第61話 季節限定アンサー(8)

【ガーターベルト・タクシー内 後部座席】


 帰宅して晩飯にする前に、サラサがミキミの巻き込まれているトラブルについて、解説する。


サラサ「ミキミの乗った漁船が、海賊船に追い回されている。海軍は助けてくれない」

ユーシア「海軍が、助けてくれない?」

サラサ「海賊船同士の、潰し合いと思われている。何方かの船が大破してから、捕縛しに行く気だ」

ユーシア「コスパ優先か」

サラサ「最悪、奴隷として売り飛ばされたミキミをサルベージしてくれれば、それでいい」

ユーシア「手遅れと言われても…」

 一瞬、ゴールドスクリーマー状態で海域を探しまくる案も考えたが、腹が減って餓死しそうなので止めた。

リップ「行こうよ、海。海水浴シーズンの前だから、空いていて快適だよ、きっと」

 リップがユーシアの目前に、季節外れの海水浴イベントをぶら下げる。

 この瞬間、ユーシアの頭は、『リップと海で快適に過ごす』というイベントを成そうとする方向で、壊れた。

イリヤ「…そろそろ、梅雨の季節ですけど?」

 イリヤが真っ当なツッコミを入れても、ユーシアは止まらなくなった。

ユーシア「エリアス。スケジュール調整を開始。可能な限り最速で、ミキミ救出の遠征を実行に移す」

エリアス「面子が問題になりそうですね。ユリアナ様の所から引き抜き過ぎると、手薄になります」

ユーシア「仕方がない。きっと寿命だ」

 リップが手を伸ばしてユーシアの頬をキツめに抓り、サラサがユーシアの手の甲を捻り、エリアスが今の発言をユリアナ様に横流した。


 ユリアナはその時、専用バーで飲んでいたが、常日頃『ユーシア、戦死しないかな』と思っている事を鑑みて不問に伏した。


ユーシア「カイアンとヴァルバラを、リップのオマケとして連れて行く」

リップ「カイアンは、旅行中。エイリンの修行に付き合って、音信不通。ヴァルバラは知らん。たぶん付いてくる」


 エリアスが会話をヴァルバラの端末に同期させていたので、リップとユーシアの端末に無条件同意のメールが入る。


ユーシア「回復役、レリーは無理だよね」

リップ「梅雨に入ってから行けば、日光で焼け死なずに済むかもよ」

ユーシア「期待はせずに、メールだけは打っておこう。あ、秒で了承しやがった」

イリヤ「レリーは、行き先を理解しているのでありますか?」

ユーシア「海としか教えていない…あ、忘れていた。何処の海?」

サラサ「ダックリバー」

ユーシア「げ」

リップ「火薬庫?」

イリヤ「抗争が大好きな地方であります」

サラサ「ミキミからの情報だと、タテヤマとエイティ島の海賊との三つ巴になっているそうだ。そのせいで、海軍の及び腰に拍車がかかっている」


 何だか大乱戦に巻き込まれそうなフラグが立ったので、ユーシアは妥協案を考える。


ユーシア「ミキミは諦めて、新メンバーを入れてみては?」

サラサ「海も諦める、と?」

ユーシア「諦めない。ダックリバーで、加入メンバーを探そう」

イリヤ「あのう、ミキミ殿の安否は?」

ユーシア「骨を拾って供養してあげれば、十分じゃなイカな?」

サラサ「ふむ、まあいいか。今回は、消えた新人声優アイドルの消息を訪ねて空振る長編ドキュメンタリーという形で」

イリヤ「ミキミ殿を諦めるのが、早過ぎませんか?」

ユーシア「違うよ。最悪の場合に備えて、次善策を用意しているだけだよ」

サラサ「人が生死を左右しようなど、おこがましいとは思わんのか?」

エリアス「ダックリバーの武装勢力は、三千人。タテヤマが四千人。エイティ島は多国籍海軍の出入りが激しく、計測不能。

 ユーシアの戦力で介入の仕方を間違えると、収拾のつかない紛争が勃発するかと」

ユーシア「既に勃発しているような気もする。付き合っていられないので、ミキミか新メンバーを確保したら、撤収しよう」

 遠征の目的を固めた頃に、タクシーはタワーマンション・ドレミの車寄せに着いた。




【タワーマンション・ドレミ 住居棟一階】


 夕食を掻き込みながら遠征について話し合っていると、ラフィーまで来たいと言い出した。

「梅雨のお蔭で空いている海辺って、行きたかったわ。というより、うちが海に行くのって…あ、水着を新調しなくちゃ」

「ラフィーさん。俺たちは、仕事で行きます」

「リップと海で遊ぶ片手間で、仕事をするだけよね?」

「バレている?!」

「観光で同行するだけよ。邪魔はしないから〜〜」

「早ければ、明日の六時には出発します」

 これほど急な遠征なら、準備は間に合うまいとユーシアは思ったが、ラフィーは既に億り人。

 遊興に人生を合わせて生きている。

「…もしもし、よっちゃん。急になんだけど、水着を買いたいから、二十分後に行っていい? 違う違う、そっちじゃなくて、リップの付き合い。そう、溢れなくていいの。穴が空いていないヤツ。普通の。そう、普通の。じゃあね」

 リップが、ジト目で母親を詰問する。

「前の水着って、親父殿向けの?」

「そうよ。前のは、記念品に持ち逃げされちゃったの」



 リップの父親が持って帰ったラフィーの水着の使用方法に関して悶々としながらベッドに入ると、リップが大事な要件を思い出させる。

「ねえ、シマパンを履いて見せる件。何時にするの?」

 脳内の85%を占めていたラフィーさんの水着のイメージが、リップの神々しいシマパン臀部のイマジネーションへと、塗り替わる。

「今すぐに徹夜でガン見させてください」

 と言いたいのをグッと堪えて、

「今度の遠征が終わってから、ゆっくりと、じっくりと」

「三分で済む事なのに?」

「三分しか見せてくれないの?!?!」

 シマパンを被って悪徳宗教団体と戦う姿を生配信で晒した報酬の目減りに、ユーシアは断固抗議する。

「シマパンに関する事で約束を違えるなんて、リップでも許しません。断固シマパン。シマパン、フォーエバー」

「だってユーシア。あたしの期待した3%ぐらいしか、戦っていないし」

「はい、妥協します。では、今すぐに」

 ユーシアは影からシマパンを取り出しと、両手で恭しく差し出す。

 リップは側で抜刀の用意をしているイリヤの影に隠れると、三秒でシマパンに換装する。

「ほら」

 リップが、シマパンを装備した臀部を、ユーシアの眼前に晒す。

 その姿を一目見るや、ユーシアは幸せそうに、気絶した。

 忍者にあるまじき無防備に、そのまま寝落ちしている。

「…これ、戦闘中に見せたら、死んじゃう?」

「思わぬ致命的な弱点が、出来たようであります」

 幸せそうに寝落ちしたユーシアを抱き枕にして、リップも添い寝する。

 ユーシアは、本当に寝落ちしている。

「あたしを弱点にしないで」

 そう耳元で囁いても、起きない。

 試しに下唇を甘噛みしても、起きない。

「満足するハードルが低いぞ、ユーシア」

 リップは一晩中、シマパンを履いたまま、添い寝してあげた。


 翌朝四時に目を覚ますと、ユーシアは意思に反して寝落ちした事実に、猛反省する。

「変身後は、もっと食べないと、ヤバいな」

 変身のデメリットについて見直しつつ、リップのパジャマを捲って、シマパンに話しかける。

「朝だよ、リップ」

 寝惚けてシマパンに話しかけるアホの顔面に、リップは膝蹴りを自動で入れた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る