ガバガバか?



 言われてもみれば────本当に、言われてもみればであるのだが、ユメルミア学園の生徒会が、生徒達が、最前線に立つということは、特段おかしなことではない。

 一番初めに、シャリアが言っていたであろう。


 生徒を集めた場所が、生徒会であると。

 それだけの実力を、あるいはポテンシャルを持った生徒が、複数人いるのだと。


 かつて俺と共に、世界を救わんと旅をした仲間が、俺と肩を並べて戦える可能性があると、世界を救う旅に出られる可能性があると、そう認めたほどの魔法使いがいるのだと。

 それほどであるのならば、既に戦場に出ていることは、何らおかしなことではなかった。


 魔物と鎬を削り合い、命のやり取りを行い、誰かを助け、誰かを殺していても、全く不思議ではない。


 師匠せんせいが言っていた通り、この世界はもう、終わる寸前まで来ているのだから。

 地上は既に陥落し、逃げのびた空にさえ、魔王は、魔物達は、手を届かせているのだから。


 戦う力があるのであれば、年齢問わずに戦っていることだろう。

 俺の時でさえそうだったのだから、300年経った今は、その比ではないのは当たり前だ。


 実力がある者ほど前に出る。強い者であるほど、多くの人の盾になる。

 それはいつの時代も変わらないのだと、そう思った。


「いや、待て。そもそも空島は、結界に囲まれてるはずなんじゃないのか?」

「良い質問ですね、せんせー。もちろん、今もそれは健在です。ですが、空島の結界の本質は、拒絶では無くてなのです……と言えば、分かるでしょうか?」

「……なるほど。つまり城壁じゃなくて、関門みたいなものなのか」


 確かに、完全に拒絶する結界を張ってしまったら、こちらから出るのも一苦労だし、何より師匠の負担が大きすぎる。

 加えて、それほどまでに強固な結界は……破られるまでが強い結界は、長期的に張るのには向いていない。


 消耗が大きいものである以上、破ることに躍起になるより、待っていた方が得だからな。

 ただでさえ、こちらは逃げてきた側であるのだから、なおさらだ。


 だから、敢えて出入りの条件を緩くして、代わりに再構築と維持をしやすい結界に仕立て上げたのだろう。


 その気になれば、制限から拒絶の結界に切り替えることも可能な訳だし、実に理にかなった仕組みだった。

 流石師匠、と手を叩くほかない。


「それで、結界内にも防衛ラインを敷いてたのか……うん? ちょっと待って? だとしたら、そこまでまで攻め込まれてるのはヤバすぎるだろ。すげぇ追い詰められてるじゃねぇか! 結界ガバガバか?」

「緩めに緩めて、今があるの。だからワタシ達が出るのよ、せんせー」 

「さ、最終兵器扱いなのか……」


 学生がとっておきって、それはもうヤバいどころの話じゃないと思うんですけど……いや、いいや。ここは素直に、流石と言うべきなのか?

 流石は、シャリアの学校の生徒である、と。


 しかし、それにしても、ユメルミア学園が、この空島における最大戦力というのは、何だか酷くおかしなもののように思えた。

 俺が学生をやっていた時は、本当に大したことのないクソガキだったからかもしれないが……。

 

 何にせよ、ちょっと俺が思っていたより、スケールが大きいなと思った。

 無論、話のスケールではなくて、この学校のスケールが。


 というよりは、俺が思っていたより、頼れる戦士がいないということに驚いた、と言うべきか。

 まあ、強い人から死んでいっただろうから、当たり前っちゃ当たり前であるのだが。


 人は消耗するものだからな。折れることだってある。

 戦争は、その積み重ねを加速させるものだ。

 あるいは、予定より早く、途切れさせてしまうものとも言えるが。


「これ、人員とかはどうなっての……? まさか、生徒をローテーションで回して、防衛ラインを作ってるとか言わないよな?」

「そのまさか、ですわね。ユメルミア、和天騎士、聖ルミリアス。この三つの学園は、学び舎であると同時に、軍隊の側面もありますから」

「……切迫してんな」

「ええ、イサナ様が思っているよりは、ずっと、遥かに追い詰められております」


 そう答えたシャリアが、申し訳なさそうに目を伏せる。それは、確かに戦う力を失った人がする目だった。

 まあ、そりゃあシャリアが現役そのままだったとしたら、当然のように打って出て、全部なぎ倒してるだろうからな。


 それを目の当たりにして、ようやく俺も、自身の認識の甘さを受け止める。

 300年経っているのだ。ギリギリの拮抗を保っていた時代から、それだけの年月が過ぎ去っている。


 認めるべきだ。言葉以上に、実感を持たなければならない。

 敗北した責任を、背負わなければならない。


「まあまあ、そう怖い顔しないでよ、せんせぇ。大丈夫、フィアちゃん達は慣れてるからさ。今回もキッチリかっちり、お仕事こなしてみせるよぉ」

「たった三人だっての、随分強気だな……いや、それで成り立ってるんだから、やっぱり流石って言うべきなんだろうけど」

「この前までは、四人だったんですよ? 今はちょっと、お休みしてるだけで」

「……なるほど。悪い、まだ把握してなくて」


 いえ、こちらこそ細かくて、申し訳ありません。と、セレナリオが曖昧な笑みと共に言う。お休みしている──つまり、もう一人いるらしい生徒は、今は療養中ということなのだろう。

 たった四人の生徒会か。それはそれで、生徒会としてはどうなんだろうと思わなくもないが、まあ、そもそも生徒会という場自体、色々な側面を持った場所なのは間違いないことだ。


 例えば、この空島の最終防衛ラインであったり。

 例えば、新しい勇者パーティの候補であったり。


 たくさんの期待や希望を背負っていることだろう。ノクタルシアやステラノーツは、更に倍プッシュだ。

 下手をすれば、当時の俺より大変かもしれなかった。


「じゃあ、まあ、取り敢えず分かった。魔王軍を一匹残らず蹴散らして、防衛ラインを整えればいいんだろ?」

「か、簡単に言いますね、せんせー」

「? いや、簡単も何も、まずそこは最低限の話なんじゃ……」


 ないの? とは流石に言えなかった。

 三人の生徒の「マジでこいつ本当に現状分かってんのか?」という視線がザクザクと突き刺さり、シャリアが軽くため息を吐く。


 何だよ! おい! 何でシャリアまでそっち側なんだよ!

 俺たちの時はそうだっただろうが……!


 クソッ、意図せず「あれ? 俺何かやっちゃいましたか?」みたいな雰囲気を作ってしまった。しかも斜め下の方向性で。

 俺は、俺の先生としての威厳が崩れていく音を聞きながら、今日の夜ご飯はステーキが良いなと現実逃避するのだった。



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