1つ結婚を決意した理由があった。


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「……久しぶりね? 琴美」


 結婚式の前日、あたしは琴美の墓の前に立っていた。

墓の周囲には琴美のファンが置いていった手紙や花束が墓を囲うように置かれている。


「あたし、真人と明日結婚するの。 別に真人に惚れたわけじゃないわよ?

あいつには豪の始めるゲームの駒になってもらうわ」


 あたしは足を大きく上げ、琴美の名が刻まれた墓石に土で汚れた靴をなすり付けた。


「ねぇ、今どんな気持ち?

カスだって見下していた妹に、愛していた真人を取られたんだよ?

あんたを犯した豪に真人はこれから托卵されるんだよ?

……これから真人と結婚式をして夫婦として生活するんだよ?

悔しい?……憎い?……あたしと豪を殺したい?

でもざ~んねん!

あんたは死んでもう何もできない。

わかる? あんたはあたしに負けたの。

せいぜい地獄で見てなさい。 

真人が何も知らずにあたしを愛してくれる姿を」


 あたしは墓石から足を離し、その場から去る。

気持ちはとってもすっきりしていて、このまま飛んで行けそうな気分!


「バイバイ、お姉ちゃん」


 それが琴美に対するあたしの最後の言葉。

翌日、真人との結婚式は盛大に行われた。

真人の父親や友人達……そして、あたしの友人として参加した豪に祝福され、無事に結婚式は終わった。


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 結婚式からさらに数年後……あたしは男の子を出産した。

真人は泣いて喜んでいたけど、この子は豪とあたしの愛の結晶よ?

だって真人と行為をする際は、こっそり避妊薬を飲んでいたし、豪とは真人の倍以上行為をしているんだから、誰が父親なのかは明白。

まあ念のためにDNA検査を、真人に内緒でやってみたけど、結果は予想通り豪との子供で確定。

豪にもよくやったって褒められたわ。

真人だって自分の子供だと思って喜んでいるんだからウィンウィンよね?

こうしてあたしと豪は、托卵というゲームを始めた。

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