第15話 クローゼット

ワタシはどうすべきか、そんなことすらもう判断ができなかかった。


真依はワタシを睨んだままで、少ししてから口を開いた。


「バカ」


「そうだね。ほんとうにバカだと思う。真依を傷つけたくないのに、傷つけるようなことばかりしてるよねワタシは」


短い罵倒をワタシはそのまま受け入れる。


だって、どうしようもないバカなのは、自分でだって分かっている。


「自覚あるんだ」


「真依を裏切らなくても、悩ませることをしたなら一緒だよね。行動する前に気づけばいいんだけど、やってから気づくのが多分一番駄目なんだとは分かってる」


ワタシはまた同じ過ちを犯した。


気をつけていたつもりなのに、ワタシは何も変われていない。


「どうするかは真依が決めて。ワタシはそれに従うから」


「パートナーを解消しようって言っても?」


そこまでを真依は考えていたのかと目を見開いて真依を見る。でも、ワタシに否定はできない。


「…………それだけのことをワタシはしちゃったんだよね」


「それで葵は次の恋人を探すんだ」


それにワタシは首を振って否定をする。


そんなこと一度だって考えたことはない。ワタシにとって真依以上の存在なんて見つからないことは分かっていた。


「ワタシは、誰よりも大事にしたいって思ってる真依を傷つけた。

それも1回じゃない。そんなワタシには、誰とも一緒にいる資格なんてもうない。ワタシはいつも上辺だけいい顔して、自分勝手に思い込んで、人を傷つけてばかりでしょう? 巻き込んじゃってごめんね。真依は柚羽を選ぶのが正解だったんだよ」


ワタシは真依を幸せにできないのに、真依を欲しがってしまった。それで真依に間違った選択をさせてしまった。


不意に真依はワタシとの距離を縮めて、胸ぐらを掴んでくる。


ワタシを見上げる真依は、ワタシを睨んだままだった。


「私は、柚羽は昔も今も友達だって思ってる。柚羽がそう思えなくなったのは分かってるけど、私にとって柚羽はそれ以外の関係は考えられない。

葵がどう言おうと勝手だけど、柚羽を傷つけてきた葵がそれを言うべきじゃないでしょう」


「うん」


「葵がうっかりをやっちゃうタイプだって、一緒に住んで来て分かってるつもり。それでも許せないって一時的に怒りが抑えられなくて部屋に籠もっちゃったけど、ここは逃げるじゃなくて、立ち向かって行くべきじゃないの?」


真依の感情が乗った少し湿りのある声は、だからこそ重みがある。


「それは真依を傷つけるだけでしょう? 大事にしたくても、ワタシは真依を傷つけてばかり。こんな最低な人間は、真依に見放されても文句は言えないから」


「どっちにしても私は傷つくよ」


「そうだね……」


真依から視線を逸らしたくて、目を横に泳がせる。


「葵!」


視線を戻せとでも言うかのような真依の声に、ワタシは視線を戻した。


大好きな真依の顔がこんなに近くにあるのに触れられない。


「私は別れる気なんてない。そんな軽い気持ちで葵とパートナーになったわけじゃない。葵のしたことは私が一緒になって考えないと駄目だって思ってる。

パートナーになるっていうことはそういうことでしょう? ずっと上手く行く関係なんてあり得ない。それでも許して、許されて、手を離さないで一緒に生きて行くってことじゃないの?」


「真依……」


真依がそこまで考えてくれていたことに驚きと、そして嬉しさがある。


ワタシは稚拙で、目の前のものにいつも右往左往してしまう。


そんなワタシを真依はパートナーとして一緒に考えて行くと言ってくれている。


そんなことをしてくれるのなんて真依だけだろう。


「ごめんなさい。だらしなくて……」


目元から溢れた涙を拭いながらワタシは真依に謝りの言葉を出す。


「そんなの分かってます」


真依の溜息は許しのようだった。


「仕事を辞めて、佳澄には今後関わらないようにするから、それまで少し待って」


「それも駄目。葵は今やってる仕事がしたくて入った会社でしょう? 佳澄さんがいるって分かっていて転職をしたのなら、今後定時帰りの直帰しか認めないけど、そうじゃないなら、もうちょっと考えて結論を出すべきじゃないの?」


真依は本心はワタシに佳澄と関わる場所で仕事なんてして欲しくないはずだった。でも、ワタシの望みを尊重しようとしてくれる。


「……佳澄とは本当にたまたま再会しただけ。近づきすぎないようにしようとは思っていたんだけど、不妊治療をしながら仕事も手は抜きたくないっていう佳澄を放っておけなかったんだ」


「佳澄さんだったんだ、あの話」


「うん。佳澄だから手助けしたいって思ったわけじゃないつもりだけど、佳澄だからって気安さは多少はあったのかもしれない。

でも、それは未練があるとかじゃないよ。ただ、ワタシは佳澄を不幸にしかできなかった。だから結婚した相手と幸せになって欲しいって思っただけなの」


それもワタシの驕りだったのかもしれない。


「葵がそう思うことを止める気はないけど、私に黙っていたことは?」


「言えば真依が気にしすぎると思ったから……」


「そんなことだろうと思ったけど、隠しごとはもうしないって言わなかった?」


過去に言ったことをワタシはいつの間にか記憶の淵に沈めてしまっていた。

幸せ過ぎて調子に乗っていたのかもしれない。


これはもう謝るしか手段がない。


「ごめんなさい。もう懲りました。これからは何でも真依に言います」


あんなに必死だったのに、時間の経過は記憶を思い出にしてしまう。


でも、真依を手放したくない想いだけは変わっていない。


「もういいから。葵はこの散らかったクローゼットをまずは片づけて。こんなに散らかして何をしようとしていたの?」


「転職先を探すなら、転職の時の書類が必要になるなって思って……ここに入れたはずなんだけど見つからなくて」


「それなら移動しました。葵が適当に放り込んでいたから、書類を纏めて入れてる方の収納に移しました。思いついたらそのまま突っ走っちゃうのやめて欲しいんだけど」


「ごめんなさい」


もう謝るしかワタシにはできることはない。


「じゃあ、片づけて」


真依はそう言い残して寝室を出て行く。


引きこもっている部屋に戻るのかを聞く権利はワタシにはなかった。


それでも真依はワタシを見放さないでいてくれる。それならば時間を掛けて真依と向き合えばいつかは元に戻れる可能性があるということだった。

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