第52話 語り終わり

 田畑が近くに、山が遠くに見える風景があった。

 祖母の住む古民家の縁側から、夕日を見る女の子がいた。

 絣の着物に三尺帯姿の小さな女の子。

 その表情は穏やかで優しい。

 だが、どこか寂しげでもあった。

 彼女は、縁側に座り足をプラプラさせている。

 側には和服姿の祖母が、長い語りに、ぬるいお茶で喉を潤していた。

 祖母が話してくれた剣士の話しを、自分の中で噛み砕いて理解しようとしていた。

「人を斬って生きるなんて悲しいよね」

 孫娘は、そう呟くと、祖母は理解するように目を伏せた。

 そして、また口を開く。

 今度は、祖母に向けて話す。

 自分の考えを伝えるために。

「剣士って、どうして人を斬るんだろう? 私なら、誰も傷つけたくないよ」

 孫娘は、自分の思いを言葉にする。

 祖母は、孫娘の言葉に共感する。

 自分も同じ気持ちだからだ。

「そうだね。人が人を殺す。それはとても悲しいことだと思う。でもね。お婆ちゃんは悪いことだとは思わないわ。誰かが戦わなければ、もっと多くの人が傷つくことになる。

 私欲を持った人間は、必ず他人を傷つける。人は弱い生き物なの。心は簡単に折れてしまう。だからこそ、戦うことでしか解決できないの」

 祖母は、そう答えた。

 孫娘は、その言葉を真剣に受け止めた。

 祖母の言った意味を考えてみる。

 思い出す。《なにがし》という宿業を負った少年のことを。

 最古の剣の一つにして、歴史に記されることのなかった幻の秘剣術。

 魔物から伝授された魔伝剣術・魔傅流。

 斬った者の命を操る《闇之太刀》。

 そして、喰えば得られるという《永遠の命》。

 人々は、名誉を欲し。

 命を欲した。

 私欲にまみれた人々は、《なにがし》を討ち取り、それを得ようと考えた。

 だが、《なにがし》は強かった。

 人々を寄せ付けぬほどに。

 それは自分を守るためだ。

「お婆ちゃん。《なにがし》は、剣を持ちたくて持ったんじゃなくて、剣を持たないと生きていけなかったんだね……」

 孫娘は、そう言って俯く。

「肉食獣は他の動物の命を奪うことでしか生きていけない。それはもう変えられない生き方。それに対して、人間は色々な生き方ができるわ。

 でも、《なにがし》は剣を手放した瞬間、彼の身体を切り刻み、母親が自分の人生を断って繋いでくれた命を奪おうとする者が現れる。

 額が割れるほど地に頭を叩きつけても、懇願しても彼の言葉や願いを聞き入れてはくれない。だから、彼は剣を持ち。あの時代においても剣を振り続けた……」

 祖母は、優しく微笑みながら孫娘の頭を撫でた。

 孫娘は、小さくコクリと首を縦に振ると、涙が溢れてきた。祖母の手は温かく、優しさを感じる。その手を握りしめ、涙を拭う。

 祖母は、そんな孫娘の様子を見て、さらに笑みを深める。 

 優しい子に育って良かったと。

 孫娘は知りたいことがあった。

 祖母に訊ねる。

「ねえ。お婆ちゃん」

 孫娘は、少し遠慮がちに声をかけた。

 すると、祖母は優しい目を向けた。

「何だい?」

 という感じで孫娘を見る。

 孫娘は、恐る恐る訊ねた。

 それは、ずっと気になって仕方がなかった疑問だった。

 でも怖くて悲しくて、なかなか口にできなかった質問だ。

「隼人と澄香は、どうなったの?」

 祖母は、孫娘の問いに目を見開いた。

 その問いに対して、どう答えるべきか迷っていた。

 だが、目の前にいる孫娘の目は真剣だった。

 祖母は、真っ直ぐに見つめ返す。

 すぐに表情を和らげると、ゆっくりと口を開いた。

 そして、意を決して答えた。

 それは、祖母が知っている最後の物語だった……。

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