第9話 サービスエリア

その週末は久しぶりに真依と2人で遠出をする。


転職後ワタシは通勤時間が長くなったこともあって、なかなかゆっくりする時間も取れず。真依は真依で年度末のヘルプ作業を依頼されて、ここしばらくは帰りが遅かった。


なので、2人でリフレッシュしようかと出かけることにしたのだ。


きっかけは、最近利用し始めたカーシェアだった。2人で買い物に出る時なんかに使うようになって、多少は車で出かけることにも自信ができたので、ちょっと遠出をしてみようかになったのだ。


春に近づき寒さが和んできたせいか、高速道路のサービスエリアは混雑していて、車を何とか停車エリアに停めてから建物の方に向かう。


「何食べよっか?」


「まだお昼には早いよ」


時間は10時を過ぎたところで、朝食を食べて2時間は経っているけど、お昼時かと言われれば少し早い。


「でも、サービスエリアの醍醐味じゃない」


「まあ、言っても止まらないよね、葵は」


学生時代は友人と車で旅をしたことはあった。でも、社会人になるとワタシも車に乗ることはほとんどなくなって、当然ながらサービスエリアも遠ざかっていた。


サービスエリアはいつの間にかおしゃれな外観に変わっていて、フードコートも昔より充実している。色々目移りしてしまったけど、メロンパンと串ものを買う。


「お昼食べられなくなるよ」


「真依と半分ずつするから大丈夫」


串を真依に差し出すと、仕方がないなぁとでも言うように真依がそれを囓る。


「美味しい?」


「美味しいよ。はい、残りは葵が食べて」


真依から串が返ってきて、残った分を囓る。


買い食いって、一人より複数で回しながら食べるのが楽しい。


串を食べ干して、車には持って行けないので、ゴミを捨ててくると真依に伝えてから近くのゴミ箱に向かう。


メロンパンは流石に今すぐは食べ過ぎなので、道中どこかで食べようと思いながら、再び真依の元に戻る。


「じゃあ、サービスエリアも楽しんだし、出発しようか」


向きを車の方に変えて、歩き始めたところに、


「ゆずはちゃーん、早く早く」


小さな女の子が駐車場から建物に続く間の歩道で声を上げているのが目に入る。


少し距離は離れているので、顔立ちまでは分からないけど、その少女の隣には母親らしき女性の姿がある。


「ゆずはちゃんだって。柚羽と同じ名前だね。最近の子でも人気の名前なのかな?」


真依に話しかけると、何故か真依はワタシの腕に自分のそれを絡めて引っ張るように車に歩き始める。


「どうしたの?」


「いいから」


真依の様子が急変したので、何かあったっけ? と視線を巡らせる。


そこで、さっきの親子に駆け寄る白いパーカーを着たショートヘアの女性が目に入る。


「柚羽……?」


背格好はワタシの妹に良く似ている。遠目で顔までは確認できなかったけど、名前といい背格好といいFit率は高い。


「見なかったことにしてあげて」


「ほんとに柚羽なの!?」


車に戻ろうと促されて、真依に引っ張られるままに車まで戻って運転席に座る。真依が助手席に座って、扉を閉めるのを待ってから口を開いた。


「さっきの母親っぽかった人が柚羽の恋人?」


柚羽に恋人ができたらしいことは真依からは聞いていた。家も引っ越して同棲をしていそうという情報はあったものの、本人には聞けていない。というか、最近柚羽に会っていない。


「ちゃんと聞いてないけど、多分」


「浮気じゃないよね?」


「離婚してシングルマザーだから、そこは大丈夫」


「真依は知ってる人ってことなんだ」


真依の口ぶりは、相手が特定できているからこそのものだろう。柚羽と真依は同じ会社に勤めているので、もし仕事関係で知り合った相手なら、真依が知っていてもおかしくはない。


「だから、憶測でしかないから、言えないの。柚羽がちゃんと紹介してくれるのを待とうって思ってる」


「そっか。口を挟む権利はワタシたちにはないね」


真依と一緒に暮らし始めて以降、ワタシは直接柚羽と連絡を取ることはなくなった。真依の方が柚羽と頻繁に連絡を取り合っているのもあるけど、柚羽とワタシの中にずっと緊張があることくらいは分かっている。


それに、そんな自体を招いたのは自分だからこそ、ワタシは何もできない。


そのことを真依は気づいていて、柚羽とワタシの間に立ってくれている。でも、真依自身も柚羽との距離の取り方に悩んでいることは知っていた。


「幸せかな、柚羽は」


「最近会社で会うと、雰囲気が変わったなって思うよ」


「じゃあ、ワタシが余計な口を出すべきじゃないね」


「それが一番だと思う」


「分かった。じゃあ出発しようか」


いつかは柚羽と話をしたいって思っているけど、それが今じゃないことはワタシにも分かっていた。

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