中編2

「来週、D谷D助が出所します」

 秘書のC川C次が俺に報告する。


「ついに来たか……」

 俺は憂鬱になった。


 D助は強盗事件の主犯として刑務所に収監されていた。

 この事件には俺も関与していたが、C次を身代わりにして逃れる事が出来た。

 強盗先の店主と一緒に図って、盗んだ金は丸々俺に、店主は使い込んだ金額を上乗せして保険会社に申請した。これでお互いに大金を得た。

 強盗時のアリバイは恋人のB美が協力してくれた。

 警察は俺とD助の関係は把握していたが、C次の証言で俺のアリバイを認定し、シロと判断した。

 D助は懲役15年、C次は懲役5年の判決が下った。


 事件のほとぼりが冷めた頃、俺はこの大金で会社を立ち上げた。

 例の店主が後見人になってくれたお陰で、事業は順調に発展した。

 5年後には業界のトップ10に入る規模になっていた。

 身代わりで収監されたC次が満期出所したので、口封じの為に会社で雇った。裏切らない様に俺の秘書として常に監視下に置いていた。


 その事をマスコミが嗅ぎ付け、俺にインタビューを申し込んできた。

 そのインタビューで俺は不良少年時代の非行や、友人C次とD助の強盗事件などを赤裸々に語った。

 このインタビューで、

「友人の起こした事件をきっかけに非行から立ち直り、事業を成功させた若手実業家のサクセス・ストーリー」

 として、マスコミから注目を浴びた。

 次々に取材やコメントを求められてTVやラジオに出演する内に、一端の『少年問題の評論家』になっていた。

 俺は自身の経験から、非行少年を更生するための活動を真剣に行っていた。二度と俺やC次やD助みたいな少年を出さない為に……


 そしてついに、D助が出所してくる。

 もしD助が真実を話したら、世間での俺の評判が失墜する!

 仮にマスコミがD助の証言を嘘と認定しても、誰かが俺の足を引っ張る為の材料にするかもしれない!

「何としてでも、D助の口を塞がなければ……」



 俺は出所するD助の身元引受人になり、出所時にD助を迎えに行った。

 俺はD助に全てを話し、大金を渡した。


「つまり、オレに『真実を話すな』と言う訳だな」

「それなら、オレもC次みたいにオマエの会社で養ってくれないか?」

 以外にもD助の反応は好感触だった。上手くいけばこのまま俺の監視下置く事が出来そうだ……


「もちろん! 何時でも俺に言えば、D助の為に力になるよ!」

「これは、俺の連絡先だ」

 D助にメモを渡す。これで大丈夫だ……


 D助に大金を渡して何日か経ったある日、D助から連絡があった。

「これからの事で相談したい」

「出来れば一週間以内に、直接会って話しをしたい…」


 何だろう……

 会社で雇うなら電話だけで済むはずなのに、直接会いたいとは?

 俺を恐喝して、もっと大金を得ようと考えているのか?

「やっぱり、D助は信用出来ない…」



 俺は噂に聞いていた『願いの叶う店』に来ていた。


「いらっしゃいませ、何にいたしますか?」

「ここは金さえ払えば、魔法でどんな願いも叶えるそうだな」

「人を呪い殺すにはいくら掛かるのだ?」


「いきなり物騒な話ですな…」

「確かに人を呪い殺す魔法は有りますが、そんな事にお金を掛けるより裏社会の人に頼んだ方が安くて確実で早いですよ」

「何なら、裏社会の人を紹介しましょうか?」


「要らない! 俺は他人を信用しないのだ!」


「まぁ、わたしも『他人』ですけど…」

「ともかく『人を呪わば穴二つ』って言葉を知っていますか?」

「この『穴二つ』は何を意味しているか解りますか?」

「知らない、その『穴』は何だ?」

「『呪った相手の墓穴』と『呪いをした自分の墓穴』ですよ」

「それだけ『呪い殺す』には大きな代償が必要なのです」

「大金を積んだだけではまだ足りないのです」


「それでは、『相手の声が周の人に届かない』様にするにはどの位、金が掛かるのか?」

「相手が俺に対しての復讐心を失うには?」


「相手の事について、話しをして下さいな……」

 ショットバーのカウンターの向こう側に立つマスターに俺は全てを話し、大金を積んだ。

 マスターは札束を数えると、ニッコリと微笑んだ。

「この金額でなら大丈夫です、ではどの様なお願いですかな?」


 俺は、

「D谷D助の俺に対する復讐心を失くして欲しい」

「この先D助とトラブルが、二度と無い様にして欲しい」

 と言った。


「わかりました、あなたの望みを叶えましょう」

 マスターは微笑みながら答えてくれた。そして、

「今から六日後にD助さんと会って下さい、そうすれば上手く行きますよ」

 と言った。


 直ぐに俺はD助に返事をした。D助は会見の場所に『願いの叶う店』を指定してきた。

「まさか、D助も願いを…」

 俺は不安になったが、マスターを信じるしか無い。


 会見の日俺は、『願いの叶う店』への階段の前でD助と会った。

「良く来てくれたなA雄! すまないな、こんな所で待ち合わせをして」

 D助は言った。

「いやD助、中々良さそうな所じゃないか」

 俺は答えた。


「A雄、オマエのお陰で携帯電話を持つ事が出来た、これは新しい携帯番号だ」

 D助が番号の書いたカードを渡してくれた。その時、


「A山A雄! D谷D助!」

 俺とD助の呼ぶ声がした。

 俺が見上げると、男が立っていた。

 俺は何処かで聞いた声だった気がしたので思い出そうと考えた瞬間、顔と喉が熱くなった!

 あまりの喉の熱さで俺は気を失った……

「あの声は確か……」


 気が付くと俺は病院のベッドの上に居た。

 医者はメモを俺に見せてくれた。

 

 暴漢がオレの顔に強酸性の液体をかけた。

 その液体のせいで、声帯が焼けて言葉が話せなくなった。

 鼓膜も焼けて音が聞こえなくなった

 また顔が焼け爛れてしまって、再建手術をしたが元に戻せなかった。

 と書いてあった。


 医者はD助や犯人の事を何も教えてはくれなかった。


 俺が気を失って居る間に、俺が声と聴力を失った事を知った妻のB美と秘書のC次の二人は俺の会社を乗っ取てしまった!

 退院時には俺の財産は何も残っていなかった。マスコミも醜く爛れた顔を見て、誰も近づかなくなった。


 無一文になった俺は、の寄付のお陰で施設に入所した。

 D助からは何も連絡は無かった。

 もしかして、あの時にD助は……


「『人を呪わば穴二つ』とは良く言った物だな」

「『D助の存在』と引き換えに『俺の声と聴力』を奪っていった」

「まぁいいさ、もうD助の事を考えなくて良いのだ!」


 この先俺は沈黙の世界での中で生きて行く。

 D助の存在が無い世界なら、心安らかに生活できるだろう……



 しかし、何も聞こえない沈黙の世界のはずなのに、一つの声が響いてくる。

 あの時の男の声だ!

 俺は懸命に思い出そうとしているが、誰だか判らない。

 俺はずっと、沈黙の世界の中で悩み続けている…

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