第11話

アナスタシアは何度も忠言をくれたが煩わしいだけで理解できなかった。

立ち位置が入れ替わり、他の面を見ることでようやくアナスタシアが何を言っていたのか分かった。


「…アナスタシアはどこに?」

「今は貴方がアナスタシアでしょう?」

「外側の話じゃない! 本当のアナスタシア…この体の中身はどこだ⁉」


王太子の姿を取っているバアルの目は侮蔑を含んでいる。


「知ってどうするのでしょう? 彼女がどこにいようと最早貴方には関係ないことです。彼女は”アナスタシア”の役を降りたのですから」

「一言…謝りたくて…」

「貴方がしたことは謝罪だけで許される行為でしたか?」


ギルフォードの顔が歪む。


「許されるとは思っていない。ただ…」

「貴方は罪の意識から逃れるため、謝意を示したという自己満足が欲しいだけですよ」


うつむいていたギルフォードが顔を上げると、王太子の姿がするするとほぐれて黒くおぞましい顔が迫る。

眼球がなく落ちくぼんだ眼窩、削ぎ落された鼻、口があるべきところはのっぺりとした皮膚が垂れ下がっている。

優雅な生活の中で腐敗した死者すら見たことがないギルフォードは声にならない叫びをあげる。


「アナスタシアはお前と何度も関わり、最終的に関わらない生き方を選択し前に進んだ。お前もアナスタシアのいない世界で1人で朽ちていくことだ」



❖❖❖



「気を失ってしまったけれど…怖い幻術でも見せたの?」

「甘ったれたこと言ってたからねぇ。まぁ悪夢でも見たと思うんじゃないか?丁度いい」


中庭にあるベンチに、恐怖がはちきれたギルフォードが横たえられる。

それをギルフォードに扮したバアルと近習コランタン・リーデッサー…アナスタシアが静かに見下ろしていた。


「飽きた」

「はい?」

「もう王子サマ飽きたわ」


アナスタシアが嘆息する。


「だから私が入れ替わった方が良かったと…」

「もう俺の世界に行こうよ、姫さん。退屈させないし、この王子サマみたいな不当な扱いはしないからさ」


最初はもっとローラナやギルフォードに同じ目に遭ってほしかったが、最近はそういう気持ちが薄れていた。2人に対して純粋に興味を失ってしまったのだ。

自分が出来る事だけ頑張ることにしたから、2人に心を傾けている時間が惜しくなったのだ。


「王太子殿下はどうするの?」

「今ならこの王子サマが”ギルフォード”に戻っても大丈夫じゃない? 器作り変えて、部屋に放り込んでおこうよ」

「じゃあ”アナスタシア”はどうするの?」

「…姫さん戻りたい? 今だったら元に戻してあげるよ?」


王太子の擬態を解いたバアルが振り返り手を差し伸べる。

笑ってはいるがどこか寂しげだ。


「…いいえ。もうギルフォード殿下に振り回されたくないの。それにバアルと一緒にいるって契約したし」


心から晴れ晴れとした笑みを浮かべ、差し出された手を強くつかむ。


「お父様には申し訳なかったわね。いつまでも親不孝な娘で…。親身になってくれた人たちにも」




ベッドの天蓋が見える。アナスタシアの部屋ではなく、かつての自分の部屋だ。

髪は短いし手指も大きい。じわじわと、元の体に戻ったことを実感した。

起き上がってぼんやりしていると、扉の向こうから従者の声が聞こえてきた。


「おはようございます、王太子殿下。お目覚めでしょうか?」


アナスタシアは領内にある湖で溺死していたそうだ。

苦しんだとは思えない眠るような顔で、藻が手足に絡んだ状態なのを領地の森を管理人が発見した。

何故1人だったのか、どうやってそこまで行ったのかなど謎が多く、最後に会話したと思われるレターニュ子爵令嬢が長い時間取り調べを受けたが、他殺ではなく事故ということで決着がついた。

自動的にギルフォードとの婚約は解消された。同時にギルフォードは太子を降り、歴史や伝承を調べる学者となるべく道に進んだ。

ギルフォードが王位から離れたことで、幾人かの友人を無くしローラナもすり寄ってこなくなったが構わなかった。


世界の外側に”観察者”と呼ばれる神を越える超越者がいるらしいことを知ったのは、辺境の老人が教えてくれたからだ。ギルフォードは30歳になっていた。


(アナスタシアを殺したヤツは我々のことを色々…過去も未来も知っているようだった。世界の外側にいるのかもしれない)


ギルフォードは老人に礼を言い、詳しい伝承が残っているという秘境を目指すために歩き出す。


もう一度話をしたい。

アナスタシアを連れて行ったヤツと、アナスタシアと。

許しを請うのではなく、ただ話を―。

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公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌 招杜羅147 @lschess

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