第7話 黒い瞳の異邦人(6)

 和哉と東夜が選んで入った店は、わりと大きな店舗だった。


 入り慣れていない和哉は、おっかなびっくりで注文を済ませ、東夜に勧められるまま、ハンバーガーにかじりついた。


「ハンバーガーってこんな味なんだ?」


「お坊ちゃまの発言だな」


 同じようにダブルバーガーをかぶりつきながら、東夜がそうコメントした。


 言われると思っていたので、和哉は言い返さずに慣れていない味の薄いコーヒーを飲んでいる。


 慣れていない味に軽く噎せたところで扉が開いた。


 入ってきたのは静羅と和泉である。


 和哉は背を向けていたので気づかなかったし、たぶん、見ても気づけなかっただろうが、正面を見ていて気づいた東夜は、ムッとしたように静羅を見た。


 いつもと雰囲気がまるで違うし、別人のようにしか見えないが、あれは静羅だ。


(俺たちの誘いは断ったくせに、なんでこんなところにいるんだ? おまけに人間嫌悪性のくせに、肩を抱かれていてもいやな顔ひとつしない。だいたいあいつあんなにお洒落だったか? あの嫌味な笑顔はなんだよ?)


 注文をしながら馴れ馴れしく肩を抱いた男の手をはねつけて、静羅が笑う。


 それは今までに見たことのない顔だった。


 東夜はムシャクシャしてきている。


 ムスッとしながらバーガーにかじりついている。


 どうみてもヤケ食いだった。


「おい、東夜。そんなに急いで食べたらつっかえるぞ、おまえ」


 和哉が心配そうに言っても、東夜は聞いていなかった。


 静羅と和泉が和哉たちがいるテーブルとは反対側の、入り口付近に陣取ると、静羅は入り口に背を向けるように腰掛けた。


 その関係で東夜には一緒にいる男の顔は見えなかったが、静羅の様子はよく見えた。 


 おっかなびっくりな和哉みたいに恐る恐るではなく、慣れた食べ方だった。


(つまり和哉にも秘密をもっていたってことだ。知っていたら和哉が夜に静羅をひとりにするわけないし)


 たぶん、和哉は知らないのだろう。


 夜に静羅がこうして別人のように出歩くことがあるなんて。


 不機嫌が増す東夜に和哉はお手上げである。


 静羅が相手なら余裕を持って振る舞えるが、東夜のことは忍に任せておけばいいと思っているだけに、ふたりきりのときに機嫌が悪くなると対処に困った。


 早く忍がこないかとチラチラと扉に視線を向ける。


 ちょうどそのとき、忍が笑いながら入ってきて、和哉や東夜に向かって片手を振った。


 その真横にいた静羅は息が止まるかと思うくらい驚いた。


(和哉が……いる?)


 わからないように忍を追えば、たしかに和哉と東夜がいた。


 和哉は忍を出迎えるように立ち上がり、その正面に腰掛けた東夜は、それを見るでもなく、まっすぐに……静羅を見ていた。


 間違いなく。


(やっぱりバレてんな。なんでわかるんだ? これだけ徹底して変装してるのに。とにかく和哉に気づかれる前にバックレた方がよさそうだ)


「和泉、もう出るぜ」


「いいけど、なんか今かなしばってなかったか? さっきもキョドってたし」


「どうでもいいだろうが。早くしろ。ノロマなカバは置いてくぞ」


 言うが早いか立ち上がった静羅に、トレイを片しながら、和泉が慌てて後を追った。


「待てよ、世羅っ!!」


「世羅?」


 急に聞こえた名前が弟の名に似ていて、自然と和哉の視線が向かう。


 入り口付近で静羅が和泉を殴り付けていた。


「あいつが世羅? よく人前で連れを叩くよな」


 感心する和哉に東夜はその理由を悟る。


 おそらくこちらに気づき、慌てて席を立とうとしたのに、連れが大きな声で偽名を呼んだからだ。


 つまり知られるとマズイことだと、静羅自身が自覚してるってことだ。


 静羅は和泉を見捨てるように、夜の闇の中に消えていった。


 その後を慌てたように和泉が追いかける。


 それを見て東夜が立ち上がった。


「悪い、忍。和哉のこと頼むな。俺ちょっと用事できた」


「え?」


「東夜?」


 ふたりの驚きの声には答えずに東夜は店を飛び出した。


 顔を見合わせて頷き合い、残されたふたりも東夜の後を追う。

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