第六章 決着

「部長……」

 佐脇が唖然とした表情で野川を見つめている。中栗は尊敬していた野川が実は殺人犯だったとわかって信じがたいというような表情をしており、朝子は静かに鋭い視線を野川に向けている。

「僕としては結構……いや、かなり自信があるトリックだったんですけどね。正直なところ、あなたの能力を過小評価しすぎました」

 野川は先程の激昂から一転して、ひどく落ち着いた口調で榊原に対峙している。その言葉は、自分が殺人犯である事を認めるものだったが、もはや気にしていないようである。

 一方、榊原は野川を見据えて静かに次の言葉を発する。

「動機は何だね。できれば、君自身の口から聞きたい。高校生探偵ともてはやされた君が、どうして殺人犯になってしまったのか」

 榊原の問いに対し、野川はゆっくりと榊原の方に視線を戻した。

「最初に聞いておきますけど、僕の推理を全否定したって事は、横川君云々の話は信じていないわけですか?」

「本当のところはどうなんだ?」

 榊原の逆質問に対し、野川は小さく笑った。驚くべき事に、榊原によってトリックを暴かれたにもかかわらず、未だ反省や後悔の色を一切見せない。

「残念ですけど、あの動機の話についてはほとんど事実ですよ。トリックならともかく、動機なんてそう簡単に捏造できないでしょう。まぁ、西ノ森君や朝桐君の動機に関するくだりはあなたの予想通り、真っ赤な嘘ですけど」

 野川はチラリと美穂を見る。美穂は身をすくめ、さつきがそれをかばうように野川をきつい視線で睨む。それを見て、野川は小さく首を振ると、榊原の方へと視線を戻した。

「つまり、横川が岩坂や生田を殺したのは事実だと?」

 榊原が念押しするように尋ねる。

「ええ、その通りですよ。僕が言うのもなんですけど、横川君はひどい男です」

 野川は榊原を見据えた。

「僕が溝岸君と組んで新橋の岩坂先輩殺しを追っていたのはさっき話しましたよね」

「あぁ」

「実のところ、僕はかなり早い段階で岩坂先輩を殺したのは横川ではないかと疑いを持っていたんです。それ以前から……具体的には肥田事件の辺りから、彼には不審な行動が目立っていましたから。溝岸君から岩坂先輩の話を聞かされた時、真っ先に頭に思い浮かんだのは彼でした。以降、僕はそれとなく横川君を調べるようにしていたんです」

 野川の独白が続く。

「そしたら、ある日いきなり横川君の方から僕に接触してきました。そして、僕に対して脅迫をしてきたんです」

「脅迫?」

「簡単に言えば、溝岸君を押さえてくれないか。溝岸君に偽の推理を突きつけてくれないかというものでした」

「君は、それを受けたのか?」

「受けざるを得なかったんですよ」

 野川は悔しそうに言う。

「横川君の脅迫内容は、肥田事件における僕の推理ミスを暴露するというものでしたから」

「推理ミス、というのは?」

「やっぱり、あの事件の犯人は肥田先輩ではなかった。いや、正確には肥田先輩はただの操り人形だった、と言った方がいいかもしれません」

「……主犯は横川だった、という事か?」

 榊原が言う。野川は頷いた。

「ええ。あの裏サイト事件で実際に脅迫を書いたのは横川君だったんです。本人が言うにはおふざけのつもりだったそうですが、当時は未成年を標的にした殺人事件が全国で多発して社会問題になっていた時期で、予想以上に大事になってしまった。そこで、慌てた横川君は肥田先輩を脅迫してスケープゴートにする事にしました。肥田先輩は元々気が弱いところがあって、そこにつけ込まれたんです。そして、横川君は肥田先輩にすべての罪を押し付け、肥田先輩と協力した上で僕の推理を別の方向に導くように細工をした。何しろ、犯人に指摘される人間が協力しているんです。表向きは間違いのない解決に見えても当然ですよ」

 野川は自嘲気味に笑う。

「結果的に、僕は横川君の罠にはまって無実の肥田先輩を犯人にしてしまった。彼はそれをネタにして僕を脅してきました。要求に応じられないようなら、この推理ミスの事をばらすと」

「せ、先輩、そんな脅迫に乗ったんですか」

 中栗が信じられないというような表情をした。だが、野川は苦い口調でこう反論する。

「僕の気持ちはわからないだろうね。探偵にとって、推理ミスをするという事がどんなに屈辱的で、なおかつ致命的なのものなのかを!」

 野川の言葉に、中栗は口をつぐむ。

「榊原さん、あなたならわかりますよね。推理ミスをして警視庁を去る事になったあなたなら、探偵にとって推理ミスがどれほど恐ろしいかという事を」

「……」

 榊原は無言のままだ。

「でも、横川君はそれで安心し切れなかったようです。それで、僕とすでに退学になっていた肥田先輩を巻き込んで、ホームレス狩りを始めたんです」

「君もホームレス狩りをしていたのか……」

 斎藤が唸る。

「被害者の方には申し訳ないと思います。でも、これでいよいよ横川君には逆らえなくなりました。この事実がばれたら身の破滅です。従うしかなかったんですよ」

 野川は天を仰ぐ。

「三月になって、生田君が真実に近づいていました。溝岸君は僕が押さえていましたけど、生田君は個人で調べていましたから僕の手には負えなかったんです。あの黒部の合宿も、彼が岩坂先輩を殺した犯人をあぶりだすために仕組んだものでした」

「生田君を殺したのは誰だ?」

 榊原が尋ねる。

「……僕と横川君でやりました。タオルで首を絞めて気絶させて、ダム湖に投げ捨てたんです」

 しばらく沈黙した後、野川はそう白状した。

「殺人を解決した事はありましたけど、まさか自分がやる方になるとは思ってもみなかった。でも、横川君はすでに岩坂先輩を殺している。彼はビビッていた僕を笑いながら生田君の首を絞めていました。それを見て、僕はもう我慢ができなくなった」

 そう言って、非難めいた視線で榊原を見つめる。

「だから、僕はあなたを訪ねる事にしたんです」

 瑞穂は口を押さえた。

「あれだけ挑発的な事を言ったのは、あなたにミス研に興味を持ってもらうためでした。それは現場検証の前に言った通りです。でも、その目的は岩坂先輩の調査ではなかった。横川君の所業を暴いて僕を助けてほしかったんです」

 榊原は答えない。

「でも、あなたは気が付いてくれなかった。そして、時間切れになったんです」

「どういう事ですか?」

 佐脇が尋ねる。

「村林君が僕たちのホームレス狩りの事実に気付き始めていました。それに富山県警からは生田君の事件に不審を持った元刑事が来ていて、僕たちを嗅ぎ回っていた。さらには溝岸君も僕の手では押さえきれないようになってきていて、ついには僕の事を疑い始めていた。色々な所のボロが出始めていたんです。でも、横川君はまた殺せばいいと簡単に考えていた。このままじゃ永久に解放されません。僕は、横川君を殺す決断をしました」

 野川はいよいよ今回の事件の話を始めた。

「すでに横川君は富山の刑事さんを殺してしまった。そして次に村林君に狙いを定めていました。榊原さん、あなたは僕があそこに横川君を呼び出したと言いましたけど、実際は横川君が村林君を殺すために自分からあの場所にいたんです」

「君は、最終的に誰を殺すつもりだった?」

 榊原が尋ねる。

「横川君と溝岸君は絶対に殺すつもりでした。横川君は今言った理由で。溝岸君も僕の秘密に到達するのは時間の問題でしたから、殺さざるを得なかったんです」

「村林君は?」

「彼はホームレス狩りの事実を新聞部にリークするはずでした。このまま放っておいたらまずい事にはなりますが、すぐに真相に到達するようなポジションにはいなかった。結局、彼を殺すかどうかは天に任せました。結果は、ご存知の通りです」

 野川は淡々と告げた。

「後は、あなたの言った通りですよ。あなたの言ったトリックで、僕は四人を殺害しました」

「朝桐英美を殺したのは、まったくの偶然か」

「まさか、朝桐さんに見られるなんて……」

 野川は無念そうに言ったが、瑞穂は怒りが収まらなかった。

「部長……あなたは人の命を……」

 瑞穂はそこまで言ったが、それ以上は怒りで言う事ができなかった。

「……一つ、聞いてもいいかね?」

「何ですか?」

「どうしてこんなトリックを使った? 君ほどの人間ならばもっと普通に殺す方法を……朝桐さんのように余計な人間を殺さずにすむトリックを考えられたはずだ」

 野川はしばらく黙ったが、こう言った。

「あなたに対する復讐ですかね」

「復讐?」

「あなたは僕のSOSに気がついてくれなかった。それで、一度あなたを見返してやろうと思ったんです。だから、とびっきりのトリックであなたに挑む事にしました。でも、結局僕は負けてしまった。気が付いてくれなかった事を根に持って、あなたを過小評価しすぎた。そんな推理力があるなら、僕の事にも気付いてほしかったですね」

 野川はそう言って榊原を見た。

「これが僕の動機ですよ、榊原さん」

 榊原はしばらく黙ったままだった。そのまま沈黙が続く。

「……話はこれで終わりかね?」

 不意に榊原が言った。

「はい」

「今の話に間違いはないかね?」

「ありません」

 野川は神妙な表情で頷く。榊原は一瞬目を閉じた。が、すぐに開けて野川を見つめる。

「野川君」

 榊原は野川に呼びかける。そして、続けてこう言った。


「ふざけるな」


 その言葉に、その場にいた全員が固まった。

「え……え……」

 一番戸惑ったのは当の野川自身である。

「まさかそこまで私を甘く見ていたとはな。せっかく釈明の機会を設けたにもかかわらず、君はそれさえ言い逃れに使うか」

「な、何を……」

「とぼけるな!」

 榊原が一喝した。その剣幕にその場にいた全員が肩をすくめる。それは今までの榊原の態度とは明らかに違う、本気の怒りであった。

「よくも、そこまで口先だけの事が言えるものだ。君は私が何も知らないとでも思っているのか?」

「口先って、僕はただ……」

「死んでいる事をいい事に、無実の人間に罪を着せて、自分は哀れな共犯者だと? 君は心底救えない人間だな」

 榊原は怒気を押し殺しながらも一言一言厳しい口調で発言していく。

「た、探偵さん……一体どういう事なんですか?」

 瑞穂はその剣幕にすこし気後れしていたが、それでも気を持ち直して榊原に質問した。

「そもそも、今この男が言ったような動機が真実だとすれば、何の関係もない西ノ森さんに罪を着せて自分が逃げおおせようなどという考えが出てくるわけがない。この男の動機はこんなにきれいなものじゃない。もっとどす黒い、身の毛もよだつようなものだ」

「一体、何を言っているのか僕には全然……」

「町水梨枝子と町水和清!」

 不意に榊原は突然そんな名前を告げた。その言葉に、なぜか野川の弁明が止まる。

「知らないとは言わせないぞ」

 野川は押し黙る。先に気が付いたのは中栗の方だった。

「そ、その名前って……」

「君たちは知っているだろう」

 榊原は野川をジロリと睨みながら容赦なく告げる。

「町水梨枝子は昨年一月に発生した世田谷区主婦殺人事件の被害者。そう……今ここにいる高校生探偵・野川有宏が唯一解決し、その名を世に知らしめた殺人事件だ。そして町水和清はこの被害者の夫であり、この男によって犯行を暴かれて最終的に自殺した同事件の犯人……いや、正確にはこの男によって犯人に祀り上げられた人物だ」

「ま、祀り上げられたって……」

 その表現の仕方に、中栗は戸惑った。

「この事件最大のポイントは、第一級容疑者だった町水和清が事件当時大阪にいたというアリバイを持っていた事だった。彼は犯行翌日の早朝に大阪にいた事がわかっている。犯行時刻は深夜十一時ごろで、彼は大阪から東京に来る事はできても、犯行後に大阪に戻る手段がなかった。しかし、野川有宏はこの事件に介入して彼が行ったとされるアリバイ工作を見抜いている。具体的にはこの日だけ夜間飛行していた東京発大阪行きの特別便の存在を突き止め、大阪から東京に戻って犯行に及んだ和清がこの特別便の飛行機を使って大阪に戻ったという推測を成立させたわけだ。そしてこの推理を突きつけられた町水和清は、その後警察の監視の一瞬の隙をついてマンションから飛び降り自殺した……という事になっている」

 その瞬間、瑞穂はある恐ろしい考えに行き着いた。

「た、探偵さん……さっきから聞いていると、まるで……」

「まるで、どう思うね?」

 榊原に尋ねられ、瑞穂は答える。

「まるで……その和清という人が犯人じゃないみたいに聞こえます」

 その瞬間、ミス研部員の間に衝撃が走った。

「町水和清が、犯人じゃない?」

 残りのメンバーは戸惑っているばかりだ。だが、野川が初めて解決した事件という事でそれなりに内容は知っているらしく、いきなり話され始めたこの事実に緊張した様子で聞き入っている。

 対して、野川有宏自身は明らかに表情を変えていた。

「いきなり何を言い始めるんですか! 第一、今は関係ないでしょう」

「いや、関係はある」

 榊原は断言した。

「そもそも、どうしてあなたがその事件の事を知っているんですか!」

「当然、調べたからだ。徹底的にな」

 榊原はいとも簡単に言う。

「調べたって……」

「今日、町水夫婦の住んでいた家に行ってみた」

 榊原は突然そんな事を言い始めた。

「家そのものは殺人物件という事で内装そのままにほとんど当時のまま保存されている。で、管理している不動産会社の許可をもらって調べてみたら、一つ気になるものが見つかった」

「何ですか?」

「病院の診察券だ」

 瑞穂の問いに榊原は答える。

「気になった私はすぐにその病院に行って話を聞いてみた。そして、ある事実……おそらく今まで誰も知らなかったであろう事実を聞き出した。野川が犯人と指摘した町水和清が実は盲腸でこの病院で手術を受けていた事。また、自殺した和清の司法解剖がこの病院で盲腸手術をしたのと同じ医師によって執り行われていた事。さらにこの医師が和清の生前に起こしていた医療ミスを、司法解剖担当になった事をいい事に隠蔽していた事だ」

「い、医療ミス?」

 思わぬ言葉に瑞穂は戸惑う。

「盲腸の手術の際にメスを体内に忘れたんだそうだ。結局そのミスは彼の生前ずっと放置されていて、司法解剖の際にこれ幸いとその医師はメスを摘出。ミスを隠蔽していた」

 榊原は野川を睨む。

「これが何を意味しているのか、すぐにわかると思うが」

 その瞬間、野川の顔が驚愕に歪んだ。榊原は推理という名の手札を一枚切った。

「メスは金属だ。となると、いくら体内にあろうが、そんなものを持っている人間が空港の所持品検査で金属探知機に引っかからないわけがない。何しろ体内にあるのだから、いくら探しても見つからず、見つかったとしたらその時点で医療ミスが発覚しているはずだ。つまり、町水和清は、絶対に飛行機に乗る事ができない男だったという事になる。念のために言っておくが、肝心の大阪への出張は新幹線で行ったようで、飛行機は使っていない。当然、そうなると君が披露してみせた一見正しいような推理も実行不可能という事になってしまい、必然的に彼は町水梨枝子殺害の犯人ではないという結論に落ち着く」

 それは、本当に野川にとって想定外の話だったらしい。彼はしばらく呆然としていたようだが、やがて表情を元に戻すと、榊原に反論した。

「た、確かに、残念ながら僕の推理は間違っていたようですね。でも、だから何なんですか。さっきも言ったように、この事件と今の事件はまったく関係ありません」

「話はこれからだ」

 榊原はそう言って推理を進める。

「町水梨枝子殺害の犯人は町水和清ではありえない。では、一体誰が犯人なのか? また、犯人でないなら町水和清はなぜ自殺などしたのか?」

 そう言うと、榊原は野川に視線を向ける。

「そして、そもそもの話、どうして野川有宏が警察の捜査に介入できたのか?」

「え?」

 全員が戸惑った。

「その辺りの事を、君たちはどう聞いている?」

「それは……」

 全員が口ごもった。確かに新歓の時にその話題が出された時も、いきなり事件の話が始まって、彼がなぜそんな推理を語る事ができたのかと言う前提については『刑事が話に来て、そこで話された話から一つの仮説を立てたところ、それが認められて推理を話す事になった』という程度しか話されていない。一応辻褄合わせはされているが、極めて曖昧な話である。

「考えてみれば当たり前の話だが、事件と何の関係もない高校生に捜査させるような事を警察はしない。となれば、野川は事件と何らかのつながりがあり、そのつながりから警察の捜査に介入し、最終的には事件を解決した、という流れがあったと考えられる。つまり、野川は探偵役どころか当初はこの事件の関係者の一人として見られていた事になる」

「事件の関係者……」

「関係者という表現でわかりにくいなら、容疑者と言い換えてもいい」

 榊原は当然と言わんばかりに告げた。

「よ、容疑者?」

 殺人事件の容疑者とは尋常ではない。瑞穂は、思わず野川の方を見た。

「私は実際に事件の詳細を世田谷署で調べた。すると、野川有宏は当初、事件当時に殺害された町水梨枝子の自宅周辺にいたという目撃情報から事情聴取を受けていた事が判明した」

「そ、そんな……」

 中栗が愕然とした口調で言う。まさか、そんな裏があるなど今まで思ってもいなかったに違いない。

「彼自身はそれに対して何と?」

「野川は町水夫妻の隣の家に用があったと証言していた。そこには野川の叔母が住んでいて、その縁で町水夫妻とも知り合いだったという答えだ。もっともな答えだったので、警察もそれ以上は突っ込まなかったらしい」

 そこまで聞いて、瑞穂は疑問に思った。

「どうして、そんな重要な事が今まで私たちに知られずにいたんですか?」

「彼は容疑者ではあったが、どちらかといえば参考人と考えられていたからだ。単に現場近くにいた人間という事で話を聞かれていただけで、第一容疑者はあくまで夫の和清だった」

 そして、榊原は真実を暴露する。

「その後、その取調べの際に担当刑事から事件の話を聞いた野川が興味を持って調べ始め、翌日に近くの寺で行われた梨枝子の葬儀の席において、町水和清の面前でいきなり一方的に推理をぶちまけた。君たちがどのように脚色されていたものを聞いていたのかは知らないが、これが警察の記録に書かれている実際の事件の流れだ」

 新歓の時に聞いた話のニュアンスとは明らかに違うものである。あの話では関係者の前で堂々と推理ショーをしたように聞こえたが、実際は極めて一方的で勝手な推理ショーだった事になる。

「だが、これに対して和清は言い返すどころか青くなって奥の控え室に引っ込んでしまい、そのまま失踪。それで大騒ぎになった。それどころか、控え室に残された彼の鞄の中からは、問題のトリックの肝となる特別便のチケットが見つかった。これが決定的な証拠となって警察は野川の推理を認め、すぐさま葬儀場にいた刑事たちが付近を捜索した。だが、発見する前に和清は葬儀場近くのマンションから飛び降り、事件は幕を閉じた」

 そこで、榊原は再び野川の方を見た。

「しかし、実際には和清は飛行機に乗れなかった。彼の推理以前に警察が必死に検討していた以上、これ以外に東京から大阪に戻る手段はない。そもそも、彼が犯人ならなぜ重要な証拠になりうる飛行機のチケットを後生大事に持っていたのかという疑問に突き当たる。そのチケットが致命的証拠になるのは明白だから、捨ててしまうのが一番手っ取り早いはずだ。しかし彼は爆弾ともいえるチケットをなぜか葬儀会場まで持ち続けていた。これは犯人の行動としては明らかに不自然だ。以上より、彼は犯人ではありえないと断定できる。となると、どうして彼の鞄からそんなチケットが見つかったのか、そして彼がなぜ自殺したのかが問題になる。犯人でないなら、彼が自殺する意味はない」

 榊原は結論付ける。

「つまり、この本来ありえない証拠や動機なき自殺に関しても、第三者の手が加わっていたのではないかという疑惑が浮上してくる事になる」

 もはや、全員の視線が野川に集中していた。彼の「高校生探偵」と言う名声のよりどころになっていたこの事件。それすら、今榊原の手でひっくり返されようとしているのだ。

「今の疑問に対し、心当たりはあるかね?」

 厳しい表情で榊原が野川に尋ねる。

「……あるわけないですよ。僕は、自分の推理を今まで信じていましたから」

「そんな事はないだろう」

 榊原はそう言った後、いきなり切り札の一枚を野川に叩きつけた。

「何しろ、あのチケットを和清の荷物に忍び込ませたのは、他ならぬ君自身なのだからな!」

 榊原の推理を聞きながら瑞穂は思う。先程から、榊原は複数存在するそれぞれの切り札を、緩急をつけながらそれぞれ効果的な場面で突きつけている。それが野川のペースを乱し、さらに一つ一つの切り札の効果を最大まで高めている。

 案の定、この切り札も野川に対してかなりのダメージを与えているようだ。

「な、何を根拠に……」

 いきなり核心にかかわる事を言われて、若干しどろもどろになりながら野川が反発する。しかし、榊原は追及の手を一切緩めようとはしない。

「このチケットが第三者の手によって入れられたとすれば、犯人は葬儀場にいた人間。しかし、あのチケットが証拠として効果を持つのは、チケットの証拠価が白日の元に晴らされて、なおかつあの場でチケットが見つかった場合のみだ。つまり、君のいかにもな推理がなければ、あのチケットはそもそも証拠にならない事になる」

「そっか……」

 瑞穂は思わず納得した。

「つまり、あのチケットをわざわざ証拠になるように仕向けた人間……推理した君が一番怪しいという事になる。理解できるかね?」

 しかし、野川は必死に反論する。

「でも……でも、それならどうして和清は失踪なんかしたんですか!」

「あれは失踪なんかじゃない。奥に引っ込んだのは、おそらく具合が悪かったためだ」

「具合が悪かった?」

 皆が首をひねる。

「言うまでもなく、野川が話したのは間違った推理だから、和清にしてみればまるで身に覚えのない話だ。だから野川からしてみれば、彼に反論されては困る。そこで、おそらくは彼の飲み物か何かに遅効性の緩い毒を仕込んで置いたんだろう。隙を見て入れれば、そう難しい事ではない」

「では、和清が青い顔で奥に引っ込んだのは……」

「単純に、毒で苦しかったからだろう。おそらく、後半からはまともに野川の話も聞いていなかったはずだ。だが、その様子が追い詰められた犯人という錯誤を生み出した」

 その推理に、全員が感服したように頷き合う。

「ちょっと待ってください」

 が、当の野川が榊原を止めた。

「今までの話だと、まるで僕が和清にわざと罪を着せようとしているように聞こえます。でも、どうしてそんな事をする意味があるんですか?」

「それは事件に幕を引くためだろう」

 榊原は当然のように答える。

「より正確には、君の望む形で幕を引くため、と言った方が妥当か」

「わけがわかりませんね」

 野川はしらばくれるが、榊原はしばらく黙った後、こう切り出した。

「まったく関係のない人間に罪を着せる。やり方は最初からまったく変わっていないようだな」

 その言葉の意味するところに、やがて全員が気付き、そして身を凍らせた。

「それって……」

 瑞穂が恐る恐る聞く。榊原は一気に真相を告げた。

「つまり、町水梨枝子を殺害したのは実はこの野川有宏であり、野川は強引に探偵役になって町水和清に自分の罪を着せ、そして町水和清をも自殺に見せかけて殺害した。それこそが、昨年一月の世田谷主婦殺害事件の真相であり、そして現在に至るまでミス研で多発した数多くの事件の出発点だった。私はそう考えているのだがね」

 推理勝負はまだ終わっていない。四人同時殺人という今日起こったこの大事件でさえ、この野川有宏という男が起こした犯罪の枝葉の一部に過ぎない。野川と榊原の対決は、今まさに佳境を迎えようとしていた。


 すでに時刻は午後六時半。推理開始から一時間半を経過し、外もだんだん薄暗くなっている。武道場の明かりが外に漏れるようになってきた。

 榊原によるあまりに衝撃的な告発は、その場を静まり返らせるのに充分だった。

「……四人殺害をすでに認めているのに、まだ殺人の罪を僕に着せるつもりですか?」

 不意に野川がそう反論し、さらにまくしたてるように続けた。

「そこまで言うなら聞きますけど。和清が犯人でないなら、僕はあのチケットをどうやって手に入れたんですか? それに、和清をどうやって殺したんですか? 第一、僕にあの二人を殺す動機はありません。動機は何だったんですか? 説明してくださいよ」

 榊原はその問いに対し、一度目を閉じて精神を集中させた後、一気に話し始めた。

「おそらく、最初から和清に罪を着せる計画だったはずだ。君はあえて和清が大阪に出張している日を選んで犯行に及ぶ事にし、時刻表を調べてあの特別便以外に東京と大阪を往復できない時間帯を狙って犯行を行う事にした。犯行当日、町水梨枝子を殺害した君は真っ直ぐ羽田に向かい、自分で実際にそのチケットを使って飛行機に乗った。それでチケットが簡単に手に入る」

 ここで、野川が口を挟んだ。

「待ってください。警察だって馬鹿じゃない。真相が判明した後、特別便のスタッフに問題のチケットの席の状況を聞いたはずです。チケットについて偽名にしても、そこに座っていたのが高校生だったら、いくらなんでもばれるでしょう」

「席を交換したと考えればいい。おそらく、搭乗後すぐに何らかの理由をつけて和清に近い年齢の人間と席を交代した。その誰だかわからない人物が目立つ行動さえしなければ、中年の人間が乗っていたという事で通ってしまう。おそらく、本人は犯罪に利用された事すら知らないと思うが」

 榊原は間髪入れずに反論する。

「さて、君はまんまと偽推理で和清に罪を着せる事に成功し、和清は計画通り気分が悪くなって奥に引っ込んだ。そして、その後君は彼を探す振りをしてトイレにでもいた彼を拉致し、そのままマンションの屋上から突き落とした。後は何食わぬ顔で合流すればいい。逆に言えば、この一件はその程度の簡単なトリックの事件だった。これがうまくいったのは、君が偽の探偵役としてうまく立ち回ったからにすぎない」

 榊原は話を続ける。

「最後に動機だが、これについてはすべてを話し終えてからにしたい。その方が、君も納得できると思う。もちろん、話せと言うなら今すぐ話すが」

 あえて挑発するような口調で榊原は言った。野川はしばらく考えたが、やがて慎重に答える。

「……いいですよ。とにかく今はあなたの話を聞きましょう」

 その答えに榊原は頷くと、さらに推理を進めていく。

「とにかく、君は町水夫妻を計画的に殺害し、見事に罪を逃れたばかりか探偵としての名声も得た。これで終わったら、他の事件は起こらなかったはずだった。だが、そうは問屋がおろさなかった。君の事を怪しみ、実際に調べ始めた人間がいた」

 榊原は告げる。

「それが、岩坂竜也と生田徹平だった」

 野川は何も言わず、ジッと聞いている。榊原は構わず続けた。

「君は岩坂が調べていたのは肥田事件だったと言ったが、実際は肥田事件は本当に肥田一人の犯行であり、君が解決した以上の事はなかったと私は推測している。岩坂が調べていたのは肥田事件よりももっと前……つまり世田谷の事件だったという事だ。おそらく、自分の後輩が解決した事件に不自然な部分がある事に気が付いたんだろう。君の解決に違和感を覚えた岩坂は仲のよかった生田と組んで事件を調べていた。ちなみに、問題の新橋には町水和清の勤めていた会社がある。何度か聞き込みにも行っていたはずだ。だが、その行動は君に危機感を抱かせるもの以外の何物でもなかった。真相がばれたら探偵の名声云々の問題以前に殺人犯として捕まってしまう。それだけは絶対に避けねばならなかった」

 そして榊原は告げる。

「だから、君は躊躇なく岩坂竜也を新橋駅から突き落として殺害した」

 事件がどんどんつながっていく。瑞穂はバラバラだったピースがどんどん組み立てられていくような感覚を覚えた。

「しかし、生田徹平はかえって世田谷の事件と岩坂の事件を調べるようになっていった。とはいえ、連続で殺すとさすがに疑われる可能性があるから、君としてもしばらく様子を見る他なかった。さらに九月になって入ってきた溝岸幸も、兄の敵という事で極秘に岩坂の事件を調べ始めている。結果的にはかえって逆効果になってしまったわけだ。君は犯罪遺族の抱える怒りを読みきれなかったんだ」

 榊原の糾弾に対し、野川は黙ったままだ。先程までの激しい反論が嘘のようである。

「同じ頃、いかなる理由かは知らないが横川君は肥田と組んでホームレス狩りを始めた。君は横川に脅されていたと言ったが、おそらく真相は逆だ。横川君が君を脅していたのではなくて、君が横川君を、ホームレス狩りをネタに脅していたと考えている」

「……どうしてそう思うんですか?」

 野川は短く聞いた。気のせいか、何かドス黒いものが野川の周りを漂っているような、何とも言えない錯覚を覚えた。

「この後に起きた黒部事件を考慮しての結果だ。あの事件が殺人だとすると、犯行は一人では無理だ。生田をダム湖まで運ぶのに、共犯者が必要になる。その共犯者に該当する人間を考えると、横川君しかいなかった。君に逆らわず、言う事を聞く人間。ホームレス狩りをネタに脅されている横川という構図が浮かんだ」

 榊原の声が道場に響く。

「おそらく、次の殺人の際に使えると判断したんだろう。そんなわけで、いよいよ真相に近づき、黒部合宿という強行手段に打って出た生田が次の標的になった。君は横川君を操って生田徹平を事故死に見せかけて殺害した。本来なら、君はこれで安泰になるはずだった」

 容赦ない追求が続く。

「だが、事態はさらに拡大の一途をたどった。生田の死後、今度は溝岸幸が君の事を調べているのに気がついた。君は、溝岸幸と一緒に岩坂の死を調べていたと言っていたが、それも嘘だろう。岩坂の復讐に燃えていた彼女が、君を不審に思わないはずがない。おそらく、君が彼女の正体に気がついたのは生田の死後だ。生田の事件の前に気が付いていたら、同時に殺しているはずだからな。いくら君でも、殺人の労力は最低限に抑えたいはずだ。その上、黒部事件を不審に思った富山県警の刑事までが周りを嗅ぎ回り始めた。さらに横川君のやっていたホームレス狩りの事実を、村林君が感づいてしまった。どんどん収集がつかなくなっていったわけだ。まぁ、それが犯罪というものだがね。一つの犯罪を隠すために新たな犯罪を犯し、その犯罪を隠すために別の犯罪を隠す。際限ないゲームだ。普通はこうなったら、たいていの人間はギブアップしてしまう。だが、君はそうしなかった。よりにもよって、今までと同じく、邪魔者をすべて消す方針を立てた」

 いよいよ、事件の中心が現在に近づいてきた。

「まず、君はホームレス狩りを模倣して元富山県警の神崎警部を殺害した。これについては、彼だけが学外の人間だったからというのが理由だろう。殺人となれば警察も本気を出し、いずれは横川君の名前が浮上する。そして、利用するだけ利用してもはや用済みになった横川君と、危険人物と化した溝岸幸を同時に始末する計画を立てた。村林君については知っているのがホームレス狩りの情報だから横川君さえ殺せばそれほど害はないはずだが、それでも危険人物には変わりないから、死んでも死ななくてもどちらでも構わない計画を立てたわけだ。結果的に、彼は死んでしまったわけだが」

「それが、今回の同時多発殺人ですか」

 斎藤が呟いた。

「あとはさっき散々説明して、本人も認めた通りだ」

 ずっと話しっぱなしだった榊原は、そこでいったん息をついた。

「彼が榊原さんと接触したのはなぜしょうか?」

 国友が尋ねる。

「おそらく、神崎さんが調べているという情報を通じて、彼から依頼を受けていた私の事も知ったのでしょう。事務所訪問に関しては、私がどんな人間なのかを確認しに来たのだと思います。推理勝負は私の実力を測るため。もっとも、お流れになって結局未知数のままこの犯行に突入する事になってしまったようですがね」

 榊原の言葉に、野川は反応しない。表情も、どこか無表情になっていた。

 他のメンバーも、もはや一言も口を挟めなかった。榊原の話が正しいとするなら、野川有宏は四人を殺した人間どころの話ではない。町水梨枝子、町水和清、岩坂竜也、生田徹平、神崎十三、横川卓治、村林慎也、溝岸幸、朝桐英美……合計九人もの人間を殺害した、日本犯罪史上に名を残すような大量殺人鬼という事になってしまう。そんな人間が今まで罪を逃れて自分たちの身近にいたという事実に、誰もが震撼していた。

「さて、反論はあるかね?」

 榊原の問いに対し、野川は相変わらず黙ったままだ。

「探偵さん、動機は何なんですか? さっき、最後に話すと言っていましたけど」

 代わりに、瑞穂が尋ねた。

「探偵さんの話だと、すべての始まりはその町水夫妻殺害です。他の人は全員口封じのための殺人でした。じゃあ、部長が町水夫妻を殺害した動機って、一体……」

「深町君は、この男の過去を知っているかね?」

 不意に榊原は尋ねた。

「過去、ですか?」

「何か聞いた事は?」

 それに対して答えたのは朝子だった。

「聞いた話ですけど、確か元々孤児院の出身で、一歳の時に今の両親に引き取られたとか。生まれてすぐに本当の両親が事故死したとは言っていましたが」

 言われてみれば、以前そんな話を聞いた気がする。これに対し、榊原は小さく頷いた。

「概ねその通りだ。だが、両親の事故死云々の箇所は違っている」

「どうしてそんな事を?」

「悪いと思ったが、調べさせてもらったよ。問題の孤児院に詳しい事情を聞いた」

 その瞬間、無表情だった野川の眉が少し動いた。

「孤児と言っても色々なタイプがある。君が主張したように両親が他界してしまったタイプと捨て子のタイプが典型的だ。君は前者を主張していたようだが、実際は後者のタイプ、つまり捨て子だったらしいな」

「え?」

 瑞穂は思わず声を上げた。だが、榊原は構わず続ける。

「君は十八年前の六月二十日、孤児院の前に捨てられていたところを見つかった。生後間もない赤ん坊だったそうだ。当然、いつ生まれたのかわからないわけで、誕生日はその発見された日付になっている。その後、一年間孤児院にいた後、子供を欲しがっていた今の里親が引き取った。その里親の苗字が『野川』だ。ここまでは割とすんなりわかった。だが、私は少し引っかかった。捨て子だとするなら、野川宅に引き取られるまでの一年間、君は何と呼ばれていたのか。何の名前もなく捨てられていたとすれば、この名前の名付け親は孤児院の人間という事になるが、そうなるとなぜ『有宏』と言う名前になったのか少し気になる。そこで、殺人事件に絡んでいるかもしれないという事で孤児院により突っ込んでみたところ、実は捨てられた時に君が入れられていたバスケットに名前が書いてあって、孤児院側はその名前が君の名前だと判断していた事がわかった。もちろん、里親が見つかっている以上、孤児院はこの事については一切外部に漏らしていない。当事者である君以外には、だが」

 そして、榊原は告げる。

「そして、そのバスケットに書かれていた名前は、『町水有宏』だったと言う事だ」

「ま、町水?」

 瑞穂は聞き返す。同時に、すべてがつながった気がした。

「こう言っては何だが、町水と言う名字はそうそうあるものじゃない。つまり、君が殺害した町水夫妻は、君の実父と実母だったと考えられるんだ」

「それじゃあ、部長の動機は……」

 瑞穂は絶句する。

「おそらく、自分を捨てた実の両親に対する復讐だろう。彼の家庭環境も調べてみたが、里親にもらわれたのはいいが、その直後にその里親の間に実子……つまり君の妹が生まれている。推測ではあるが、これによって両親は実子の妹ばかりをかわいがるようになったのではないだろうか」

 野川は顔を引きつらせたようにしながら榊原を見ている。どうやら、図星らしいと瑞穂は思った。

「妹ばかりが評価され、自身は構ってもらえない。そんな生活が何年も続いたある日、君は『町水』という夫婦と出会った。おそらく、これは本当に偶然だったんだろう。町水夫妻の家の隣に叔母……つまり野川夫妻の姉妹がいて、その縁で知り合ったと考えられる。そして、君は孤児院から、君の元々の名前が『町水有宏』だった事も聞いていた。さっきも言ったように、町水という名字はそうそうあるものではない。君もすぐにその可能性に気が付いたんだろう。当然、調べたはずだ。そして、君は確信したわけだ。彼らが、実の両親である事を」

 野川は黙秘したままだ。どうやら、下手な事を言って突っ込まれるのを恐れているらしい。

「家族から冷遇されている自分に対し、自分を捨てた両親は幸せな家庭を築いている。そこに恨みや、あるいは殺意が芽生えたとしてもなんら不思議はない。何しろ、文字通り自分の人生を捨てた相手だ。そして自分の家庭で見捨てられているという自虐性がそれに拍車をかけ、ついに爆発した」

「それが……世田谷の殺人」

 瑞穂が呟く。

「自ら探偵役になって偽推理で罪を着せるというやり方を採った理由も何となくだが推測はできる。君は里親の両親に認めて欲しかったんだろう。探偵役として世間の脚光を浴びれば、里親だって自分を見直すはず。そう考えた。だからこそこんな面倒くさい方法を採った。コンプレックスの裏返しのような話だ」

 榊原は野川に語りかける。

「確かに、境遇には同情できる場面もないとは言えない。殺意のような感情を抱いても、仕方がないといえるかもしれない」

 が、直後から榊原の言葉が厳しくなる。

「だが、それを実行に移すのは話が別だ。さらに、あまつさえそれをネタにして有名になって里親から認められようなどというのは、人間の考える事ではない。さらに言えば、それ以降に君が犯した七人の人間の殺害は、どうあがいたところで絶対に許せるものではない、人として最低かつ最悪の所業だ。自分の悪行がばれそうになったから殺すだと? ふざけるな! 君は、人の命を何だと思っているんだ! 人の命は、君の引き立て役ではないんだぞ! それでいけしゃあしゃあと『探偵』を名乗るなど、探偵を馬鹿にするにもほどがある!」

 最後はほとんど叩きつけるような剣幕だった。

「そして、君は呆れ果てるほどに自分の罪を逃れる事に執着し、犯行が暴かれた後もしつこくその地位に固執し続け、真実を捻じ曲げ続けた。そこには反省の色すらない。私は今まで数多くの犯罪者を見てきたが、ここまで救いがいのない人間は初めてだ。君は探偵としてだけでもなく、人間としても最低極まりない」

「うるさい……」

 野川が低く呟いた。その声の暗さに、瑞穂はゾッとする。

「うるさい!」

 突然、野川は絶叫し、顔を上げた。

「僕はまだ認めたわけじゃない。ハハッ、そうだよ。僕はまだ負けたわけじゃない!」

 その際の野川の表情を、瑞穂は忘れる事ができない。それは、まさに悪魔の表情ともいえるものだった。これだけ榊原に糾弾されながら、まだ罪を逃れようとする浅ましい表情。それは、もはや瑞穂の知る野川ではなく、さながら悪魔に体を乗っ取られた人間の姿だった。

「野川、もう観念しろ! お前の負けだ!」

 斎藤が一喝する。もう見ていられないようだった。すでに榊原の推理で野川のした事は白日の下にさらされている。今さら野川に逃げ道はないはずだ。だが、それでもなお野川はあがき続ける。

「負け? 僕の負け? 違うね!」

 もはや口調まで変わってしまっている。いよいよ、真の意味で野川の本性が現れ始めたようだった。

「とにかく、話は警察でゆっくり聞かせてもらうぞ。お前のやった所業を全て暴かせてもらう」

 斎藤は野川を睨みつける。だが、野川はこんな事を言い始めた。

「どうするの? 僕を逮捕するの? ハハッ、でも、できないよね?」

「な、何?」

「日本国憲法三十三条。『何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する官憲が発し、且つ理由となる犯罪を明示する令状によらなければ逮捕されない』」

 いきなり、野川はそんな事を言い始めた。全員が呆気にとられる。

「この国では現行犯でない限り、令状がないと逮捕はできないはず! ここに令状があるの?」

 最後の最後、野川は思ってもみない部分を攻め立ててきたのである。だが、斎藤にとってそれは最後の悪あがきにしか見えない。

「残念だが、刑訴法によって殺人に関してはその疑いが濃厚で急を要する場合の緊急逮捕は認められている。この状況下なら、お前を逮捕するのは充分だ」

 斎藤は反論する。だが、野川はさらにこう続けた。

「そもそもの話、何の容疑で僕を逮捕するの?」

「何の容疑って……」

「言っておくけど、世田谷の事件か新橋の事件とか黒部の事件とか……そのあたりの事件はもう解決してるんだ! 解決している事件に対して逮捕なんかできるわけがない!」

「ふざけるな、そもそもの話、お前は今回の四人殺害に関する事実を認めている!」

「憲法三十八条三項『何人も事故に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、または刑罰を科されない』。そうだったよね? 証拠が自白だけの場合、逮捕はできないはずだ!」

 野川は悪魔の形相で叫び続ける。最後になって、野川はとんでもない隠し玉を引っ張り始めてきたのである。

「確かにその金槌は証拠になるかもしれないけどさ、それって僕が証拠偽造をした証拠だよね! 殺人を直接示す証拠にはなっていない! 証拠は僕の自白しかないんだ!」

「そんな屁理屈が通ると思っているのか? 今さらそんな事を言っても、ただの時間稼ぎにしかならない事は君が一番わかっているはずだ。警察が本格的に君に的を絞って調べれば、証拠はいくらでも出てくるぞ。それに、この状況なら必ず令状が出る」

 榊原が厳しい視線で野川を見据える。だが、野川はひるまない。

「でも、この場で逮捕する事はできないはず! だって、令状はここにないんだからね! それまで、僕が警察の聴取に応じる必要性はないはずだよ!」

「緊急逮捕ができると言ったはずだ」

「緊急逮捕には違法性があるっていう話を聞いた事がある! 僕は絶対に認めない!」

 瑞穂は、野川の狙いがわかった。要するに、彼はこの場から脱出しようとしているのである。どの道逮捕されるのは明白。だが、一度脱出してしまえば逃走や自殺などの手段が取れる事になる。

「さぁ、どうするの? 僕を今ここで捕まえてみろよ!」

 野川は榊原に詰め寄る。その表情のどこかに勝ち誇ったようなものが見えた。

 だが、榊原の答えは、至極あっさりしたものだった。

「わかった」

 その瞬間、野川の動きが止まった。

「は?」

「いいですよ」

 そう榊原が言うと、武道場のドアが開いて、誰かが入ってきた。

「君とはこんな再会をしたくなかったがな」

 それは、榊原の要請で何かを調べていた戸上警部だった。

「どうなりましたか?」

「問題ありません」

 戸上はそう言うと、呆気にとられている野川の前に立った。

「榊原さんの要請で、君が『解決』した世田谷の事件の再捜査を行いました」

「は?」

 野川は意味がわからないと言わんばかりの表情をしている。

「再……捜査……」

「まさか医療ミスがあったとは予想外でした。いずれにせよ、町水和清の犯行が否定されたので、世田谷署総出で再捜査が実施されたんです」

 戸上はそう言って野川に詰め寄った。

「まんまと一杯食わされたよ」

 野川を厳しい表情で見つめながら、戸上はそう吐き捨てる。

「嘘だ……」

 野川は首を振る。その表情に、もはや自信めいたものはない。

「再捜査なんて、そう簡単にできるものじゃ……」

「これは上からの命令だ。事実を知って、上層部がすぐに指示を出したんだよ。君がどう思っているのかは知らないが、明らかな捜査ミスを正せないほど、今の警察は腐ってはいない」

 瑞穂の頭に、昨日会った三人の顔が浮かぶ。

「調べ直した結果、色々出てきてね。孤児院にも調査が入って、保管されていた君の名前入りバスケットも押収された。現場の家に残っていた被害者の毛髪と君のDNA鑑定をすれば、親子関係の証明も簡単だろう。和清の自殺も改めて調べた結果、いくつか不審な点が浮かんできてね。そして……」

 戸上は懐から一枚の紙を取り出した。

「裁判所も、君の逮捕に同意したよ」

 それは、明らかに逮捕令状だった。

「野川有宏、世田谷区の夫婦殺害事件に対して逮捕状が出ている。君をこの場で正式な法律手続きに従って逮捕する!」

 その瞬間、戸上によって野川の手に手錠がかけられた。野川は、信じられないものを見るような目で自分の手を見ている。

「現状は世田谷の事件だけだが、すでに新橋の事件についても再捜査が始まっている。それに、元同僚を殺されたという事で、富山県警も本腰を入れて黒部事件を調べ始めていてね。代々木事件の捜査本部もこちらの捜査を注目している。いずれ、すべての事件において逮捕状が出るだろう。どちらにせよ、君はもう逃げられない」

 そこで、榊原が口を挟む。

「ついでに言っておくが、さっき君が言った憲法三十八条だが、あれは裁判中の話であって逮捕できないとまでは言っていない。つまり、あの条文を根拠に自白だけだからといって逮捕できないという事はないという事だ。裁判になる頃にはさすがに証拠もそろっているだろう。要するに、生兵法の法律理論によるくだらない時間稼ぎもここで終わりという事だ」

 さすがにかつて警察で働いていた相手に、とっさに思いついたであろう付け焼刃の法律論争は一切通用しなかったようだ。榊原に「生兵法」とまで言われ、野川の顔が赤くなる。

 と、ここで圷が前に立った。

「九人も殺しておいてただで済むと思うなよ。裁判で自分のやった事をしっかり反省してもらうからな」

 だが、ここに至っても、野川は無理やりに不敵な笑みを浮かべて圷を見返した。

「どうかな。どうせ僕は死刑にはならない。生きてさえいれば、いずれ何とかなる」

「何だと?」

 その自身に、圷は訝しげな表情をした。

「僕の誕生日は明日だ。意味わかる?」

 その瞬間、圷は難しい表情をした。

「少年法か」

「え?」

 瑞穂はわけがわからず榊原を見た。榊原は簡単に解説する。

「少年法では、十八歳以上については通常の量刑が適用されるが、十八歳より下の年齢の場合は刑事罰の軽減が認められている。この場合、死刑相当の犯罪でも最高刑は無期懲役になる。そして、野川は高校三年生で誕生日前、つまり今日この時点では十七歳だ」

「アッ!」

 瑞穂は小さく叫んだ。

「つまり、どれだけ頑張っても最高刑は無期懲役。君はそう言いたいんだろう?」

「そういう事ですよ」

 野川は不気味に歪んだ笑いを浮かべた。

「お前、そこまで考えて……」

「殺人をやるなら十八歳になる前。だからこそ、今日この犯罪を起こしたんです」

「き、貴様!」

 圷が思わず叫ぶ。

 瑞穂は恐ろしいものでも見るかのように野川を見た。もはや、瑞穂は野川が人間だと思えなかった。あれは、人間の皮をかぶった悪魔だ。そもそも、殺人を犯すなら十八歳までという考え方そのものが尋常ではない。他のメンバーも、似たり寄ったりの表情をしている。

「どう言おうと、この結論は変わらない。僕は死刑にはならない! 何年経とうと、いずれ絶対戻ってくる!」

「……それはどうかな」

 勝ち誇る野川に対し、不意に榊原が発言した。

「君に少しでも反省しているようなら、私はこの事実を言うつもりはなかった。あまりにも残酷すぎる結末だからだ。だが、君がそういう態度なら、やむを得ないか」

「……何それ?」

 野川が不安そうな表情をする。さっきからこの男に散々自分の主張を打ち崩されてきただけあって、嫌な予感しかしないようだ。

「これが私の最後の切り札だ」

 そう言って、榊原は最後の話を始める。

「さっきも言った通り君は捨て子であって、現在の誕生日は名目上のものに過ぎない。つまり、本当の誕生日がわかれば、君の処遇が大幅に変わる可能性がある」

「でも、どうやって調べるんですか? 肝心の町水夫妻はすでに亡くなっています。今さら調べる方法など……」

 斎藤が当惑した表情をする。これに対し榊原は、本当に唐突に瑞穂に尋ねた。

「では、深町君、一つ質問をしようか」

「は、はい? 私ですか?」

「あぁ、そうだ」

 そう前置きして、榊原はこんな事を尋ねた。

「野川の境遇をもう一度簡単に言う。幼い頃に両親に捨てられ、その後里親に冷たくあしらわれる。そしてその後、その両親は夫が妻を殺して自殺し、最終的には彼本人も犯罪を起こした。これを聞いて何か感じないかね?」

「何かって……あれ?」

 瑞穂は思わず声を出した。

「何だろ。何か、変なデジャヴが……」

 言われてみると、瑞穂にとっては何かデジャブ(既視感)を感じるような話だった。どこかで聞いたような、そんな気がする。しかも、つい最近の話だ。

 と、頭の中にいきなり誰かの声がよみがえってきた。

『親父は二歳の頃に他界。私が五歳の時に、母親は他に男を作って子供までできた。私が邪魔になった母親は、私を親父の弟夫婦に「一週間だけ預かってくれ」という名目で預け、そのままどこかに蒸発した……』

『あの男、母親と一緒に幸せな生活を送っていたわ。中堅企業の重役でそれなりの資産もあり、順風満帆。ふざけないでよ。娘捨てておいて自分たちだけ幸せな生活とか、そんな馬鹿げた事があって許されると思う? 娘の私が苦しんだんだから、あいつらだって苦しむべきなのよ……』

『あの男、勝手に母親を殺して、勝手に自殺しちゃった。勝手に本物の人殺しになって死んじゃったのよ。笑えるでしょ……』

 その瞬間、瑞穂は思わずその名を呟いていた。

「湯船……鞠美……」

 榊原が頷く。一方、他の人間が戸惑った表情をした。

「湯船鞠美って……この間の生命保険会社の事件の犯人?」

 中栗が不思議そうな声を出す。

「確か、あの人もそんな事を言っていたような」

「あの、どうして君がそんな事を?」

 佐脇が瑞穂に恐る恐る尋ねる。彼らはあの事件を榊原が解決した事を知らない。榊原は軽く咳払いして話題を戻す。

「とにかく、あの事件で四人を殺した犯人、湯船鞠美も同じような境遇だった。一つ二つならともかく、ここまで似るのは尋常ではない」

「確かに……」

 瑞穂は深刻そうな表情をする。何か、とんでもない予感がした。

「実のところ、私も野川の本名が『町水有宏』とわかった瞬間、同じようなデジャヴを感じ、深町君と同じように湯船鞠美の顔が浮かんだ。で、実際に聞いてみた」

「聞いてみたって……」

「拘置所で面会をしたんだ」

 さらりととんでもない事を言う。この男は拘置所であの殺人鬼と面会していたというのか。だが、周囲の反応を気にする様子もなく、榊原はこう続けた。

「彼女は自分を捨てた両親の名前を覚えていた。ここまで言えば、その名前に見当がつくのではないかね」

 瑞穂は青ざめていた。何となく予想がついていたからだ。そして、その予想はあらゆる意味で最悪のものだった。

「まさかその名前って……」

 榊原は告げる

「町水梨枝子と町水和清。彼女ははっきりそう答えたよ。もっとも、梨枝子は当時湯船梨枝子だったわけだが」

 全員が……野川有宏を含めた全員が驚愕の表情を浮かべていた。

「彼女から聞いた簡単な流れを言おう。一九八四年、湯船梨枝子は湯船裕樹という男性との間に鞠美を出産。だが、二年後に裕樹は心臓発作で急死。その三年後、つまり一九八九年の四月末に、湯船梨枝子は鞠美を祐樹の弟夫婦に預け、当時交際していた男性と駆け落ちした。その男性が町水和清だ。直後に二人には入籍している」

 そこで、榊原は野川を見た。

「つまり、町水梨枝子には二人の子供がおり、彼女はその二人ともを別々の場所に捨てていた事になる。その姉が湯船鞠美であり、弟が野川有宏。つまり、湯船鞠美と野川有宏は実の姉弟だった事になる」

 衝撃の事実に、皆ただ唖然としていた。

「……なんて自分勝手な母親なのかしら」

 一人だけ、朝子が梨枝子の所業に対し嫌悪感を顔に出して呟く。

「その上、その姉弟は共に大量殺人者、か」

 斎藤が苦々しい表情をする。

「さて、ここで重要なのは、湯船鞠美によれば、自分を捨てた際、すでに梨枝子は弟を出産済みだったという事実だ。つまり、君は出産直後に孤児院に捨てられたのではなく、出産から二ヵ月後に捨てられていた事になる」

「……は?」

 野川が気の抜けた発言をする。だが、ここまできたら榊原はもう止まらない。

「要するに、君の本当の誕生日は六月ではなく四月。君は四月の時点で十八歳になっていた事になる。実際の誕生日がわかっていないならともかく、調査で本物の誕生日が特定されば話は別だ。裁判所もおそらく本物の誕生日を採用する。したがって、神崎十三、横川卓治、村林慎也、溝岸幸、朝桐英美の殺人には、少年法規定は適用されない」

 野川が目を大きく見開いた。

「現在、日本の死刑は永山基準と呼ばれる判例で判断されているが、この基準によれば殺害人数四人以上なら年齢にかかわらずほぼ間違いなく死刑だ。つまり、湯船鞠美の証言から君の誕生日が四月だと証明されさえすれば、君は無期懲役どころか、ほぼ間違いなく死刑が適用される!」

「う、嘘だぁぁぁ!」

 突然、野川が絶叫した。最後の最後、あまりにも残酷な結末に、さすがの野川も精神が追いつかなかったのだろう。

「いかん、取り押さえろ!」

 暴れ始めた野川を、斎藤、国友、新庄、戸上の四人がかりで押さえかかる。

「嘘だ、嘘だ、嘘だぁ! 僕にそんな姉がいるなんて……」

「疑うなら、DNA鑑定でもすればすぐに証明できる。向こうはどうも道連れを求めているようでね。あの様子なら、積極的に証言してくれるだろう」

「嫌だぁ!」

 まるで駄々をこねる子供のように野川は暴れる。その様子を見て、これで本当に色んな意味で野川が榊原に敗北したのだと、瑞穂は悟った。

「死にたくない! 助けてくれぇ!」

「死にたくないだと? ふざけるのも大概にしろ!」

 榊原が一喝した。野川が動きを止める。

「君が殺した被害者たちだって絶対に死にたくなかったはずだ。それなのに君はまるで虫でも殺すかのように殺した。今、君はその報いを受けるべきだ」

 榊原は続ける。

「君はさっき、探偵は失敗したら終わりと言ったな。私はそれは違うと考えている。無論失敗しないのが前提条件だが、もし万が一にでも推理に失敗したら、それをすぐに受け入れて真相に到達できるよう最初から調べ直すのが探偵だ。君は探偵を名乗りながら、探偵を甘く見すぎた。こう見えて、私は一度事件に関与したら真相が明らかになるまでは諦めない。不用意に私に推理対決など持ち込み、偽の推理で私を倒して更なる探偵としての名声を得ようとした君のおごりが、君の最大の敗因だ」

 榊原は推理を締めくくるように、野川に言葉を叩きつける。

「自分のやった事をしっかり見つめ返して後悔したまえ。そして、被害者たちの恨みを一身に受け止め、死ぬまで苦しみ続けろ。君がやったのはそういう事だ」

 その瞬間、野川は糸が切れたようにがっくりとうなだれてしまった。なにやらブツブツ言っているが、もはやそれは聞き取る事ができない。

「終わりだな。明らかにお前の負けだ。もう反論はないだろう?」

 斎藤が野川に尋ねるが、野川はブツブツ呟くのをやめない。斎藤は小さく首を振ると、

「……行くぞ。続きは取調室だ」

 と告げた。野川は斎藤、新庄、戸上に支えられる形で道場を出て行く。あまりに呆気ない幕切れであった。

「……お疲れ様でした。皆さんにも後日簡単にお話を聞きたいので、その際はご協力ください。今日はお帰り頂いても結構です」

 残った国友が宣言し、圷と共に退出していく。が、誰も動かない。否、動けない。

 瑞穂は今思い知った。榊原があれほど嫌っていた推理対決を受けた理由。そもそも、榊原はこれを推理対決だとは思っていなかった。単純に犯人との直接対決の場だと最初から思っていたからこそ、この勝負を受けたのだろう。

 何とも言えない余韻が漂う道場で、全員無言で立ち尽くしていた。時刻はすでに午後七時を回ろうとしている。

 そんな中、榊原はジッと野川が出て行った道場の入口をいつまでも見つめていた。


 推理勝負は終わった。


 午後七時半。薄暗い空の下、野川有宏を乗せたパトカーが校庭から出て行く。周りをマスコミのカメラが囲み、大騒ぎになっていた。

 すでにこの不可能犯罪の犯人が逮捕され、過去に起こったいくつもの事件と関連しているというニュースがマスコミ各社により報じられている。明日にでも他の多数の事件の容疑で再逮捕されると予測が立てられており、警察や学校側も混乱状態に陥っているようだった。

 瑞穂は武道場の外でその騒ぎをボーっと見ていた。何だか今日起こった事がすべて嘘のような、何とも言えない感覚に襲われている。それは二ヶ月前の事件でも味わったあの感覚にそっくりだった。

 他のメンバーの姿も少なくなっている。帰った人間も何人かいた。

「やぁ」

 と、後ろから誰かが呼びかけた。振り返ると榊原が立っていた。

「すまないね。かなり長い時間拘束してしまった」

 その様子は、先程までの剣幕とは打って変わって、いつも通りのどこにでもいるうだつの上がらない中年サラリーマンのような感じだった。

「最初から部長を疑っていたんですか?」

 瑞穂はまず、一番気にかかっていた事を尋ねた。

「実のところはね」

 そうだろうと瑞穂は思っていた。あまりにもそれぞれの捜査の根回しが早すぎた。かなり以前から調べていなければ、あれだけの推理はできないはずだ。

「いつからですか?」

「彼が一連の事件の犯人だと断定したのは、今回の同時殺人の直前、拘置所で湯船鞠美の話を聞いて、野川有宏に町水夫妻を殺す動機があるとわかった時だった。だが、それ以前からどこか違和感のようなものは感じていたから、それとなく彼について調べてはあった。結果的にそれが吉と出たわけだが」

「違和感、ですか?」

 榊原は語り始める。

「最初に軽い違和感を抱いたのは、神崎さんからの依頼を受けた二週間後……つまり、君たちが事務所に来たあの日だった」

「どうしてですか?」

「はっきり言って証拠のないただの直感だったが、一見素人探偵に見える野川の言動が、どこか嘘臭く感じた。それで、彼の事を重点的に調べてみたら、いよいよ疑わしいという事になった」

「嘘臭い?」

「……本物の探偵らしからぬ事をしたからな」

 榊原はそう言う。

「前に話したと思うが、私は推理勝負が嫌いでね。理由については前に話したと思うが、本物の探偵なら……つまり真剣に事件に取り組んでいる探偵なら、それだけに自分から推理勝負をしようなどと言い出すはずがない。事件の悲惨さ、被害者やその関係者、捜査関係者の気持ちを知っているがゆえに、軽々しく言えるはずがない。だが、野川はいともあっさりと推理勝負を仕掛けてきた。それで、まずこの男は事件に対して真剣に取り組んだ事がないと思った」

 榊原は淡々と続ける。

「次に、野川は自分の解決した世田谷の主婦殺しの事を自慢するように発言していた。これも本当の探偵なら理解に苦しむ。もちろん、別に事件の事をまったく話すなとは言わないし、私だって場合によっては過去に起こった事件の事を他人に話す事はある。だが、少なくとも自慢げに話すというのはいささか理解に苦しむ。事件は探偵の自慢材料ではない。少なくとも、新歓活動で話したという情報を手に入れた時は、信じられない思いがした。この点からも、野川が世間一般に言われているようなまともな探偵ではない事は容易に想像がついた」

 榊原は瑞穂を見つめる。

「となると、肝心の世田谷の事件もしっかり解決できているのか疑問だ。そこで世田谷の事件を念のために調べてみた。ただし、この段階では『まともな探偵ではない』という程度の認識しかなかったがね。何より、恥ずかしい話だが私自身も最初は世田谷の事件は無関係と判断していた。確かに怪しい部分はあったが野川の解決自体に整合性はあったからね。とはいえ、それも表向きだったわけだが……」

 榊原は校門に群がるマスコミを遠目に見ながら話を続けた。

「不覚にも、私が野川の出生に疑問を持ったのは今朝の事だった。昨日、代々木署から帰った後も今まで調べた事を見返していたのだが、その中で不意に野川が孤児だったという話が妙に気になり、なぜかわからないがデジャヴを覚えた。それで今朝、野川の出身である孤児院に探りを入れて、彼の本名が『町水有宏』だと聞き出した。その瞬間、私は背筋が凍ったよ。この瞬間、私は野川が本格的に怪しいと思った。そして同時にそのデジャヴの正体がわかった。私は湯船鞠美から同じような境遇の話を聞いていたはずなんだ」

 榊原は悔しそうに言う。

「すぐに拘置所を尋ねて鞠美に確認したら、鞠美の両親の名前が町水で、野川の実の親であるとわかった。やつはその事をいともあっさりと認めたよ。つまり、野川には町水夫妻を殺す立派な動機があるという事だ。この瞬間、疑いは確信へと変わった。私はすぐに彼に犯行が可能かどうかを確かめたが、結果は充分に犯行可能。さらに、被害者の自宅から見つかった診察券から医療ミスまで突き止め、もはや野川が犯人なのは明白だった。だが、病院を出た瞬間、私の電話に事件発生の知らせが入った。正直、遅すぎたというのが最初の感想だった」

 榊原の口調が心なしか暗くなる。

「私があと一日早くこの事実に気が付いていれば、野川の暴走を止める事ができたはずだ。後味のいい事件などないとはいえ、さすがにこれは堪えたよ。何としても解決せねばならない。それが私のこの事件に対する思いだった」

 榊原はそう言って頭を振った。しばし沈黙が支配する。

「……溝岸先輩が岩坂竜也の妹だという事については?」

「これについては君から聞くまで知らなかった。よほどうまく隠していたようだね」

 榊原はそう答える。

「これから、どうなるんですか?」

 瑞穂がポツリと尋ねた。

「未成年とはいえ事案が事案だ。ほぼ間違いなく逆送されて、野川は通常裁判で裁かれる事になる。おそらく死刑が求刑されるはずだ。今でこそ未成年だから身元は非公開だが、死刑囚になったら社会復帰の可能性がなくなるから、彼の名前は一般に公開される事になる。その瞬間、彼の名前は日本の犯罪史に永久に刻まれる事になるだろうな。ある意味、それが彼にとって一番辛い罰なのかもしれない」

 榊原は端的に答えた。「逆送」が何か瑞穂はいまいちよくわからなかったが、何となくニュアンスはわかったのであえて何も聞かなかった。

「正直に言って、何だか、ちょっと理解しがたい事件でした。探偵さんはどう思いましたか?」

「……どうなんだろうね。探偵は真の意味で事件を理解する事はできない。我々にできるのは推理をする事だけ。真に事件を理解できるのは実際に事件を体験した被害者と犯人だけだ。従って、どんな推理をしても真の意味で真相を明らかにする事などできない。だからこそ、探偵は推理の際に最大限の注意を払う必要があるし、事件を忘れてはいけない。ずっと覚えておいて、思い出すたびにあの推理は正しかったのか考えるべきだ。それができないのなら探偵を名乗る資格はない」

 質問の答えになっているようないないような、最後はほとんど独白に近い言葉だった。

「おーい、瑞穂!」

 と、後ろから声がかかった。振り返ると、さつき、美穂、それに香の三人が歩いてきた。

「まさか、あの人が犯人だったなんて、今でも信じられないよ」

 さつきはそう言いながら、瑞穂のそばに近づく。美穂も遠慮がちにそれに続いた。野川に犯人と名指しされたショックは収まったようだ。

「ああ、そうだ」

 そう言うと、榊原は美穂に頭を下げた。

「すまなかったね。野川が君を糾弾している時に助けを出せなくて。だが、あいつを追い詰めるにはあそこで反論するわけにはいかなかったものでね。金槌の証拠を出すまでは、手を出せなかった。致し方なかったとは言え、つらい思いをさせてしまった事を、ここで謝罪させてもらおう」

 中年の探偵に頭を下げられて、美穂は戸惑ったような表情をした。

「いえ、無実だとわかってもらえて、安心しました。でも、やっぱり少し怖かったです」

 美穂はそう言ってうつむく。

「だが、君はいい友達に恵まれたようだね。あの状況で君を信じるなど、普通はできる事じゃない」

 榊原はさつきに向かっていった。一方のさつきは、

「いや、そんな風に言われると照れるなぁ……」

 と照れ気味に頭をかいている。

「でも、もしさつきが庇わなかったら、どうするつもりだったんですか? その場合、西ノ森さんは孤立してしまったわけですけど」

 瑞穂が素朴な疑問を抱く。

「一応、保険はかけておいたのだがね」

 と、香を見た。それで瑞穂はピンと来た。

「まさか、香……」

 さつきもわかったようだ。

「はい。いざという時は彼女をかばうよう、事前に榊原さんから聞いていました」

 香は相変わらず冷静な口調で言う。ちなみに、いまだに道着袴姿で、どうやらこのまま着替えずに帰るつもりのようだ。

「じゃあ、香は最初から知ってたの? 野川の推理が嘘だって事」

「さすがに野川が犯人だとは聞いていませんでしたが、おそらく野川は間違った推理をぶつけてくるだろうから、榊原さんの代わりに反論するなりして守ってやって欲しいと頼まれていました。もっとも、さつきのおかげでかなり楽になりましたけど」

 と、ここで瑞穂は一つ疑問に思った。

「でも、よく信じましたね。部長の推理が最初から間違っているなんて突拍子もない事を」

 これに対し、香はこう答えた。

「証拠を見せられたら、仕方がありません」

「証拠?」

 瑞穂は首をひねる。

「……いいだろう。ここにいる人間には、最後のピースを教えておこうか」

 不意に榊原はそう言った。

「最後のピース?」

「……いるのだろう? 出てきなさい」

 唐突にそう呼びかける。すると、道場の影から一人の人物が姿を見せた。

「恩田先輩?」

 恩田朝子がその場に立っていた。

「やっぱり、あなたの差し金でしたか」

 朝子は開口一番、そう言った。

「最後のピースって?」

 さつきが興味深そうに聞く。

「簡単に言えば、溝岸幸の本当の協力者だ」

「協力者?」

「確かに、転校生の溝岸幸が誰の協力も得ずにミス研を調べるのはまず無理だ。だから協力者は間違いなくいたはず。だが、それはもちろん野川ではない。その人物というのが……」

「私、というわけ」

 いともあっさりと朝子は告白した。

「じゃあ、恩田先輩も……」

「岩坂さんの死の謎をずっと追っていたわ。それこそ、彼が死んだ直後から」

 その言い方に、瑞穂は引っかかった。

「岩坂さん?」

「ええ」

 そして、朝子は事も無げに言う。

「私、あの人の恋人だったの」

 あまりにもあっさりしすぎていて、言われた瞬間にはほとんど実感がわかなかったが、次の瞬間、

「えぇっ!」

 と言う驚きの声がトリプルで重なった。ちなみに、叫んだのは瑞穂、さつき、美穂であり、香は表情一つ変えない。

「ただし、私はあくまでバックアップ。実際に調べていたのは、生田君と溝岸さんね。この三人が、ミス研の中で岩坂さんの死を調べていたメンバーよ」

 最後の最後まで驚くような事実のオンパレードである。これに対し、榊原が解説する。

「ミス研のメンバーを調べた時に、彼女が岩坂を追う形で入部したという情報があって、その後逆に何の行動も起こしていないのが気になってはいた。で、もしやと思って、香君に頼んで彼女にコンタクトを取ってもらったところ、彼女が生田君と一緒に事件を調べていた事がはっきりした。ただし、さすがに溝岸君とつながっていたことまではわからなかったが」

 そう言えば、幸が岩坂の死に関する何かを調べていたという情報は瑞穂からもたらされたもので、幸が岩坂の妹という情報は当の野川からである。したがって、それまで榊原も溝岸幸が何かを調べていたという情報を知るわけがなく、同時に朝子や生田とつながっていたこともわからなかった事になる。

「でも、溝岸先輩が岩坂の妹だという情報は犯人の部長からですよね。よく信じられましたね」

「この情報は警察ですぐ調べられる。従って嘘をつく意味がないから、逆にこの点に関しては真実だと思った。それに、事前に香君に恩田君から生田との関係について聞くように頼んでおいたのだが、そこで恩田君自身から溝岸幸の正体や目的、つながりについて聞くことができた。香君を通じて私に情報が伝わり、結果的に溝岸の件についての信憑性は間違いないものになったというわけだ」

「いきなり恩田さんに話を聞いてくれという伝言を受けた時は驚きましたよ。もっとも、結果は榊原さんの収穫以上のものになったようですけど」

 香はそうコメントする。

「まぁ、おかげで『溝岸と一緒に調べていた』という野川の証言が嘘だと決定的に確信できたわけだがね」

 榊原が言い、朝子は誰ともなしに語り始めた。

「私は元々文芸部だけに所属するつもりだったわ。信じられないかもしれないけど、当時の私は今の西ノ森さんみたいに引っ込み思案な性格でね。でも、あるきっかけで岩坂さんと知り合って、いつの間にか彼を追うようにミス研も兼部するようになった。不思議なものね。そのうち性格もこんな風になっちゃったけど、いつの間にか恋人みたいな関係になっていたわ」

 朝子はそう言って懐かしそうな顔をする。

「彼が卒業してからも付き合ってはいたわ。その頃、彼は生田君と組んで何かを調べていた。私には何を調べているか教えてくれなかったけどね。多分、半信半疑だったんでしょ。でも、そのうち彼は死んでしまった。正直……ショックだったわ」

 朝子は正面を見た。

「その後、私は生田君を問い詰めたわ。そして、岩坂さんが世田谷の事件を追っていて死んだ事を知った。彼も納得していなかったし、私と彼で組んでしばらく調べていた。九月になって溝岸さんも入部してきてね。彼女の事は彼からよく聞いていたから、そのうち三人での調査になった」

 朝子は榊原を見る。

「後は、探偵さんがさっき言った通りです」

 榊原はしばらく朝子を見ていたが、やがてこんな問いを発した。

「溝岸幸は犯行直前に野川に電話している。あれは一体?」

「その直前に、私は彼女と電話で話しています。そこで、深町さん、あなたと探偵さんがつながっている事を知った。その後、彼女は野川に何か探りを入れたのだと思う」

「君の番号は残っていなかった」

「つながりを隠すために、履歴は常に消すようにしていたの。それだけの話」

 朝子は息をついた。

「つまり、あなたは最初から野川の推理が嘘だと知っていた」

「ええ。でも言う気はなかったわ。彼に直接挑んだ生田君と溝岸さんは殺されてしまっていたし、とても言う事なんかできなかった。だから……」

 朝子は頭を下げる。

「真実を明らかにしてもらって、本当にありがとうございます」

 そう言うと、朝子は軽く一礼した。

「ところで最後に一つだけ構わないかね?」

「何でしょうか?」

「君はこのミス研が危険だとわかっていたはずだ。どうして深町君を入部させた?」

 瑞穂はドキッとする。朝子は少し困ったような表情をした。

「これでも一応、一年生が入部しないように打てる手は打ったつもりですよ。部長会議の議長を半ば脅す形で、ミス研のブースの場所が最悪の立地条件になるようにくじを細工してもらいましたし」

「え?」

 聞き捨てならない発言である。

「恩田先輩、部長会議にはほとんど出ていないって言ってませんでしたっけ?」

「出ていないわよ。出なくても向こうが勝手に便宜を図ってくれるんだから行く必要がないの。言ってなかったけど、文芸部ってこんな状況でも一番歴史が長いだけあって部長会議の中では権力があってね。私が出ると逆に会議がギクシャクするから、むしろ議長からは『出ないでくれ』って言われているくらい。それに、野川部長は知らなかっただろうけど、私は議長とも個人的に仲がいいのよ。『何かあったら文芸部長に泣きつけ、そして何があっても文芸部長には逆らうな』が部長会議の歴代議長の伝達事項」

 意外なところに陰の実力者がいた。

「そんなわけで、最悪の立地条件にしてもらった上で、来る一年生全員に無愛想な態度取っていたし、それでも興味を持った人には、ひたすら推理小説の薀蓄を語ったり、私と溝岸さんでひたすらミス研の悪口言ったりして、絶対入らないようにしてたんだけど……なぜかあなたは入っちゃった。正直、呆れ果てたわよ。溝岸さんなんか、ここまでして入りたがっているという事は、何か事件と関係あるんじゃないかって言い出すし、本当になんで入ったの?」

 思い返せば、全部思い当たる節がある。瑞穂は少しばつが悪くなった。

「もっとも、結果的にはあなたが入って正解だったかもね。この探偵さんとつながりが持てたわけだし、それが結果的に事件解決につながった」

 そう言って、朝子は最後に一礼すると、

「じゃ、また休校明けにでも会いましょう」

 と言って、去っていった。残った面々は、少々呆気に取られている。

「……さて、これで本当に事件の話は終わりだ。今日は遅いし、ここで解散としようか」

 唐突に榊原はそう告げ、そのまま瑞穂を見やった。

「もうこれで会う事もないだろう。今日という日に起こった事を、できれば忘れないでほしい。それが死んでいった者たちへの供養になる」

 榊原はそのまま瑞穂たちに背を向ける。

「では、これにて」

 そう言って、榊原も去っていった。


 日本の犯罪史に名を刻んだ激動の一日が、ようやく終わりを告げた瞬間だった。

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