第6話 黒い瞳の異邦人(5)
「そうだな。今日は全部、俺が持つから」
静羅のグラサン越しの素顔に「しまったっ!!」と言いたげな光が浮かぶ。
本人はそんな気なく言ったのだ。
たしかにお金は持ってないから、奢ってほしいという意味だったが、だからといって誘ったわけではない。
静羅は中1のとき、遊び半分でファーストキスを奪われた。
それ以来キスくらいでは動じなくなったし、時には励ましの意味で自分からキスをすることもある。
まあその場合は必ず異性相手だが。
だが、何故か奢ってほしいと意思表示すると、同じ事態になり相手はキスをしようとしてくる。
奢ってもらっている立場上、あまり無下にもできないし、仕方ないのでそれだけは許すが、それ以上は御免だと言い切ってあった。
それが何故か決まり事みたいになって、静羅が奢ってほしいと意思表示すると、相手はキスの権利を得たと思い込んでいる。
認めていないのだが。
そのキーワードが「全部奢ってやる」だったりした。
その証拠に和泉はもうその気だ。
顎を固定され、唇を奪われて嫌悪感が走る。
静羅は同世代の者より精神的な成長が遅いのか、この反感はなかなかなくならなかった。
思い切りのディープキスをひとつ。
これ以上は御免なのでスッと離れた。
「ホントに今日はおまえが持てよ、和泉」
「仕方ねえな。男が相手のときはどんな奴でもキス止まり。どこかで女とよろしくやってんのか?」
嫌味な言われ方にムッとした。
「今日の相手はおまえだろ。そういう科白はルール違反だ。他の奴に乗り換えてやろうか?」
降参とばかりに和泉は大きくかぶりを振った。
肩に腕を回されて歩き出す。
慣れることのない悪寒を顔にも出さず、静羅は普通に振る舞っていた。
ある意味で学校での静羅が別人に思えるほど普通に。
その頃、和哉は街で偶然出逢った同級生たちとカラオケに行って、二次会、三次会と付き合わされていた。
中学生なので本当はダメなのだが、そういうことはだれも意識していなかった。
何故なら和哉がいたからである。
和哉がいれば少々の事態は高樹財閥の力でもみ消される。
それを当て込んでのことなので、当然、和哉が解放されることはなかった。
和哉はさっきから苛立って時計ばかり見ている。
このままでは午前零時を回りそうだ。
そう思ったとき、角を曲がりかけたショーウインドウで、可愛い細工のロケットが売っているのが目に入った。
そういえば土産を約束していたんだと思い出す。
「あのロケットなんて可愛いな」
「静羅への土産か?」
「東夜」
「でも、男に贈るにはちょっと可愛いすぎないか、あれ?」
似合ってるけどと付け足す東夜に、和哉は苦笑いするしかない。
静羅の名の意味はだれにも教える気はない。
静羅の危険を増やすだけなので。
「でもさ、静羅って特に欲しいものとか、凝ってるものとか聞かないけど?」
「あいつは物に執着してないんだ。自分からはあれが欲しいだとか、これが欲しいだとか絶対言わないし。俺が選んで贈れば礼を言ってくれるし、大事にもしてくれるけど、別に贈らなくてもなんにも言わないぜ。あいつには欲がないんだ」
「相変わらず淡白な奴」
東夜がそう言ったとき、和哉が弾かれるように振り向いた。
「なんか変なこと言ったか、俺?」
「いや。東夜もそう思ってるのかって思っただけだ。なんでもない」
俯いたその顔はなんでもないといった感じではなかったが、和哉が突っ込まれたくないと意思表示したので、東夜はこれ以上同じ話題は続けなかった。
「それよりここらでフケないか? このまんまじゃ抜けられないだろ?」
「そうしてくれると助かる。このまんまじゃあ日付変わりそうだし」
「どこか近くのファーストフードにでも行こうぜ」
和哉の腕を引っ張って移動する東夜が、忍に向かって顎をしゃくってみせる。
それだけで意思の通じるふたりは、本当に自分たちに似ている。
適当な店で待っていれば、忍がやってくるのだろう。
事後処理を全部頼んで悪かったなと、和哉はそんなことを思った。
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