第28話 家

柚羽を見送った後、ワタシは来た道を再び戻る。土曜日とはいえ深夜に近い時間帯に入って交通量もぐっと減った。


最近はいつも真依と一緒に出かけるから、夜道を一人で運転していると淋しさが出て来る。


早く真依のいる家に戻りたい。


車を駐車場に止めてから、マンションまでの道のりをワタシは急いだ。


「ただいま」


リビングに入ると、真依が「お帰り」を言ってくれる。


その瞬間がワタシは好きだった。ここがワタシの帰る家なんだとその言葉だけで心が充足する。


「柚羽とケンカにならなかった?」


「いつも通りバカだって呆れられただけ」


真依の隣に腰を下ろして肩を竦めると、真依が鼻先で笑う。


「それはしょうがないでしょ」


「そうだね。一度ワタシが壊しちゃったんだから、簡単に修復できないのは分かってる。一生かもしれないしね……」


諦めの溜息を吐いたワタシに真依が横から抱きついてきて、ワタシもそれに応じるように真依の背に腕を回す。


「難しいよね」


「真依はそのことは悩まなくてもいいから」


「すぐ葵はそうやって自分で解決をしようとする」


「あ……そうだね」


ワタシは真依に心配させたなくて自分で抱えようとするけど、結局抱えきれずに破綻してしまう。


学んだはずなのに、柚羽に対しては自分が悪い意識が手放せない。


「依存しすぎるのは駄目だって思ってるけど、1人で抱え込まないで欲しい」


「そんな駄目なワタシで真依はいいの?」


「好きにならせたの葵じゃない」


ワタシを見上げる真依の瞳が潤んでいて、真依への愛しさが溢れ出て堪えきれなくなる。


「ワタシが一緒にいて幸せになれるのは真依だって、初めて会った時に直感したから口説いたの。でも、それは間違いじゃなかったって今は思ってる」


もう……と照れる真依に顔を寄せて唇を奪う。


こんなに愛しい存在なんて、世界にたった一つだけしかない。


真依の体を更に自分に引き寄せて唇を吸うと、真依もそれに応えてくれる。


微睡むようにキスを繰り返して、ワタシと真依の境目を溶かして行く。


「何が正解だったんだろうって思うことはあるんだけどね。考えても考えても誰も傷つけずに3を2にする方法が浮かばないんだよね」


「だって、誰だって2になりたいって望むから当然じゃない?」


「そうだよね……」


ワタシにも後悔はあるけれど、真依にも後悔はある。でも、その答が分かっていれば今にはなっていなかったかもしれない。


「真依とワタシが選んだ道は正解じゃないかもしれないけど、それでもワタシは真依の手を離せなかった。強引に引っ張った、かな。だから真依がワタシを選んだことを後悔しないように頑張るから、傍にいて」


「次やったら、葵はもう外に出さないからね」


手放すではなく、閉じ込めておくという真依の言葉が嬉しい。


「愛してる」


何度も囁いた言葉を乗せて、再び真依の唇に吸い付く。


真依もそれには応えてくれて、笑いながらキスをした。




「そういえば、柚羽はどうして佳澄と再会したことを知ってたの? まさか佳澄に聞いた??」


柚羽を送って行ったのに、ワタシはそのことを聞き忘れていたことに今更ながらに気づく。


真依は言っていない、となると佳澄くらいしかルートが思い浮かばなかった。


でも、柚羽が佳澄は仕事でも関連しないし、話が繋がらない。


「………………もしかしたら、木崎さんに聞いたのかも。佳澄さんに離婚関係を対応してくれそうな弁護士を知らないかって聞かれたから、離婚をしている木崎さんなら知ってるかもって、弁護士さんのこと聞いたの。その時に少しだけ佳澄さんのことは話したから。

柚羽は、ほらプライベートでも近所だから木崎さんと会うって言ってたでしょう?」


確かに1年くらい前にマラソン大会に出るという柚羽を見に行って、そこで木崎さんとも少しだけ遭遇したことがある。


ん??


「木崎さんってシングルマザーだよね?」


「今年小学生に入ったお子さんがいるよ」


真依が知っていて、子供もいて、柚羽とも繋がりがある。


何故今まで気づかなかったんだろうって思うくらいだった。


「柚羽の相手って、木崎さん??」


「あ……気づいちゃった。そう」


「本当に!?」


「うん。柚羽がなんか変わったなって思うタイミングと、木崎さんが変わったタイミングが重なっていたから、なんとなくそんな気はしていたんだけど、この前正式に紹介されたから」


「マラソンで知り合った相手かと思ってた」


柚羽は真依とワタシが同棲を始めた頃くらいからマラソンを始めた。徐々にそれにのめり込んでいるようにも感じていたので、そこで一緒に走るようなパートナーができたのかと想像していたのだ。


「柚羽が羨ましくなった? 木崎さん美人だから」


「そういうこと言ってない。ワタシは真依がいいって言ってるでしょう?」


「葵、口だけなんだもん」


「じゃあ、ちゃんと行動で示すから」


ワタシは真依一筋なのにと思うけど、こういう拗ねる真依はワタシ得なので大歓迎だった。


「一つお願いしていい?」


「ワタシにできることならいいよ」


「今の会社で、女性のパートナーがいるって公言して」


「…………いいけど、意味あるの?」


今の会社は、LGBTの場合でもパートナーを認める制度があることは知っていた。でも、実質そんなに使わないといけないケースもないから手続きもワタシはしていない。


「だって、第2、第3の佳澄さんが現れないとも限らないもん」


「だから、別に佳澄はそういう関係じゃないって言ってるでしょう?」


「葵には私だけ見ていて欲しいの」


独占欲を示す真依が可愛くて、ワタシはそれを承諾した。




形よりも想いの方が大事だけど、想いは箱に入れて置いた方が安定する。


だからこそ、人は箱に固執してしまうのかもしれない。


でも、大事なのは2人でその箱に居続けることで、溢れ出す分は2人で蓋をしたり、汲み出したりするしかないのだろう。

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