第4話 ようこそ、ゆめゐ喫茶へ

 ゆめゐ喫茶に入ったあと、かなえは警察に連絡しにいった。

 一人で食堂に座りながら、私は思考を整理しようとする。

 しかし、大きなショックを二つも受けたせいか、どうしても集中できない。思いを巡らせると、その惨状が目に浮かんでしまった。

 

 ーー車の急ブレーキ音。

 

 ーーのぞみの死体。


 そんな酷いイメージに私は狼狽うろたえて、身体からだを引く。

 しかし、この席は背もたれがないことに気づくのが遅すぎた。

 床に落ちる前に、私はテーブルを両手で掴んだ。バランスを取り戻してから、安堵の溜息を吐いた。

 そして、足音が聞こえてきた。店内を見回すと、靴を脱いでいるかなえの姿が目に入った。両方の靴を脱いでから、彼女はこちらに向かってくる。


「お茶でも飲みたい? 落ち着くかもよ」


 かなえの目には悲しみが映っている。顔には涙の跡が残っている。

 のぞみの死を悲しんでいるのに、なんで彼女はそれを隠そうとしているのだろうか?

 私が無言で頷くと、かなえ厨房キッチンに向かった。

 その空色の髪が左右に揺れる。

 テーブルで待ちながら、私は目をつむった。本当に疲れていて、今にも眠りにつきそうだった。OLの仕事をするだけで疲れているし、その上に目の前で他人の死を目撃するとは……。

 とにかく、気分転換をしなければ狂ってしまうだろう。

 そう思うと、かなえの足音が聞こえてくる。私は居住まいを正して、嫌でも作り笑いを浮かべた。


「さて、ちょっとお喋りしようか? 雑談でもいいよ」


 と、彼女はテーブルに戻ってきて言った。

 お盆から二つの湯呑みを手に取って、一つを私の前に置いてくれた。そして、急須から淹れ立てのお茶を注ぎ始めた。

 お茶の香りが店内に漂ってくる。私は香りを嗅いで、息を吐いた。


「美味しそうですね」


 言って、私はお茶を一口飲んでみた。

 数秒口に含んでから飲み込んだ。すると、意外と美味しい後味が口の中に広がった。


「お、美味しいです!」


 飲んだ瞬間に落ち着いた気分になった。湯吞みをテーブルに置いて、かなえと目が合った。

 お茶のおかげで、今回は本当の笑みを浮かべた。彼女はお茶を飲んで、笑顔を返した。


「よかったね。どうしても落ち着かないときは、お茶が一択なのよ」

「覚えておきます。では、ちょっと話をしましょうか。まずはメイド喫茶の話ですけど」


 『メイド喫茶』の言葉を聞いて、かなえは身を乗り出す。

 

「最近メイド喫茶を調べてみたんだけど、正直メイドとはどんな仕事かよくわかりません」

「そういう話か。わたくしは基礎を教えてあげるから心配しないでね。その前に、ちょっと休憩していいんじゃない?」

 

 言われるがまま、私はとりあえず羽を伸ばすことにした。


♡   ♥   ♡   ♥   ♡


 一時間くらい休憩をしたあと、私は気を取り直した。立ち上がると、かなえが私に顔を上げた。


「もう家に帰るの?」

「結構遅くなりましたので……」

「ここで寝てもいいのよ。布団を敷いておいたんだ。明日早起きしたら練習時間を作れるんでしょ」


 私はしばらく答えに迷ったけど、やっぱり家に帰りたくなかった。外は寒くなっただろうし、こんな時間に一人で歩くのは危ない。だから、私はかなえの話に乗った。


「ありがとうございます」


 言って、私は一礼をした。

 そして、かなえが私を階段に案内してくれる。

 靴を履いてから、私は階段を上った。二階の廊下を歩いて、何らかの和室に着いた。

 こんな店が二階にもあるとは思わなかった。外から見るとあまり高そうな建物には見えないし。

 かなえ天井灯シーリングライトをつけると、薄暗い室内が急に明るくなった。

 彼女が敷いておいてくれた布団に視線を落として、私はそこに横になった。


「本当にありがとうございます、疲れすぎて助かりました」

「いえ、大したことないでしょ」


 私は横たわったまま天井を見つめていた。

 メイド、か。そんな仕事を引き受けるとは思わなかったのに。なんでだろうね……。


 ーー本当にメイドになれるかな?


 引き受けたときからそんな疑問を持っている。なぜなら、私はもともとOLだけだったから。

 可愛くないだろうし、キャラなんて作れない。なのに、私はメイドになることにした。もう一度零士れいじと会うために。


 ーー彼のことが、好きだから……。


 とりあえず、そこは後回しにしたほうがいいと思うけど。


「では、わたくしは寝る準備をするから。おやすみなさい、のぞみ

 

 と、かなえは天井灯を消して言った。

 視界が次第に暗くなってきて、私は眠りについた。

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