第12話 初恋のハッピーエンド

 メッセージを読み終えると、さきさんの頬が赤くなった。


「何かありましたか?」


 と、私は困った表情を浮かべて言った。

 正直、メッセージの内容を知りたかっただけ。


「こ、これを見て」


 言って、さきさんは画面を見せてくれた。


『今日は本当にすまんな。せっかく恋文を手渡してくれたのに来なかった。実は、僕は姫奈ひめなさんのことがずっと好きだったけど、勉強に集中していたから告らなかった。姫奈ひめなさんの言う通りだ。僕はただの馬鹿野郎だ。でも、君の馬鹿野郎だから許してくれないか』


 私がメッセージに目を通している間、さきさんの頬がさらに赤くなった。


 ーーああ、これは青春だね。


 私は懐かしくなった。

 高校生のころ、零士れいじはそんなことを全然言ってくれなかった。

 まあ、あのころの私も素直ではなかったけど。


「よかったですね! 明日は学校で告白するはずです」

「ホントに叶った……あたしの夢が」

「正直、私も少し驚きました。店長さんの力はすごいですね」


 そして、さきさんはかなえに頭を下げた。


「本当にありがとうございました」

「あら、頭を下げなくてもいいですよ。これはわたくしの仕事だけですから」

「それでも、本当に感謝していますよ。だって、このお店のおかげであたしの願い事がやっと叶ったんですし」


 お礼を言ってから、さきさんは振り返って室内を見回した。


「あの、出口はどこですか?」

「そうですね。今ドアを開けてあげます」


 と、かなえはドアのほうに指差して言った。

 その瞬間、不可思議なことが起こった。

 かなえはまだ机の後ろに立っているのに、手をあげるとドアが自動で開く。

 私とさきさんは目を見開いて、ぽかんと口を開けた。


「それでは!」


 かなえは『何かあったかしら?』と言わんばかりに淡々と私たちをドアまで送ってくれた。

 疑問を投げかける間もなく、私たちは見慣れた食堂に戻された。


「一体何が……」


 そう言ったのは、身体からだを震わせながら携帯を鷲掴みにしているさきさん。


「私も、よくわかりませんけど」


 と、私は彼女を慰めるように言った。

 今朝時間が少なかったとはいえ、かなえはそんなことを説明しておいたほうがよかったんじゃない……?


「結構遅くなっていますし、まだ女子高生ですね。そろそろ帰ったほうがいいと思いますよ」

「そ、そうですね。じゃ、あたしはこれで……」


 言って、さきさんは再びお礼を言って、一人で店を出ていった。

 

 ーー彼女は一人で大丈夫かな……。


「じゃ、閉店しようか?」


 数分後、かなえは個人事務所だと私が仮定している部屋から出てきて、そう言った。

 世界で一番可愛いメイドの私がここで働き始めたものの、客足はまだ増えていない。しかし、その一方で閉店準備は短かった。

 数個の皿を厨房に運んでいって、食器洗い機に入れた。

 私は背伸びをして、溜息を吐いた。

 振り向くと、かなえが厨房に忍び込んだことに気がついた。


「もう帰っていいのよ、後はわたくしに任せて」

「わかりました」


 頷いて、私はそう言った。

 後は着替えるだけだ。

 厨房を出て、台詞を練習した更衣室に向かった。

 メイド服を脱いで吊るしてから、OL服に着替え始めた。

 脚を黒いタイツに通して、白いシャツを着た。長い髪を首に押し付けたまま、ブレザーに腕を通した。

 静かな店内にきぬれの音が響く。

かなえの足音が聞こえてきて、私はシャツにしまわれた後ろ髪を両手で引っ張り出した。

 そして、ドアの向こうからかなえの声がした。


「入ってもいい?」

「はい、後は靴だけです」


 かなえがドアを開けて、私は靴を手に取った。


「メイド服よりそっちの方が似合うと思うの」


 褒められているかどうかわからなかったけど、とにかく褒め事として受け取った。


「ありがとうございます。でも、メイド服を可愛く着こなすように頑張ります」


 私は靴を履いてから更衣室を出た。

 たった一日しか経っていないのに、このOL服にはもう慣れていない。タイツ以外は窮屈すぎて動きにくい。

 かなえは立ち止まって、真剣そうな表情で私に話しかけた。


「これから、いろんな人がこの店を訪れる。今日はめでたしめでたしで終わったけど、下心を持ってここに来る悪人もいるはずだね。皆の願い事をちゃんと聞いて、自分で判断しなければならない。頼むよ」

「わかりました。私に任せてください」

「ありがとう。今日はお疲れ様でした」


 と、かなえはドアを開けてくれて、言った。


「お疲れ様でした」

 

 私は別れを告げて、薄暗い街を歩き始めた。歩きながら、黒髪が涼しい夜風にそっとなびいていた。

 後ろからドアの音がかすかに聞こえた。振り向くと、かなえの手を振っている姿が視界に入ってくる。

 こうして、新しい仕事の初日は無事に終わったーー

 そう思ったけど、一つ問題がまだ残っている。この服は、歩くことさえも一苦労するほど窮屈なんだ。


 ーーもう、給料をもらったら新しい服を買いにいくわよ……。

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