第3話 黒い瞳の異邦人(2)

「俺はどこでもいい。特に行きたい場所があるわけでもないし。和哉に任せるから楽しませてくれよ」


「しょうがないな、おまえは。相変わらずトドなんだから」


 今は制服だからわからないが、普段の静羅はものぐさなトドである。


 服装には構う意思もなく、清潔感だけに拘っている。


 そのせいでいつも着崩したTシャツにジーンズだった。


 で、寒くなったらGジャン。


 それだけで年中過ごす。


 髪型にも頓着する気はなく、今の髪型は和哉の好みだ。


 和哉が切るなとうるさいし、美容院などは両親指定の美容師がくるので、すべてお任せだった。


 ただ長い髪が本人は鬱陶しいので、後ろで雑に括ってしまっているが。


 これは和哉には不評だったが、静羅は直そうとしなかった。


 そこまで和哉の意向を取り入れる気はないという意思表示である。


 このくらいで我慢しろ、と。


 ふたりは大財閥の御曹司なのである。


 高樹財閥と言えば世界的に有名な大財閥だ。


 和哉はその正式な跡取りである。


 東城大付属は入るときに家柄の有無が問われるため、入学するのがとても難しい。


 おまけにエリート校だけあって、頭の出来は全国でもトップクラス。


 そのせいか生徒たちにも特権意識のようなものが垣間見れた。


 それがないのは、頂点に位置する高樹の御曹司であるふたりくらいだ。


 長い黒髪を背中に流し、兄を見上げる静羅は影のよう。


 対して生まれつき色素の薄い和哉は光のようである。


 そのふたりが並ぶとどうしても眼が行ってしまう。


 そこだけ異次元。


 そんな感じだった。


 ふたりが並んで歩いていると、廊下の途中で和哉は声をかけられた。


「あれ、和哉。今帰りか?」


 振り向けば曲がり角のところに同級生の天野東夜(あまの とうや)が立っている。


 排他的とも言われる和哉にしてみれば、珍しく親しくしている相手だ。


 2年前に1学年年上の従兄と転入してきて以来、親しくしている。


 和哉が排他的なのはすべて静羅のためなのだが。


 本当に排他的なのは静羅だ。


 静羅は兄以外とは打ち解ける気がないとばかりに、ほとんど話もしない。


 笑いもしなければ怒ることもない。


 眼中にないのだ。


 それでも東夜だけは相手にしている部類に入る。


 その好意が本物だとわかるので。


 が、和哉とふたりきりだったときは、笑顔の出し惜しみなどしない静羅だが、東夜が絡んできたとたん、突然ムスッと黙り込んでしまった。


 これもいつものことである。


 別段いやがっているわけではないのだ。


 興味がないだけで。


「東夜も今帰りか?」


「忍(しのぶ)を待ってんだ。卒業祝に羽目外してもいいって言ってくれたから。散々奢らせてやるんだ。おまえらは?」


「オレらも卒業祝に街に繰り出すところだぜ? 静羅と約束してんだよ、前から」


「だったら一緒に行かないか? ちょうど忍もきたみたいだし」


 言われて視線を投げれば高等部の方向から、浅香忍(あさか しのぶ)がやってくるところだった。


「忍先輩。お久しぶりです」


「やあ。お久しぶりですね、和哉さん。元気そうでよかったですよ。静羅さんも」


「名前で呼ぶんじゃねえよ」


 ボソッと愚痴る静羅である。


 静羅は幼い頃から「修羅(しゅら)」というあだ名を持っていた。


 そこにも意味はあるのだが、今ではその名を気に入ってしまって、本名は家族だけに呼ばれたいと思い始めていた。


 そのせいで学校でも「修羅」と呼ぶようにと、周囲にも徹底させている。


 しかしこの忍と東夜のふたりだけは、何度注意しても名前で呼ぶのだ。


 おかげで文句もボソッとしか言えない静羅である。


 無駄だと知り尽くしているので。


「なあ、忍。和哉たちもさ、街に繰り出すんだってさ。だったら一緒に行かないか? その方が絶対に楽しいぜ?」


「それもそうですね。でも、あまり期待しないでくださいよ、東夜」


「あれ? 和哉に東夜じゃないか!! それに忍先輩もっ」


「俊樹(としき)」


「俊樹も街に出るのか?」


 東夜に言われ、明るい笑顔で頷く俊樹である。


「卒業も間近だし、すこしくらい羽目外しても許されるだろうから。そっちもか?」


「ああ。なんだったら一緒に行くか? そうしたら和哉も楽しいだろうし」


「嬉しい誘いだな。乗らない手はないだろうな」


 すでに4人のあいだで話が纏まってしまっていて、それを眺めていた静羅がふっと口を開いた。

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