第31話 みおちゃんのオムライス

 十分後、美於みおちゃんは戻ってきた。

 彼女は最高のメイドをと言わんばかりに胸を張って、こう言った。


「では、ご注文はお決まりでしょうか?」


 俺たちは同時に頷く。

 この展開は、まるでまだ夢の中にいるようだった。


 ーー俺は……美於みおに接客されているのか!?


 今更状況を飲み込んで、仕事の緊張が一気に消えた。アプリの紹介に集中したかったから、他の事はしばらく考えないようにしていた。だが、今はようやく羽を伸ばせる。

 さくらのほうを見ると、彼女は夢中になったようだ。


谷川たにがわさん、注文を決めたか?」

「はい!」


 俺の質問に我に返ったのか、さくらは突然居住まいを正して、そう答えた。


「じゃあ、先にどうぞ」


 さくら美於みおちゃんに視線を向けて、目を輝かせる。


「オムライスをください!」


 ーーオムライス、か。俺も美於みおちゃんのオムライスが食べたいなぁ……。


「じゃ、俺もオムライスだ」

「では、少々お待ちください!」


♡  ♥  ♡  ♥  ♡



 が厨房に入ると、かなえの姿が目に入った。


「あら、またオムライスを作るの?」

「そうです!」


 かなえはカウンターから降りて、青い髪の毛を耳にかける。


「楽しみだね。前回作ったオムライスも美味しそうだったし」

かなえも、オムライスを注文したいんですか?」

「いいえ、結構です。わたくし、仕事に戻りますから」


 言って、かなえは厨房を後にした。

 歩きながら、彼女は背筋を伸ばす。

 

 ーーさて、料理を始めようか?

 

 水樹みずきのおかげで、オムライスを作ったことがある。

 確かに料理の腕はまだまだなんだけど、今回は前回より美味しいオムライスを作るのを目指している。私のきちんと作ったオムライスを、零士れいじに見せたいから。

 私なりのオムライスを口にしたら、一目惚れするはずだ。

 私は髪をポニーテールにまとめて、気合を入れる。

 カウンターの上に置かれた材料に目を通した。

 かなえがさっきそれを用意してくれたのかな? まったく、彼女は優しすぎるんじゃないか? でも本当に助かる。

 記憶をたどって、私はオムライスの作り方を徐々に思い出す。あ、まずは卵を割り入れたっけ。卵液をフライパンに入れたっけ。

 記憶が間違っていないことを願いながら、私はひたすらレシピ通りに作ろうとする。

 そして、オムライスがやっとできた……。

 そんな美味しそうなオムライスを見つめて、私は後悔してしまう。


 ーー自分の分も作ればよかったのに、と。


 とにかく、私は二つのオムライスを皿に載せてから食堂に運んでいく。

 お客様が零士れいじだから少し緊張しているし、皿を落としてしまわないようにゆっくりと歩くようにした。

 ドアを手で開けるのは無理なので、背中で開けることしかできなかった。

 私はドアに背中を預けて、強く押す。

 最初は開かなかったけど、二、三回押してからドアがからりと開けた。

 私はバランスを崩しそうになって、突然身を乗り出す。

 幸いなことに、皿を落とさずにバランスを取り戻せた。

 安堵の溜息を吐いてから、私は零士れいじのテーブルに向かった。彼が同僚と話し込んでいたので、おそらくさっきのミスに気づかなかっただろう。


「お待たせしました!」


 言いながら、私は配膳した。


「美味しそうだな!」

「美味しそう〜!」


 少なくとも、第一印象はよさそう。緊張しながら、私は彼らの感想を待っていた。

 特に零士れいじの食レポを楽しみにしている。美味しい、と言ってほしいけど……。


「食べる前に、もしよろしければケチャップで何かを描くことができますので、描いてほしいことがあれば是非教えてください!」

「あの、私はいいんですけど」


 同僚がそう言って、零士れいじに視線を向けた。


「俺は描いてほしいことがあるよ」

「それは、なんでしょうか?」

「ハートをください」


 ーーこうして告白になるのか!? でも可愛いし、本当にハートを描いてみたいなぁ。


 ケチャップボトルを軽く絞って、私はハートの形をなぞる。

 私が描いている間、皆が無言でオムライスに見入っていた。少しプレイヤーを感じて手が震えたけど、結局無事に描けた。

 描き終えてから、私は仕上げたオムライスを零士れいじの前に置いた。


「では、冷めないうちに食べてください!」


 その言葉に、私はテーブルから離れていく。


「美味い! みーーのぞみは料理上手だね!」


 その言葉に、私は頬を染めてしまう。

 零士れいじに褒められると興奮せずにはいられないんだ。

 私はテーブルに振り向いて、彼らの食べている姿をこっそりと観察した。できるだけ感情を顔に出さないようにして、零士れいじとその同僚を交互に見る。


「お、美味しい! やっぱりオムライスを頼んでよかったわ!」


 ーーほう、同僚もいいセンスだぁ!!


♡  ♥  ♡  ♥  ♡


 零士れいじのことを考えながら、私は皿を洗ったり残った材料を片付けたりする。

 まだ会計を済まさなかったけど、私は本当に零士れいじに行かないでほしい。せっかく十年ぶりに会えたのに、なぜか彼が今にも消えてしまうような気がした。

 ま、仕事はあるし、私より忙しいだろう。それでも、まだ別れを告げたくない。もう少しだけでもいいから……。

 十年前の私が言えなかったことを今度こそちゃんと言いたい。今日は私が後悔を残さないで終わるように……。

 そう思いながら、私は無意識に片付け続けた。気づいたら皿を全部洗って、材料を全部冷蔵庫に入れていた。

 溜息を吐いて、髪を下ろした。長い間結んでいた髪がまだポニーテールの形を取っている。手で髪を直したあと、私は厨房を出た。

 零士れいじがまだいるか心配したけど、ドアを開けると彼の姿が視界に入った。しかも、なぜか一人ぼっちだ。

 あの同僚はもう会社に戻ったのか? それとも帰路についた?

 どちらにしろ、これは最高のチャンスだ。

 私は零士れいじに近づいていって、向こうの席についた。すると、彼はうつむいた顔を私に向ける。


美於みおちゃん?」

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