第40話 運命の星(9)

 あったら静羅だって違和感を感じていただろう。


 だが、ここで静羅が真実を知りたいからと帝釈天かどうか確かめたら、結果的に和哉を変えてしまう可能性があるのだ。


 和哉には変わらずにいてほしい。


 静羅の知っている和哉のままでいてほしいのだ。


「でも、俺まだ自分が阿修羅の御子だとは思えないんだけどな」


「兄者……往生際の悪い。まだそんなことを言っているのか?」


「だって本音なんだぜ? いきなりおまえは天界で天帝となるべく神ですって言われて、納得できる奴の方が俺には胡散臭い」


「まあ人間の認識しかないからな」


 ラーシャが納得して呟けば、紫瑠も染々と頷いた。


「ですが王子。夜叉王のこともございます。なるべく早く安全圏に移動したいのですが」


「夜叉王? なんのことだよ、柘那?」


「簡単なことですよ。今から10年前。夜叉王が天を抜けました。天を抜けたというのは一族を裏切って姿を消したという意味です。つまり反逆者ですね。夜叉の君は一族の王子として反逆者である父を討伐し、王位を継ぐために降臨しているわけです」


 志岐の説明はとんでもなかった。


 だったらラーヤ・ラーシャは実の父を殺すためにここにいるのだろうか?


「……ラーヤ・ラーシャ」


「ラーシャでいい。愛称なんだ。それに同情はいらない」


「同情してるわけじゃ……」


「闘神としては当たり前のことなんだ。同情されるようなことじゃない。俺の義務だ」


「ラーシャ」


 複雑な声で名を呼ぶ静羅に夜叉の君が笑ってみせる。


 それは無理をした笑顔だったが、静羅はこれ以上同情的な発言はしなかった。


 それが彼の誇りを傷付けると知ったからである。


「それとこれは静羅に訊きたかったんだが、ここ10年ほどの間に異変はなかったか?」


「異変?」


「例えばだれかに襲われたことがあるとか」


「あるかないかと言われればあるぜ? 10年前から夜にひとりで出歩くと必ず襲われてきた。でも、姿は見たことねえんだけど」


「やはりな」


「どういうことだよ、ラーシャ?」


「それはおそらく父上だ」


「え? 夜叉王?」


「ああ。どこかでおまえが阿修羅の御子だと知って、その生命を狙っているんだろう。静羅は知らないだろうが、阿修羅と夜叉は生まれついての天敵なんだ」


「……天敵」


 ラーシャと紫瑠の触れ合いを見ていると信じられなかったが、それが事実だとしたらどうして紫瑠が、最初身分を伏せようとしたのかも理解できた。


 天敵としての宿命がどう動くかわからなかったから、手の内を明かせなかったのだろう。


 隠そうとしたのも無理はない。


「自分で言うのもなんだが、天敵同士として泥沼の関係にあった頃の代表的な存在が父上。

 対して夜叉が阿修羅に忠誠を誓い友好的になってからの代表的な関係が俺というところか。その証拠に俺は阿修羅族に悪い印象は持っていないからな」


「夜叉が阿修羅に忠誠を誓った?」


「ああ。詳しいことはわかっていないんだが、当時の阿修羅王が夜叉王を征し、結果として夜叉が阿修羅に忠誠を誓うことになったんだ。

 それ以来夜叉王は阿修羅王の第一の配下として活躍してきた。だからこそ、阿修羅族が滅んでからは闘神の帝位を代行してきたんだ」


「阿修羅族が滅んだ? 闘神の帝位を代行してきた? なんのことなんだよ、それ?」


 不思議そうな静羅にラーシャが笑い、紫瑠は「言っていなかったか」と独り言のように呟いた。


「ああ。説明が足りなかったな。おそらくここに紫瑠王子たちがいるということは、阿修羅族は滅んでいないのだろうが、御子がいなくなってすぐに阿修羅族はその行方を消したんだ。そのせいで今は滅んでいると思われている。結果的に闘神の帝位を夜叉王が代行してきたんだ。裏切るなんて許されない」


「ふうん」


「その関係で俺は竜帝の下で育ったんだ。夜叉王が闘神の帝位を代行することが決まってから、歴代の夜叉王はみな竜帝の下で養育されてきたから」


「だから、幼名で呼んでるんだ?」


「まあな」


 ふたりだけで話している静羅とラーシャの間に紫瑠が割り込んだ。


「夜叉の君」


「なんだ?」


「あなたは次期夜叉王。俺はただの第二王子だ。確かに阿修羅の王子の方が位は上だが、あまり意識しないでほしい。普通に接してほしいんだ。紫瑠王子という呼び方はやめてくれないか? さっきみたいに紫瑠でいいから」


「いいのか? 無礼なことだと思うんだが」


「兄者を呼び捨てにすることほど大したことじゃないと思う」


「……」


 確かにさっきからラーシャは静羅のことを呼び捨てにしている。


 幾ら人間としての仮の名とはいえ、阿修羅の御子を呼び捨てるというのは褒められた行為じゃない。


 出逢いが出逢いだったので、つい呼び捨ててしまうだけなのだが。


「ところでさあ。さっき阿修羅の御子の名前は確かアーディティアだって言ったよな?」


「言ったがそれがどうかしたのか、兄者?」


「なんで名付けの法則が違うんだ。紫瑠たちの名前はごく普通の名前だろ? でも、夜叉の王子はラーヤ・ラーシャだし、阿修羅の御子だってアーディティアだ。なんで名付け方が違うんだ?」


「それは夜叉の君や兄者が世継ぎだからだ」


「世継ぎだから?」


「竜帝の幼名のナーガ・ラージャとか、俺のラーヤ・ラーシャとか、阿修羅の御子のアーディティアという名付け方は、一族の世継ぎにのみ許される名付けなんだ」


「へえ」


「王位を継ぐまで世継ぎは幼名を名乗り、王位を継ぐと一族の名をそのまま名乗ることになる。例えば俺の場合だと夜叉王と名乗ることになり、静羅の場合だと阿修羅王だと名乗ることになるんだ」


 変なところから阿修羅の御子だと指摘され、静羅はムッとする。


 しかし言い返しても意味がないので気になったことを問いかけた。


「王位を継ぐってどうやって継ぐんだ?」


「それは個人個人事情が違ってくる」


「事情?」


「俺の即位はさっきも言ったように夜叉王を討伐することによって行われる。そういったように当事者が背負う事情が即位に大きく関わってくる。特に一族の魔剣の継承は即位には欠かせない」


「一族の魔剣?」


「王の身に封印された魔剣だ。一族の王たる証だと言ってもいい。阿修羅王も持っていたはずだ。今どうなっているのかは不明だが」


「阿修羅の剣、夜叉の剣、竜王の剣。そう呼ばれる魔剣のことだ、兄者。兄者が阿修羅の剣を継いだとき、世代交代は正式に行われたことになり、兄者は阿修羅王となる」


「阿修羅の剣を継いだとき……か」


 そんなものをどうやって継げというのか。


 今となっては行方も不明らしいのに。


 それに彼らは静羅が阿修羅の御子だと信じて疑っていない。


 確かに紫瑠と同じ痣はあったが。


「それより早くここから離れよう。俺としては今すぐにでもここから離れたいんだ」


「別れを惜しむ暇くらい与えてくれよ、紫瑠」


 嫌そうにそう言われ、紫瑠が困ったような顔になる。


 兄に危険を近付けたくないのだが、だからといってすんなりこれまでの暮らしを捨ててくれとも言えない。


 紫瑠も板挟みだった。


「そろそろ授業が終わるな。戻ろうぜ、皆」


「だが、おまえの傍に張り付かせてもらうぞ? 父上が現れる確率が高い以上、俺はおまえの傍にいる必要があるから」


「俺も兄者の護衛を譲る気はない。学校内では志岐と柘那に任せるが、寮では俺が護衛するから」


「鬱陶しいな、ほんとに」


「王子。お言葉遣いをもう少し丁寧にお願いします」


 志岐にそう言われ「ゲッ」と呟いてしまう静羅だった。


 とんだ藪蛇である。





 阿修羅の御子と帝釈天の確執は、静羅と和哉の関係を変えていく。


 これからどうなっていくのか、静羅はそれだけが気掛かりだった。

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