第16話 昼食

散らかり放題のクローゼットを片づけるのに、結局昼まで掛かってしまった。


お昼だし、どうしようか、と思いながらリビングに入ると真依がキッチンに立っていた。


「終わったの?」


素っ気ない真依の言葉にワタシは頷きを返す。


「じゃあ、葵もご飯食べる?」


「ワタシのもあるの?」


「1人分も2人分も作る手間は変わらないから」


抱きつきたいけど、流石に怒られるのは分かっているので、テーブルの上を片づけ始める。


最後に一緒にご飯を食べたのがトラブルがあった日の朝なので、3日以上ぶりということになる。


同棲を始めて、一緒に食べるなんて当然のことだったけど、今は真依が向かいに座ってくれているだけで嬉しい。


「何?」


向かいに座る真依がワタシの視線に気づいて、目線だけをワタシに向けてくる。


「久々だから、可愛い真依の顔を堪能してるの」


ワタシをまだ許してない態度を示そうとする真依は、それはそれで可愛いなんて言ったら怒るだろう。でも、真依は何をしてもワタシには可愛い。


「後ろ向いて食べる」


「それはやだ」


丼を持って後ろ向こうとした真依をなんとか引き留める。


「でも、佳澄さんって綺麗なんでしょう?」


「ワタシ、そんなこと真依に言った?」


佳澄が初めて付き合った恋人だとは真依に話していたけど、そこまで詳しく話した覚えはない。だって、佳澄の容姿がどうであっても、今の真依との関係には何も影響するものじゃない。


「前に柚羽から高校時代は美少女だって聞いたから。大人になってもそういう人は綺麗でしょう?」


「うーん。美人なのかもしれないけど。高校の頃の佳澄を知っていると、どうしてこうなったの? って思うくらい雰囲気が違うんだよね。今の佳澄は男性にはもてそうだけど、ワタシが夢中になるとか欲情するのは、今は真依しかないから」


「そう」


真依を持ち上げたつもりだけど、真依には届いてる感がない。


そんなに簡単に真依が絆されてくれるわけでないことは分かっている。


昼食後、後片付けはワタシがすると言うと、真依は再び引きこもっている方の部屋に入ってしまう。


真依が別れないと言ってくれたのは本心だろう。


だからと言って一足飛びに全部が解決するわけじゃない。





片付けを終えて、夕食はワタシが作ると真依にメッセージを送る。


多分一緒の部屋では寝てくれないけど、ご飯くらいは食べてもいいくらいには真依は譲歩してくれている。


何にしようかな、と冷蔵庫の中を眺めていると、真依が再び姿を現す。


「どうしたの?」


真依の方で決めている夕食のメニューがあったのかな、と聞き返すと、


「今日の夜は出かけるから、ご飯もいらない」


「遅くなるの?」


「そこまで遅くならないはず」


「真依が友達と夜に出かけるなんて珍しいね」


真依は時々友達と会うと言って出かけることはある。でも、ワタシの記憶している限り昼間ばかりだった。


間を置いてから真依は続ける。


「隠しごとをしない、は私もであるべきだから言っておくけど、柚羽とご飯を食べることになっているの」


「……ワタシのことを相談するために?」


血の気が引くのを感じながら確かめの言葉を出す。


ワタシたちの関係はさっきちょっとだけ修復の兆しを得たばかりだ。それ以前に真依が柚羽に相談しようと声を掛けていたとしてもおかしくはない。


「それは違うから。私たちのことに柚羽はもう巻き込むべきじゃないでしょう?」


「そうだね」


その答えに駄目だとは思いながらほっとしてしまう。


だって、何かあれば柚羽は真依にワタシとは別れろと言うだろう。


「今日のは柚羽から誘いがあったの。一緒に住んでる人を紹介したいって」


「この前サービスエリアで見た親子ってことだよね?」


たぶん、と真依は頷く。


「葵に紹介するのは、まだ時間が欲しいって」


「分かってる」


柚羽とワタシの関係は真依のことで拗れてそのままだった。柚羽にとってワタシは関わりたくない方の姉なのだ。


「ワタシは駄目な姉だからね。柚羽が幸せになれそうな人かどうか見てきて教えて」


「うん」


「真依」


「何?」


「ちょっとだけ抱き締めていい?」


「……ちょっとならいいけど」


真依の前に立って、真依の体に腕を回す。


力は掛けないで、久々に真依の匂いを感じる。


「一杯迷惑掛けてごめんなさい」


真依の手がワタシの頬に伸びてくる。


「しょうがない人だなって思ってる。でも、すぐに答えを出そうとしなくていいから。葵だけで考えさせたら大抵極論になってるし、ちゃんと相談して」


「少し整理をする時間は欲しいけど、これからはちゃんと真依に相談します」


「相談じゃなくて、報告も連絡も全部」


「うん」


こんな風にワタシを受け止めてくれるのは真依だけだと思うと、キスをしたくて堪らないけど、その一歩が遠かった。


でも、真依はそんなワタシを待ってくれる。

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