第2話02

「お疲れさん」


「お疲れ様~」


「あのさ、お前って、朝比奈未来って知ってるか?」


「朝比奈さん?」


 僕の問いかけがあまりにも脈絡がなかったのか、雨霧は首を傾げている。


「朝比奈さんがどうかしたの?」


「どうかしたわけではないんだが……」


 先の事をこいつに話すのか躊躇われるため、言葉を濁した。


「少し、気になってるんだが」


「へえ~、あんたが誰かを気にかけるなんてね」


「いや、別に、そういうわけじゃなくてだな」


「じゃあ、なんで?」


 その言葉に返答は返さず、ただ一言、「なんでもない」と返した。雨霧は今も訝しんでいる様子ではあるが、それからは特に追及することなく、「珍しいね」と言った。


 全くもって余計なお世話だ。


 雨霧天。


 僕が入部している謎の部活の部長である。その名も「オカルト研究部」だ。


 この部活は本当に、いつものことながら、何の部活なのかわかったものじゃない。この部活はオカ部と略されてはいるが、活動内容もその類のものを書いて報告してはいるが、実際毎日この部活でやっていることといえば、こいつの機嫌に振り回されているだけの只のこの、雨霧天の遊び場だ。


 こんな訳の分からん部活を創部させてはいるのだが、くっきりとした二重に、綺麗なその名に恥じぬ青い透き通った髪、簡単に言うと校内でも五本の指に入る美女認定が周囲に認知されている。世も末とはこのことである。だが、逆に納得せざるを得ないランキングが存在する。その名も「めっちゃ可愛いんだけど、なんか残念ランキング」である。雨霧はこのランキングを入学してから常に順不動の一位を死守し続けている。まあ、決して本人にはこの話は耳に入っていないはずだ。


 なぜなら。


 こんな話がこいつの耳に入れば、噂の根源を探すまで犯人を追い詰めるだろうからな。在校生のみならず、きっと今頃大学生活を楽しんでいる先輩方にまで迷惑をかけていただろう。こいつはそういう女だ。


 一年、二年と、別のクラスであったが、この三年で同じクラスになった。僕はこの女と知り合ったのは今年の春休み辺りなのだが。その以前からあの、ランキングのお陰で彼女のことは認知していた。いや、ランキングだけじゃないな。朝比奈が成績学年トップクラスだというならば、雨霧天は学年最下層の成績の持ち主だ。五教科六科目で六百満点中、百点もいかないなんて冗談みたいなことを軽くやって見せる。よく今まで留年もせずに進級できたものだ。そんな色んな意味で有名な彼女を知らないわけが無かった。


 そして。


 僕に運がないせいなのか、神様からのお与えものなのか、とにかく最悪な事に僕と彼女は知り合ってしまった。──あの日の夜に。


 知り合ってからは、まさかの偶然が重なり、同じクラスになったと知るや否や、彼女は、「私と部活動を開くわよ」と、僕を連行したのである。


 話半分で聞いていたのだが、その翌日、本当にこの女、雨霧天はオカルト研究部を創部していた。知らぬ間に僕は副部長に、まあ、部員が二人なのだから、仕方も無いのだが、勝手にその部活動のメンバーに入っていた。


 今も放課後になり、この何をするんだかわからない部室に足を運んでいるという訳だ。


「ねえ、あんた、なんか、いいネタないの?」


 特段やることも無いので、各々時間を潰していると、突然雨霧は口にした。


 主語が入っていないせいで、何のネタなのか見当が付かない、そこら辺が、学年最下層の住人がする会話の仕方なのだろう。


「ネタってなに、漫才とかそういうことか?」


「あんたって、本当に馬鹿よね!」


「やめろ、他の誰に言われても構わないが、お前にだけは絶対に言われたくない」


「この場所でネタって言ったら、オカルトの類に決まってるでしょ?」


「んー、いや、ないな。そもそもそう言った類のものはあの人の方がずっと詳しいだろ?」


「そうなんだけどさー、でも私たちだけで、あの人が知らないネタを持って来てもいいんじゃないかと思って」


「そういや、入部して大分経つけど、何でこんな訳の分からん部活を作ったんだ? それこそ、僕たちはこんな部活がなくてもいいだろうに」


「だって、暇なんだもん」


 だもんって……、それだけで本当に部活を作ったのかよ。


 雨霧の言葉に先の出来事が脳を過ぎる。


 あの光景が、出来事が、あれが、錯覚でないのだとすれば。


 朝比奈の体に──実体がないのだとすれば。


 学校生活全てにおいて、誰ともコミュニティを形成することは愚か、誰かと会話などすれば、万が一ハプニングが起きないとも言い兼ねない。そんなハプニングが起きる可能性が一%でもあるならば、朝比奈の行動は理に適っている。


 そして、あの人の知りえない事象なのかもしれないことも。


「ねえ、今、朝比奈さんのこと考えてるでしょ?」


「……なんでわかったの?」


「朝比奈さん、か弱い女の子だもんね~、男子からしたら、守ってあげたい対象に入るんだろうな~、あーやだやだ、気持ち悪い。そんなこと思っているのは男子だけなのにね」


 女の子が思っている本音を聞いてしまった気がする……。


 たぶん、結構マジなのだろう。


「か弱い、女の子か……」


 朝比奈はか弱い訳ではないのだろう。むしろ、病気の類とも考えにくい。


 そんな病気はいまだかつて見たことも聞いたことも無いのだから。もし、それが病気で周囲に認知しているならば、わかりやすいのだが、あれはそんな次元の話ではないのだろう。


 普通の人間同士がぶつかり合えば、対格差があろうが、なんだろうが、必ず衝撃があるはずなのだ。


 なのに、僕には衝撃はおろか、朝比奈の体をすり抜けて、壁に激突していた。


「でもさ、あんた、確か、朝比奈さんと三年間同じクラスじゃなかった? なんで今更あの子を気にかけているのよ」


「そうだけど……なんか無性に気になるというか、なんというか」


「まさか、最初の頃は全く意識していなかったのに、ふと気づくとその人を目で追ってしまう、みたいな感じ?」


「全く違うんだが」


 見当外れもいいとこだ。


「そのさ、朝比奈ってなんかこう、不思議なイメージがあるじゃん? もしかしたら、こっち側のネタがあるんじゃないかと思ってさ」


「そうきたか」


 雨霧は話しながらも、携帯をいじりながら、お菓子を貪りながら話してはいたが、次第に指を組み、ふむ、と言った。


「確かに私も朝比奈さんのことは不思議に感じてはいた。でも、別段珍しいとは思わないのよね、ああいう子は少なからず居るし」


「そのくらいのことは僕にもわかるよ、なんかこう、女の子としての意見が欲しいんだが」


「女の子ね~、けどさ、私もあの子と初めて同じクラスになって間もないから、正直わからないっていうのが、率直な意見かな」


「まあ、そうだろうな」


 この女に女の子としての意見があるとは思えない。


「ん? なんで納得してるの?」


「なんも、他にはないのか?」


「そうだなー、朝比奈さん、話しかけても反応もしなかったんだよね……友達とかもいなさそう。時折話しかけてはいるけど、いっつも無視されちゃうのよね──」


 ……。


 流石は、単細胞、馬鹿、アホだ。


 それを見越して、こちらは質問しているのだが。


「流石に──あの手のタイプは初めてだわ」


 雨霧は険しい顔付きで言った。


 如何に、その案件が難しいのかを感じさせるように。


「昔からああいう性格の子だったらしいからね、内気で、物静かで、病弱だったらしいよ」


「らしいよって……お前、昔のあいつを知っているのか?」


「知っているっていうか、厳密には、朝比奈さんの昔を知っている人から聞いたってのが正しいかな。中学の頃も今のままだったみたい。でも、小学生の頃はすごく、活発でみんなの中心だったとか」


 お前みたいだな、と言いかけて、とどめた。雨霧にこの手の事を言うと、通天閣も登るほどつけあがるからだ。どうやら、自身のことを「成績優秀、才色兼備、容姿端麗」と、思っているらしい。少し、いやかなりドン引きしたのは今でも覚えている。


「顔は元々良いから、モテモテで、足もかなり速かったらしいよ


「へぇ……」


「六年間リレーの選手だったらしいよ」


「ふーん」


 つまり、だ。


 少なくとも小学校の時点では、別人だったのかもしれない。


 活発、クラスの中心と、いうのは些か想像が難しく思える。


「その子からすると、中学は別だったらしいんだけどね、どうして──あんなに変わってしまったのかって」


「中学時代を知っている子は居るんだろ?」


「うん、その子は入学した時には、もう──今の朝比奈さんと同じだって」


「そっか」


 人は変わるものだというけれど、僕の中でのイメージでは、それは、中学から高校に入れ替わる時だと思っていた。小学校から、中学校に上がるのに対し、そんなに変わるものだとは思ってはいなかった。


 けど、違った。


 小学校から中学校に上がるときに──何かが変わる人もいる。当然の話だった。全ての人間が全て同じな訳がないのだから。きっと、変わったというのが妥当な考えなのだろう。


 今朝の事も踏まえて、きっと──朝比奈は何かが変わってしまったのだろう。


 そう、断言できてしまう。


「でもね、これは感覚的な話なんだけど」


「ん?」


「これも聞いた話なんだけどね」


「だから、何」


「今の方が、ずっと綺麗なんだって」


「大人になったとか、そういうことじゃなくて?」


「ううん、昔から顔立ちは整っていたから、そうなんだけど、今は──存在が、とても、儚げで」


「……」


 その言葉に、押し黙ってしまう。


 それほどまでに強烈な言葉だった。沈黙してしまうほどに。


 存在が、儚げ。


 存在感がない。


 存在が希薄している。


 まるでお化けのように。


 病弱な彼女。


 実体のない彼女。


 噂は噂でしかない──か。


「あ! そうだ、思い出した」


「何?」


「僕、あの人に呼び出されてるんだった」


「何で? 私は?」


「いや、僕に個人的な話があるみたい」


「……何したの?」


「なんも」


「ふぅん?」


 雨霧は訝しむ様に僕を見つめている。


 まあ、いきなり話題を逸らした挙句に、あまり信憑性の無い話だったので、不信を抱くのは無理もないか。これだから、変に鋭い奴は苦手だ。黙って聞いていればいいものを。


 そこまで察する力があるのなら、少しくらい気を遣ってくれてもよさそうなのに。


 部室の椅子から立ち上がり、荷物をそそくさと纏めながら、無理矢理会話を繋げた。


「まあ、そんなわけで、今日、僕は先に出るよ。お前は、もう少しここにいて、何かネタでも探ってくれよ」


「今度必ずネタを持ってくること。それならもうこの件は深読みしないであげる。あの人待つの嫌いだしね」


 雨霧は、とりあえずは見逃してくれた。あの人の名前を使えば、大概の辻褄は合ってしまう。そこら辺は、まあ、計算通りなんだけど。


「じゃあ、私はもう少し残って、何か、都市伝説でも探ってくる」


「なにかいいネタでもあるといいな」


「じゃあ、また──夜に」


「……あぁ」


 僕は部室を後にした。

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