16.ロリババアとインターネット③

 これから書く内容を信じてもらうのは無理だと思う。

 それでも、書いてみる。俺も自分の頭がおかしいだけなんじゃないかと何度も疑った。そう前置きしつつも、俺自身の主観に従って、書いてみることにする。


 まずは簡単に経歴から。

 俺は会社員。具体的な職種は今回の話には関係ない。重要なのは、実家から離れて一人暮らししてるってくらいだ。

 で。弟がいるんだが、こいつはまだ高校生で実家にいる。

 ある日、なんかのイベントがあるとかでこっちの方に来るから俺んとこに一泊させてもらえないかって話になった。地元は結構遠いから日帰りじゃきついんだ。

 俺の部屋もそんなに広くはないんだけど、まあ弟一人泊めるくらいは問題ない。最寄りの駅までは迎えに行ってやるから着いたら連絡しろってことで話はついた。


 当日。弟から時間通りに連絡は来たんだが、その様子がおかしい。

 なんでも、迷ったっていうんだ。

 弟は世間知らずなとこあったから、「そうか、そういうこともあるか」と頭を抱えた。

 そんなわけで、「どこにいるのか」とか「なにか目立つものは見えるか」とかを聞き出した。

 すると妙なんだ。

 弟は最寄りの駅……仮にO駅とするけど、O駅にまでは辿り着いたっていうんだ。

「じゃあお前、O駅で迷ったのか」っていうと、「そう」だって。


 変な話だと思ったよ。

 O駅について簡単に説明すると、路線は一本だけで、コンビニとかサイゼとかはあるけど、まあそれだけ。出入り口も北口と南口があるだけだし。大してデカい駅じゃない。新宿駅や渋谷駅じゃあるまいし、迷うかふつう? って広さだ。

 まあでも、迷ったものは仕方ない。詳しく話を聞くことにした。

「O駅のどこだ」っていうと、「ホームにいる」って。

「何番ホームだ」っていうと、「わからない」って。

 弟について少し弁護させてくれ。世間知らずとは書いたけど、決して馬鹿じゃない。むしろ俺よりは頭はいいかも。俺が受からなかった進学校に通ってるしな。

 あとはあまりジョークをいうやつでもなかった。だから、なおさらわからなかった。


「ホームが無限に続いてる」って、そういうんだよ。

「なぜか出口もない」って。わけがわからなかった。

 それからしばらくして、電波が悪くなったのか急に切れちまった。なにか嫌な予感があって、俺はO駅まで走って向かった。徒歩十分くらいの距離だ。

 いつものO駅だったよ。なんの変哲もない。

 定期だったんで試しにホームまでも上がってみた。線路を挟んで一番乗り場と二番乗り場。それだけの駅だ。階段を降りれば改札に出る。弟が迷う余地なんてどこにもない。

 もう一度電話をかけた。かからない。しばらくうろうろして、もう一度。やっぱりかからない。駅員さんに話を聞いてみたりしたけど収穫なし。

 諦めて俺は帰るしかなかった。


 一時間か二時間か、落ち着かない気分で待ってた。

 そろそろ腹も減ってきたけど、なにか食う気分にもなれなかった。

 それで、実家に電話した。弟が着かないんだけど、そっちになにか連絡ないかって。

 だけど、親からは信じられない返事がかえってきた。

「弟? なに言ってるの? あんたに弟なんていないでしょ」、だとよ。

 頭真っ白だよ。わけわかんねえ。そんな冗談あるか?

 そっから先は俺もヒステリックになってなに言ったのか覚えてねえ。親に向かって結構きつい言葉も吐いたかも。

 弟が行方不明になったとかじゃなくて、弟なんてそもそも存在しなかったっていうんだよ。



 今はそんな事件から一年経ってます。

 弟は結局帰ってきません。実家にも二、三回は帰ることがありましたが、弟がいたという痕跡が一つも残ってませんでした。アルバムに写真もないし、弟の私物もありません。

 少しは落ち着いたので思い出しながら順を追って書いてみたけど……やっぱり俺がおかしいのか……。

 あ、精神科には行きました。特に異常はないらしいです。異常があればよかったんですけどね。

 今回の話は、もしかしたら似たような体験の方もいるのではないかと思って書きました。情報が得られると嬉しいです。よろしくお願いします。


――――――――


 駅に関する怪談は多い。これもその一つといえるだろう。

 引用した上記の話については正確な出典が不明だ。現在確認しうる最古のものはこのスレッド(リンク)だが、投稿者はこれを「コピペ」だと主張している。「これ本当かな? 怖くね?」というのが引用の意図らしい。引用元は明記されておらず、アーカイブでも発見できない。

 以上から、この話は「コピペ」という体の「創作」である――というのが界隈での定説だ。これが事実であるなら、それこそ本文にも書かれているように「似たような体験」談が他にもあるはずだからだ。

 もっとも、「似たような体験」談があったからといって「事実」であるという証拠にはならない。優れた怪談には便乗者が続出し「似たような体験」談が創作されるのがこの界隈の常だからだ。

 この話は投稿当時はスレッド内でもあまり盛り上がらず、ネット怪談にありがちな「後続」も出てこなかった。あるいは、この話自体が「よくある駅の怪談」の「後続」である、ともいえる。


 むろん、だからといって私はこれを「創作」と断ずることはしない。本ブログの趣旨は「もし事実だったら」である。

 もし事実だったら――この話は本来どこに投稿されたものなのか? オリジナルの筆者はいまどうしているのか? 弟が消えてしまったというのはあまりに荒唐無稽だが、はたして筆者が狂ってしまっただけなのか?

 疑問と興味の尽きない怪談である。


 ***


「……ありましたね、似たような話」


 検索キーワードを工夫して彼らが辿り着いたのは、ある怪談ブログだった。ネット上に散らばるさまざまな怪談を収集し、分析と考察を行うブログで、あまり知られていないマイナーな怪談も扱っているのが特徴である。「O駅で消えた弟」と題されるこの怪談も、そんな「マイナーな怪談」であった。


「O駅は、ほぼ間違いなく大鏡駅でしょうね。頭文字だけでなく駅の特徴も一致します。ですが、この話を合わせてもたった二例……この話でも『似たような体験』を求めていますが、このブログを信用するなら出ていないようです。うーむ、残念ながらこれだけでは解決の糸口にはならなそうな……」


 滅三川は考え込む。


「なんにせよ、このブログは当たりですね。他にも読んでみましょう。なにか手がかりが見つかるかもしれません」


 そうして二人はブログ記事を手当たり次第に読むこととなった。


「ほう。ほうほう? なるほど? なるほどな?」


 面白い話ばかりでつい読み耽ってしまった。怖がらせようという意図は感じられたが、「怖い」という感情は一切生じることはなかった。


「作り物語じゃろ? 人間はそういうの好きじゃからのー!」

「まあ、ほとんどはそうだと思います。でも、そのうち一部は……と考えてしまうのがこの手の怪談の魅力ですよね」

「一部は本物なのか?!」

「芙蓉さんだって、大鏡駅で『O駅で消えた弟』とだいたい同じ体験をしましたよね?」

「わしは帰還しておるぞ」

「今のところ体感では九割以上が創作でしょうか。やみくもに読んでたらキリがありませんね。なにか検索ワードを絞りましょう」

「検索……不思議じゃ……これほど膨大な文書が……この中に?」

「インターネットの原理を説明するのはすごく大変なんですが……」


 滅三川もざっくり理解しているだけの素人である。芙蓉も何度か利用している「電話」を軸に説明を試みたがいまいち要領を得ず、やむなく「インターネット 原理」などのキーワードで検索することになり、また横道に逸れてしまった。


「うむ。わかった。完全に理解した」


 もうすっかり夜も遅い。寝食も忘れて延々とインターネットに興じる二体の怪異の姿がそこにはあった。


「……本題に戻りましょう。『O駅』の類似怪談はなさそうですので、もっと範囲を広げるんです。こう、異界に迷い込む話――みたいな」

「ううむ。異界か」

「大鏡駅裏ホームについては、入る方法も出る方法もわかりません。芙蓉さんは入って出てきましたけど、どちらについてもよくわかってないんですよね?」

「そうじゃな。あれからも大鏡駅をうろうろして回ったが、『裏ほうむ』への入り口らしきものはついぞ見つからんかった」

「なにかある、とは思うんですよね。裏ホームに迷い込んでしまう条件が……。なにか思い当たることはありませんか?」

「そうはいうてもな。……ん、そういえば。電話があったの。誰とも知れぬものからの電話じゃ」

「電話……?」

「ぬ! そうか、あれが間違い電話か! 番号で相手を指定するなら必然的に起こりうるとわしが予言した、あの間違い電話じゃな!」

「あ。そういえば。取り損ねたのありましたね。……どんな内容だったんです?」


 わからん内容だった、としか言いようがなかったが、芙蓉は一字一句違わずに覚えていたので、そのまま伝えた。


「あー、いかにもですね。ただ頭のおかしい人かも知れませんけど。関係あるかはわかりませんが、とにかく探してみましょう。なにかあるはずです。なにか、別の……」


 そして彼らは、とある怪談を見つけた。


「『セーラー服の少女』……この話、けっこう近所みたいですよ。100円バスで行ける距離です」


 バスの説明が必要になった。

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