それでは本日の議題に入りましょうか。




「ええ、ええ、よろしいですわよ? 言い訳をどうぞ。ですが、でっちあげの嘘でも言おうものであれば、即座にその首を絞め、わたくしも──」

「っすー……おーけー、分かった俺が悪かった。土下座か? 任せておけ、得意中の得意技だ」

「せっ、せんせー!? 打ち合わせと違うのだけど!?」


 ノクタルシアの悲鳴を聞き流しながら、俺はほとんど反射の領域で膝を床に付けた。

 すっかり忘れていたのだが、シャリアは俺が知る限り、最も嘘を嫌う女性である。


 それはもう、蛇蝎の如く。

 冗談にすら近い嘘でさえ、滅茶苦茶に眉を顰める程度には、シャリアは嘘を嫌う。


 そこにはまあ、それなりの理由は存在するのだが……兎にも角にも、シャリアの前では冗談禁止等という、小学生じみたルールがパーティ内で立てられたくらいには、嘘はシャリアの逆鱗だった。

 っぶねー、危うく逆鱗に触るどころか、勢いよく引き千切るところだったんだけど。


 もし踏みとどまれていなかったら、今頃俺の死体が出来上がっていたところである。

 とてもではないが、もう俺と並んで戦うことはできないなんて言った女が出して良い圧力じゃない。


 現役バリバリじゃない? ねぇ……。

 単独で大嵐を起こし、街一つ消し飛ばした時と全く同じ怒気を感じるんだけど。


 とはいえ、リカバリーはまだ可能である。

 俺とシャリアの顔を交互に見て、わたわたとするノクタルシアを片手で制し、ふー……と息を吐いた。


 まあ、なんだ、任せとけ。

 俺が何回シャリアをキレさせたと思っている。


 ぶっちゃけ上手く対処できたことは一度もないが、それはそれとして相手をするのは手慣れていた。

 それにほら、土下座してるだけだと俺の株が下がる一方だから……。


 ステラノーツとノクタルシア以外の、生徒会メンバーと思われる女子生徒からの視線が突き刺さって痛かった。

 まるで「これがあの勇者様……本当に?」とでも言いたげな目である。


「まあ、アレだ。先生らしく、生徒の相談を受けてたんだよ。どっかの誰かの校長先生が、俺なら何とかしてくれるって言うから、相談しに来たんだと」

「……うっ、眠っている間に、随分と口が上手くなりましたわね? イサナ様」

「そっちが下手になったんじゃないの? や、遅れて悪いとは思ってんだけどな」


 許してくれる? と言外に聞けば、ふにゃりと諦めたように笑うシャリアであった──それは、何というか、ただそれだけなのに、とても大人な仕草のように思えた。

 いや、いいや。違う。


 俺の記憶の中のシャリアと比べ、それは酷く大人な対応だったのだ。

 300年前であれば、こうはならなかったという確信が、胸の中にストンと落ちる。


 言ってしまえば、些細なことだ。けれども、そういうものこそが、時間の積み重ねを如実に教えてくれるのだということを、俺はようやく理解した。

 湧き上がってきた、扱い方の分からない感情を笑みで誤魔化して、そっとノクタルシアの背中を叩く。


 感傷に浸っている時間じゃないからな。

 会議だなんて、俺ですら面倒だと思うのだから、生徒達からしてもそうだろうし──というか、生徒会の会議って何するだろうな。


 何だかんだ学生をやっていた頃は、そういったコミュニティとは無関係だったのもあり、少しだけ興味をそそられる。

 やっぱり文化祭とか、体育祭の運営で揉めたりとか、各部活との部費交渉で盛り上がったりするのだろうか。


 学生らしくて良いと思う。むしろそういうのちょうだい、という気分のまま、ホワイトボードの前に立った「書記」の札を付けた女子生徒が、


「さて、それでは本日の議題に入りましょうか。進行は私、クララ・セレナリオが務めますね」


 と手を軽く叩いた後に、キュッキュキュッと黒のペンを滑らせた。

 その後ろ姿を眺め、今更ながら、ユメルミア学園の制服ってのは改造を許しているんだな、と思う。


 薄い金色の髪を、肩ほどにまで伸ばしたセレナリオの制服は、小洒落たパーカーのようになっていた。

 基本色である白はそのままに、少しだけぶかっとしたように羽織っていて、何というか、実に女の子らしい。


 いや、別にステラノーツやノクタルシアが女の子らしくないと言っているのではなく、単純に俺の好みだという話である……いや、この思考はちょっとダメだな。

 肉体年齢を考えれば健全なのに、関係性を加味すると途端に気持ち悪く見えてくる感想だった。


「おや、どうかしましたか? せんせー。そんなに俯いてしまって、私に何か落ち度でも?」

「い、いや、セレナリオは悪くない。俺が、せんせーが悪いんだ……」

「は、はぁ……? それなら良いのですが」


 一人で勝手にショックを受けていたら、お手々をフリフリして心配してくれるセレナリオだった。

 これ、俺が同級生だったら軽く好きになってたかもしれないな、なんてアホらしいことを考えながら顔を上げる。


 必然、ホワイトボードが目に入った。

 当然、セレナリオが連ねた文字列が目に入る。


 だから、一瞬だけ目を疑った。パチパチと瞬きをしてから、思わず口に出してしまう。


「魔王軍撃退及び、第一防衛ラインの再構築と、第二防衛ラインの後退・援護について……?」

「はい、読み上げありがとうございます。せんせー」


 ごく自然に、当たり前のことであるように、セレナリオは薄い笑みを浮かべて言った。

 おいおい、マジかよ。……え? マジで?


 いや、だって、それってつまり、ってことだよな?

 それこそ、かつての勇者パーティおれたちのように。


 あるいは、それぞれの国を守ろうとした、兵士たちのように。

 自分たちの街を守ろうとした、人々のように。


 この学園を、空島を守っているのは、生徒であるということを意味することになる。


 思いっきり動揺を露にすれば、それまでのんべんだらりと机に突っ伏していたステラノーツと目が合った。

 キラキラとした青の瞳が、殊更にキランと輝き、


「へへ~、知らなかったでしょ、せんせぇ。これがフィアちゃんたちの……生徒会の、主な仕事だよ~」


 なんてことを言うのだった。



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