第60話 季節限定アンサー(7)

【都心チャーザー区 グレートラウンド・ビル カラサワギ教団本部 21階待ち受けロビー】


 激痛に見舞われながらも電気クモを黒刀で解体すると、頭からシマパンを外して右足の傷口に巻き付けて出血を止める。

「リップ、ごめん、遊ぶ余裕が、なくなった」

「変身?」

「するから、イリヤの背後に退避して」

「おう」

 ユーシアが金髪ツインテール騎士ゴールドスクリーマー(10%出力)に変身したので、リップは大人しく下がって観戦する。

 変身後は時間を無駄にせずに、右足の負傷を瞬時に直して、クロウに相談する。

「ビルの中で電気系統を壊さずに、戦闘可能なオススメ機能は?」

 相談中も床から繰り出される電気の獣爪を、ユーシア(ゴールドスクリーマー)は指先から出す小型の電撃投網で迎撃して防ぐ。

『風属性のモンジロウ。全身をエアシールドで覆って回避力激増し。攻撃は風圧メインに出来るから、室内での制圧戦向きだ』

「よし、使う」

 体内に取り入れた八本の廃棄聖剣の内、意識を保っているのはクロウのみなので、使える機能はクロウに確認を取らないと知りようがない。

 普段は電撃属性が充満する武鎧が、風の流れに包まれる。

 普段は飛行能力に使う力が、室内戦闘用に再調整される。

 ギレアンヌは試しに電気の獣爪を六本に増やして攻撃したが、全て風力防御に流されて回避されたので、撤退を決める。

 そうしてその先の戦闘に入る準備をしている僅かな間に、周辺の関係者が動いた。




【コノ国外事攻動部 都心治安情報管制センター室】


 本来は広域の通報案件を巨大モニターに映して、情報を共有&指示を出す都心治安情報管制センター室に、黄金と黒のオリジナル警報が点滅する。

 ユーシアがクロウを使ってゴールドスクリーマーに変身した時に、最優先で点灯するシステムである。

 過去にユリアナが、都市機能を壊滅させかけた反動で構築されたシステムだ。

 ユーシア本人は、迷惑をかけないように10%出力を心掛けているが、公安関係者は十歳の忍者を信頼したりはしない。

 ユーシアがユリアナと同じ失態をする前提で、事態を詰めていく。

「アキュハヴァーラ警察から、公安監視対象区画内での、ゴールドスクリーマ―の出現を確認しました」

「ゴールドスクリーマーの目的不明。出力は10%を維持」

「グレートラウンド・ビル内、一般利用者の避難は始まっておりません」

「公安監視対象の教団からは、通報がありません」

「居合わせたサラサ・サーティーン特務軍曹の映像、添付します」

 情報が出揃っていく中、国家公認忍者の情報官が、指示を出す。

「ダーナはユーシアを足止め。

 レドラムはサーバーを確保。

 ネメダは封鎖線から逃亡した幹部クラスに、紐付けを」

 出した指示に、ダーナが怒声を返す。

「どういう意味での足止めだ?! 暴れさせるなって意味か? 追い出せって意味か? 隙見て始末しろって意味か?」

 国家公認忍者の情報官は、他の部署との連携中である事を吟味して、柔らかく言い直す。

「丁重に、帰宅を促せ」

 オルフェ・ベルゼルガ(三十二歳、焦茶色のポニーテール、コノ国近衛軍情報部所属中佐)は、苛立ちを背中の猛禽翼を5センチ震わせるだけに留めた。

「ムカつくであろう?」

 黒龍軍師ドマ(人間形態)が、後ろの席からオルフェの指揮に茶々を入れる。

「だが足止めという命令を、地雷で実行しようとするアホもいる業界だ。手綱は丹念に締め直せ」

 ポテチを食いながらネットでガールフレンドを口説いている最中だったので、オルフェは全く全然微塵もドマに感銘を受けなかった。

「今、ひょっとして、わしに対して『うざい上司だから、早く脳梗塞か心筋梗塞で退職しないかな?』とか、星にお願いしている?」

「貴方に会った全ての知的生命体は、そう願っております」

「うわお」




【都心チャーザー区 グレートラウンド・ビル カラサワギ教団本部 21階待ち受けロビー】


 階段から、敵の土建系魔法使いの所へ攻め込もうとするユーシア(ゴールドスクリーマー)に、エリアス・アークが悲鳴のような声で報告する。

「ここを監視していた公安が、封鎖線を形成しました。ここは既に、捜査区域です」

「…変身が引き金?」

「そのようです」

 ユーシアはテンションを下げつつ、サラサに確認する。

「公安に丸投げした方が、早い。いいか?」

 教団のサーバーは犯罪の証拠として接収される流れなので、トモトのイヤンな写真データは流出されずに済む。

 もう、今回の仕事は、果たされている。

「いいよ、いいよ。もう帰ろう」

「よし、帰ろう」

 ユーシアは敵魔法使いの追撃を警戒して(ギレアンヌが無言で無許可で撤退した事を知らない)、変身を解かずに帰ろうとする。

「リップ、終わった。帰って飯」

「始まったばかりで?」

 ラスボスどころか、中ボスすら出ない状況で話を締めようとするので、リップの機嫌が理不尽に悪化する。

 話のネタに関しては、恋人にも容赦はしない。

「せめて敵の四天王の半分は、処してから…」

「ゲームじゃないから」

「せめて右足の仇を取ってから」

 しつこいので、ユーシアは元同僚たちを出汁に使う。

「捜査官が踏み込んで、根掘り葉掘り調べに来るから、居合わせると事情聴取で時間を食う」

「じゃあ、帰ろう」

 面倒なのでリップも大人しく、妥協して帰ろうとする。

「うん、いや待って、捜査官に根掘り葉掘り訊かれるという体験も、捨て難いような」

「帰ろうよ」

 リップが無駄にゴネていると、ユーシアの背後に、するっと一人の忍者が現れる。

 ユーシアと違って素顔を一切晒さない、全身忍者装束の、青年だ。

「ユーシアだけ、残れ。事情聴取がある」

「やだよ」

「五分で済む」

「それ、すぐ済むという意味? それとも、三百秒きっちり?」

「黙れ、質問にだけ答えろ、休職野郎」

 ダーナは気短に、情報官から伝達された確認事項を熟していく。

「これ以上の戦闘は、しないな?」

「しません」

「これから踏み込む捜査関係者に、申し送りは有るか?」

「実はサーバーを確保しに来ただけ」

「サーバー全部?」

「一つのデータを得る為に、全部」

「アホめ」

「終わり?」

「何で変身を解かない?」

「敵の土建魔法使いが、手強い。建物から離れてから、変身を解く」

「ここは引き継ぐ。帰れ」

「御武運を、ダーナ」

「あ〜、もうちょい待て。…よし、許可が出た。帰れ」

「今の、何の許可?」

「変身を解かずに帰ろうとするから、制止の指示が出た。退去して解除するから、許可が出た」

「そんなに警戒しなくても」

「するのが普通だ。客観的に、そのエロい武鎧を見てみろ」

「谷間が凄いだろ」

「…ああ、凄い」

「だが、皮膚に擬態した装甲だから、揉むと感電するだけ」

「とっとと帰れ」




【ガーターベルト・タクシー内 後部座席】


 帰りのタクシーを捕まえると、リップが聞いてはいけなそうな事を、聞いてくる。

「トモトの彼氏は、押さえないの?」

 まだ話のネタに未練があるようで、拘泥る。

「愛車を人質に取って、写真データを消去させた。二件目は解決。もう帰る」

 パック型エナジーゼリーでエネルギー補給しながら、ユーシアは今日の仕事終了を宣言する。

「最後のミキミの件は、明日で間に合うよね?」

 サラサは、カメラの撮影を止めてから、返事した。

「ああ、大丈夫。手遅れだから、急がなくていい」

 新人声優兼アイドルの遭遇しそうな手遅れの案件が、一同の脳内で、イマジネーションされちゃう。


ユーシア「嫉妬深くなったセフレと同棲かな? 揉めるなあ〜〜」

リップ「出来ちゃったかな? 推しの子ルート?」

イリヤ「既に出産して三年が経っているでありますな。確かに、手遅れであります」

エリアス・アーク「事務所の移籍か独立でしょうか? 通常のデーアに載せない案件とは、相当な案件ですね」

サラサ「いい加減な憶測を口に出すな」


 サラサにだけは、言う資格がないセリフだった。


ユーシア「で、正解は誰だ?」

サラサ「全員、不正解。マグロ漁船に乗って、遠洋漁業に行ってしまった」

ユーシア「…引退したの?」

サラサ「若頭と同じで、出稼ぎしに行っただけだよ、遠くに」

 どの道、声優の仕事でもアイドルの活動でもない。

ユーシア「で、俺にどうしろと?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る