写真フィルム

「きれいな流星だな」

 Mは、ほの暗く夕焼けに照らされた空を指差した。

「いや、あれは新型の宇宙葬カプセルだよ。ほら、お尻のところが青く点滅してるだろ」

 Aがそう答えると、Mは立ち止まって目を凝らした。

「ああ、ほんとだ。あれが宇宙葬の目印なわけ?」

「そうだよ。え、今まで気づかなかったの?どうやって宇宙葬と星見分けてたんだよ」

「いや、なんかわかるじゃん」

 石焼き芋…と、屋台のアナウンスが木屋の向こうから聞こえる。

「ほら、なんか光が太くて持続性が高い感じ」

「うーん、分かるようなわからないような」

 Aはリュックを肩から外すと、側のベンチに座った。

「でもさ、百年前はこんなにいっぱい流星なんか見えてなかったんだろ。それにもっと街が明るくて、星も見えづらかったって」

「じゃ、昔の人はもっと寂しい空を見てたんかな」

「今も別の意味で寂しいけどな」

 ふたりのカラカラとした笑い声と、秋の虫の声が彼らの耳に優しい。

「星といえばさ、明日期限のさ、レポート終わった?天文学の」

「終わってねえよ。全然分かんないわ。今日もこんな時間まで外出てたら、もう諦めるしかないな。はは」

 何処から来たのか、微かな光を放ちながら蛍がMの足にとまった。

「なあ、お前いつまでここにいるの?」

「ここって?」

「この街だよ」Aはそう言いながら、ニヤけた笑みを浮かべて火のついていない煙草を咥えた。

「いつかはさあ、もうこの街どころか、東京にも大阪にもいれなくなるわけじゃん。そう思うと、二十二までに東京は一目見ときたいよな。で、別の星に移るのはいつにしよう?就職までには移った方が楽だよなぁ、でも移ってすぐ就職はしんどいし、もっと早めに東京見物は行った方がいいんかな。それでさ———」

「やめようぜそういう話」

 Mは手のひらをお椀のように丸めて、膝の上の蛍を覆った。

「やめた方がいいかぁ」

 Aは煙草を咥え直した。

「———んん、や、今はさぁ、やめようぜそういう話は。俺たちまだ十七歳じゃん。まだ地球は生きてるじゃん。こうやって遊んでコンビニ行ってアイス買ってさー、今しかできないじゃん。今から悲しい気持ちにならなくていいじゃん」

 気づけば太陽は、もうすっかり山に隠れてしまっている。

 山の際まで薄赤かった空を、天頂から濃紺が埋めてゆく。

「だから今はさぁ、もっと楽しい話しようぜ。好きな子とか終わってない宿題とか、宇宙葬の話とか」

「宇宙葬は楽しい話なわけ?」

「楽しい。絶対いつかは地球の外に行けるって保障されてるんだからな」

「そうかぁ」

 Aは煙草を口から離し、ふぅっと煙のない息を吐いた。

「また山登ろうな」

 Mの手のひらから、西の、山を越えた先の太陽を目指すように蛍が飛び立った。

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